【Ep.12 せいじゃくに ふる たいよう】④

ざわ……


きた!

腹の底から怖気がする、いやな感覚だ。

そして、鐘が鳴る。


――――――ゴォーーーーン


――――――ゴォーーーーン


私は、急いでマカナの実を食べ、宿を飛び出した。


「……死ぬんじゃないよ!!」


おばちゃんの声が、背中に刺さった。


「行ってきます!!」




大鐘楼を見上げると、またも空を『闇』が覆っていた。


しかし、昨日と違うのは、空が少し明るいことだ。


「なるほど! さすが勇者様!」


勇者は、大鐘楼にいるらしい。

そこが、すっごく明るい。

夜明けのランプの効果だろう。

これなら、昨日よりもいけるかもしれない。


「よっし!」


 天に昇るは神の眼。

 濁流を飲み込み炎炎と燃え盛れ。

 死者は棺に生者は炭に。

 果てしなく赫く。

 その名を灯せ。


【天候魔法 ヒノヒカリ】




空からのぞく太陽の光。

昨日よりも大きく、強く、激しく!


―――カァン!!


もっともっとだ!!


―――ガガァンッ!!


地響きを起こすほどの!!


―――ガガガガガッ!!


すべてを焼き尽くすほどのぉっ!!

光をっ!!


―――ガァァァァアアアアアアンンンンッ!!




「……はぁっ……はぁっ……はっ……はぁっ……」


息が荒い。

夢中になって魔法を落とした。

太陽を召還した。

闇を斬り裂いた。


「……はっ……はっ……はぁっ……はぁっ……」


海で見えない魔物相手に雷を落としたときのように。

死んだ勇者を時間を巻き戻すことで生き返らせたときのように。

無我夢中で魔力を放った。

昨日のようにおごりはなく、ただ、ただ、全力だった。


しかし、『闇』は、まだそこにいた。


「うそでしょ……」




おそらく、弱ってはいる。

たぶん、無駄ではなかった。

だけど、まだ倒すには足りない。


「……はっ……はっ……」


どうしよう。

どうしようどうしよう。

あと、他にできることは……


いや、もっともっと打ち続けるか。

まだ魔力は切れていない。

マカナの実でドーピングもしている。

これさえ倒したらぐっすり眠れる。




しかし、闇はゆっくりとこちらを向き、目を光らせた。


「っ!!」


怒っている。


こっちに来る。

やばい。

やばいやばい!!


どうする。

真正面から【ヒノヒカリ】を打ち込むか。

それとも今日も撤退するか。




明らかに『闇』は昨日よりも怒っている。

危険かもしれない。

勇者の一行が、二日連続で宿に逃げ帰るなんて、許されるだろうか。


家の中に逃げ込みさえすれば安全なのだから、逃げてしまいたい。

だけど、「今日こそ倒す」なんて息巻いて、またダメだったら、みんなはどんな顔をするだろう。


無理だって思われてた黒龍だって倒した。

優秀な魔道士の防衛隊長さん、所長さんから、素晴らしい魔法を教えてもらった。


ここで逃げ帰るなんて、許されない!!


「……くそっ!!」


やぶれかぶれで、再度【ヒノヒカリ】を打ち込むため手を前に伸ばそうとしたとき、私の左手が誰かに掴まれた。




「っ!」

「諦めるな」


私の左手を握っていたのは、勇者だった。

いつの間にここに?

大鐘楼にいたのではなかったのか。


「いい魔法だった、確実に効いている」

「もう一回、ほら、いけ!!」


勇者の手から、魔力が伝わってくる。

勇者の左手に握られた、夜明けのランプだ。

その光が、魔力が、直に私に流れ込んでくる。


いける!!




「ぁぁぁぁぁああああっ!!!!」


右手を目いっぱい開く。

大きな大きな魔力の流れを作る。

お婆さんのところの水晶玉を割ってしまったときの、全力の魔力コントロールを思い出しながら。


それらすべて、【ヒノヒカリ】に乗せて。


―――カァンッ!!


そう言えば夢の中で、私のすぐ横に光が生まれたな、と思い出しながら。


―――ガガァアンッ!!


あれは、勇者と、ランプのことを暗示していたのだろう。


―――ガァァァァアアアアアアンンンンッ!!




静寂。


辺りは昼間のように、強い光に包まれた。


私も、勇者も、無言だった。


静寂。


ゆっくりと、夜の闇が降りてくる。


静寂。


また、暗くなった。


しかし、そこにもう『闇』はいなかった。




「油断すんなよ」


勇者がゆっくりと、背中の剣を抜く。

その剣先は、ランプから移したであろう光の魔法を纏っていた。

いつの間にそんなテクニックを身につけたのかしら。


「ほら、地面をよく見ろ」


よく見てみると、地面を這う闇があった。

バラバラになったけど、まだ全滅したわけではないらしい。


「あれを全部片付けるぞ!」

「はいっ!」


私たちはまた二手に分かれた。

だけどもう不安はない。




「逃がさないよっ!!」


―――バシュッ!!


光の魔法を当てると、闇のかけらは煙のように消えていった。

数が多いが、なにも怖くはない。


「朝ですよっ!!」


―――バシュウン!!


気持ちいい。

特に攻撃もしてこないし、間合いを取って魔法を放てばいいだけだ。


「……よし、こんなもんかしら?」


数え切れないほどの「小さな闇」を消し飛ばし、先ほど勇者と別れたあたりに戻った。




……


