【Ep.13 ほろびのじゅもん】④

「僕たちは、出直そうと思う」


勇者の傷を癒していると、もう一人の勇者さんが悔しそうにそう言った。


「僕たちはまだまだ力不足だったようだ」

「あんな魔法も、立ち合いも、僕たちにはない」

「ただ運だけで、ここまで来れたのかもしれない」

「君たちの魔王討伐、楽しみにしているよ」


ある意味潔い。

まあ、一度全滅してしまったのだから、仕方のないことだ。




「なあ、そう言えば、どうやってこの島に着いたんだ?」


勇者が聞く。

そうだ。

この島に来るには飛ばなけりゃいけない。


「ああ、それは、龍の背中に乗って」

「りゅっ!?」

「この子が、龍と対話できる魔法を持っているものだから」

「魔法っ!?」


なんと。

そんな魅力的な魔法があるのか。

双子の魔道士の片割れが、気恥ずかしそうにはにかんでいる。




「それは、なかなか魅力的な魔法だな」

「同感です」

「お互い、ないものねだり、ってことだ」

「そういうことですね」


帰り道は安全とは言い難いが、龍と対話ができるのなら、無事地上に降りられるだろう。

魔物も罠も、もう残っていないはずだ。


「どうか、ご無事で」


そう言い残して、私たちは先を進む。

この広間の先は、また階段だ。

もう、魔王が待ち構えているかもしれない。

しかし後は振り返らない。




「口だけで偉そうな『勇者』じゃなくてよかったよな」

「そうですね」

「傲慢を絵にかいたような勇者もいるって、誰かが言ってたし」

「まあ、そんなのには出会いたくないですね」


階段を登り切ると、また広間があった。

薄暗くてよくわからないが、魔王の気配らしきものはない。

しかし全くの無人という感じでもない。


ランプで照らす。


そこには、何人かの「人間」がいた。




「えっ」


それは明らかに、人間だった。

死体でもない。生きている人間だ。


しかし、誰一人服を身につけていなかった。


「……なんでしょう……あれ……」

「……奴隷だな、胸糞悪い」


勇者はつかつかと近寄る。

危なくないか。


「おい、話せるか?」




みなうつろな目をしている。

そこにいたのは、全員女の人だった。

肌があらわになっているというのに、誰もそんなことを気にしていない。

勇者の問いかけにも、ほとんど反応しない。


「……ひどい……」


私は泣きそうになった。

こんな風に人間を家畜のように扱う魔王が、許せなかった。


「……きっと……魔王を……倒します」


 闇に沈むは鬼の眼。

 清流を塗り潰し煌々と自戒せよ。

 死者はベッドに生者は海に。

 果てしなく碧く。

 その名を記せ。


【天候魔法 ツキアカリ】




魔王を倒すために魔力を温存したい気持ちもある。

倒した後でいいじゃないか、というのもわかる。


だけど私は、この人たちと同じ女だ。

このままにして、魔王を探しになんていけない。


【ツキアカリ】で心の傷は治せないけれど、少なくとも汚れて疲れ果てた体は、治すことができる。


「……待っていてください、私たちが、きっと魔王を倒しますからね」

「……行くぞ」


すると、部屋を見回した私たちに、一人が声をかけてきた。


「待ってください……」




か細い声だったが、その呼びかけは確かに私たちに聞こえた。


「話せるのか」


勇者が意外そうに言う。

こんな状態だ、洗脳されていてもおかしくないし、心が壊れていることもあり得る。

だけど……


「魔王は……今大変弱っています……」

「魔王はどこに?」

「屋上に……逃げたようです……」

「ありがとう!」


私たちに魔王の情報をくれたらしい。

ありがたい。




「あと……その……」

「なんだ、まだなにかあるのか?」

「あの人を……殺してあげてください……」

「は!?」


女の人はそう言って、部屋の隅にある小さな檻を指さした。

中に、なにかがいる。

暗くてよく見えないが、あれは……


「魔物とくっつけられてしまった、哀れな人なんです……」

「っ!?」




近くで見ると、それはむごい姿だった。


かろうじて元人間だということはわかる程度に、原形を留めている。

だが、禍々しく飛び出した突起や肌の色、目の色、纏う魔力。

どう見ても魔物に近い。

どうしてこんなひどいことができるのだろう。


「こ、殺すって、勇者様……」


いくらひどい体とはいえ、殺してしまうのは……


「いや、可哀想だが、殺しはしない」

「で、ですよね」


少し安心した。

魔王を倒しさえすれば、魔法が解けるかもしれない。

この状態から戻す魔法を使える魔道士が、世界のどこかにいるかもしれない。




「許せねえ、な」


勇者も静かに怒りを燃やしているようだ。

魔王を早く倒さなければ。


弱っているというのはどういうことだろうか。

なんにせよチャンスだ。

今、魔王を倒す!

いや、殺す!


―――その怒りを―――魔力に―――変えなさい―――


頭の奥で、声がした。


―――最後の―――魔法を――――――あなたに伝えましょう―――


そして、私は気を失った。




―――

――――――

―――――――――


空を雷雲が覆っている。

雨が降りそうだ。

雷が鳴りそうだ。


しかし、降ってくるのは「闇」そのものだった。


それらを避けながら、私は体の中に魔力を巡らせる。


今までにない感覚。


勇者が「魔王」と戦っている。

私は長く苦しい詠唱を終え、魔法を放つ。


光でも、闇でもない「なにか」が、魔王を貫く。


―――――――――

――――――

―――


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