【Ep.13 ほろびのじゅもん】③

いくつかの階段を上った。


これまでに妙な罠がたくさんあったが、勇者の剣で破壊した。

もしくは凍らせて起動できないようにした。


「魔物は少なくなったな」

「あの人たちがだいぶ倒してくれたみたいですね?」


魔物の死体がいくつも転がっている。

だけど、血も多く流れている。

これはもしかして、彼らの血では?


「あの人たち、無事ですかね」

「……苦戦の跡が見えるな」




いくつか、とどめを刺せていない魔物がいた。


「おいおい、気が抜けてるな」


―――ザシュッ


「ッギョ!!」


勇者が丹念に殺して回る。


本当ならこんな貴重な魔物の死体は、持ち帰って素材として売りたいところだ。

だけど、そんな場合ではない。


「あのサソリっぽいやつのしっぽ、高く売れそうだな」


勇者も同じことを考えていた。




「しかし、これだけ城ん中を荒らす奴がいて、魔王はどうして出て来ない?」

「た、確かにそうですね」

「どこにいるのか知らんが、余裕で待っている神経が、おれにはわからん」

「でも、人間の王様も、城が攻められたからといって出てきませんよね?」

「……そうか、確かに」


岩石要塞の女王様は前線で戦うこともあったみたいだが、普通の王様は椅子でのんびり座っているイメージだ。

そう考えると、城が攻められて出てくるのは……


「じゃあ、優秀な防衛隊長さんみたいなのが、この城にも……」

「しっ!!」


勇者がこちらを制する。

今更気づいた。

禍々しい魔力が、前方から流れてきている。




「なにかいるぞ……」

「……はい」


姿勢を低くし、前方をうかがう。

広間みたいなところの扉が開いている。

そこら中に血が流れている。


「……気を引き締めていくぞ」

「はいっ」


私たちは素早く広間に飛び込んだ。

そこで私たちを待ち受けていたのは、強そうな魔物ではなく、魔王でもなく……


「ぐっ」

「きゃっ」


「勇者の一行」の無残な死体だった。




「え、うそ……」


誰も彼もがれきの中で死んでいる。


ローブごと体を斬り裂かれて仰向けに倒れている魔道士。

うつぶせで倒れている魔道士。

大柄な男の人は、姿が見えないが、斧を持った右腕だけが落ちている。

そして勇者は……

勇者は、広間の真ん中で、大の字になって横たわっていた。

顔色がおかしい。まるで「闇」に飲み込まれたように紫色だった。


「おい! 蘇生できないか!?」

「あ、っはい!!」


すでに死んでいる。

【ツキアカリ】は効かない。ならば。




 千年の眠り。

 ひとすくいの憂鬱。

 現象から目を背け、神の理を嗤う。

 引き千切れる現実、塗り替えられる虚偽の壁。

 時満ち足りて混沌の時流。


【夢魔法 巻き戻~す】


―――ゴゴゴゴゴゴォッ


城が震える。

この広間全体ではなく、倒れている人に向けて魔法を放つ。

しかし、少しずつしか戻らない。

四人同時に時を戻そうとしているからだろうか。

それともやっぱり、ちゃんと夢に見ていないからだろうか。


そんな私の手を、また勇者が握ってくれた。

心なしか威力が上がる。

それはとても自然な行為で、私は落ち着いて魔法をかけ続けることができた。




……


「……あれ……おれたち……死んだんじゃ……」

「生きてる……?」


目を覚ました一行は、訳が分からないといった顔だった。

勇者が、ポンと私の頭をなでながら、向こうの勇者に話しかけた。


「こいつが、時を戻す魔法でお前たちを救った」

「別に感謝しろとは言わないが、なににやられたのかだけ教えてくれ」

「ここまで来れるほどのお前たちが、無残にやられる相手ってのを」


もう勇者は意地を張らないみたいだ。

私の代わりに話しかけてくれた。




「闇の騎士が……来る……」


向こうの勇者は震えながらそう言った。

闇の騎士?

この城の魔物のリーダーかなにかだろうか。


「どういう特性でどういう強さだ? どんな攻撃をしかけてくる?」

「わからない……なにも……」

「突然暗闇に包まれたと思ったら、見えない刃に斬り裂かれたの……」

「私も……なにがなんだか……」

「妙な甲冑の音はするけど、どんなに武器を振り回しても当たらねえんだ……」




みんなの話は要領を得なかったが、これまでの魔物とは一線を画す、強い魔物らしい。

この広間で待ち伏せされ殺されたようだ。

私たちがいなかったら、ここで死んだっきりだっただろう。


「また闇か、どう対処する」

「とりあえず、【ヒノヒカリ】ですね」

「この広間を照らし続けられるか?」

「夜明けのランプと連携して、あのシャンデリアあたりに疑似太陽を作ってみましょうか」

「相手は甲冑ってことだから、あれもな」

「はいはい、強くな~」

「だから違うって!」




私たちのお気楽なかけあいを、向こうの勇者一行は妙な目で見ていた。

自分たちが無残にも死んでたってのに、どうしてそんな前向きなのか、って感じで。


「っ!」


今度は私の反応の方が早かった。

禍々しい魔力が強まった。


「勇者様! 来ます!」

「おう!」


広間が急に暗くなる。


勇者が素早く剣を抜いた。

その剣先は、すでに明るく光っている。

ランプの魔力を自分で移したのだろう。


「弱くな~る!!」


さらに剣先に、相手をゼリーのように斬り裂く魔法をかける。




 天に昇るは神の眼。

 濁流を飲み込み炎炎と燃え盛れ。

 死者は棺に生者は炭に。

 果てしなく赫く。

 その名を灯せ。


【天候魔法 ヒノヒカリ】


―――コォォォォオオオオオオッ


空から降る刃ではなく、球形をイメージする。

広間の真ん中に太陽を作る。


果てしなく眩しく。

不浄なるものを照らしつくせ!




―――コォォォォオオオオオオッ


広間の真ん中に、どす黒い闇を纏った甲冑の騎士がいた。

いつ、どうやって現れたのか、見当がつかない。


見るからに強そうだ。そして、悪そうだ。


「ひっ」


魔道士の一人が震える。

自分たちを殺したものの姿があらわになったのだから、確かに恐れるのも無理はない。


「みなさん、隅に固まってください!」


守りながら戦うのは難しい。

だから、壁を作ってあげることにした。




 千年の眠り。

 ひとかけらの雪玉。

 悪魔に売り渡した聖水と、天使に奪われた殺意。

 脳内の亡念と記憶の底の飛沫。

 時満ち足りて水面には幻影。


【夢魔法 よく冷え~る】


―――パキィンッ

―――パキィンッ

―――パキィンッ


氷の壁をいくつも作る。

これですぐに攻撃を食らうことはないはずだ。


「ちょっと寒いかもしれませんが、我慢してくださいねっ!」


そうしておいて、私はまた勇者の方へ注意を向ける。




太陽を形作り、氷の壁を作り、勇者の剣に魔法を纏わせる。


昔の自分なら、こんな器用な戦い方はできなかっただろう。


だけど、ここはもう魔王城だ。

弱音なんて吐いていられない。

撤退なんて、ありえない。


この騎士がどんなに強かろうが、ここで倒す!


「おらぁっ!!」


―――ザシュッ


「せいっ!!」


―――ガシュッ


勇者の立ち回りや剣の速度は、恐ろしく速くなった。

でも、闇の騎士も同じく速い。

なかなか致命傷を与えられない。




「……なんて……戦いだ……」


後ろでそうつぶやくのが聞こえた。

もう一人の勇者の声だろう。


私たちはおとなしく殺されてあげない。

別に彼らの復讐のつもりはないが、絶対に倒してやる。


「はぁっ!!」


―――カァンッ


疑似太陽から、光の刃を伸ばす。

闇の騎士を貫いてやる。


「おわっ!! 怖えよ!! おれまで貫くなよ!!」

「私のコントロールを信じてください!!」




―――ガシュッ!!


―――ガラァン!!


ついに、勇者の一振りが右腕を落とした。


「っしゃ! いただき!!」

「油断しちゃだめですっ!!」

「わかってる!!」


―――ドシュッ!!


―――ガラァンラァン!!




「おし、とどめ」

「はいっ」


―――コォォォォオオオオオオッ


―――ズズズゥゥゥウウウン


最後は、騎士の残骸に向かって太陽を落とす。

闇を払うのには太陽の光が一番だ。

これで簡単には蘇ってこないだろう。


再び、広間が暗くなった。

だけど、重苦しい闇は、もうない。


「ふぅっ、こんなもんですかね」

「ああ、お疲れさん」


確かに強かった。

だけど、私たち二人が力を合わせれば、十分に戦える。

そして、無傷で倒すことができる。

あらためて、強くなったんだと実感できてとても嬉しかった。


「しまりのない顔になっているぞ」

「う、うるさいですね!」


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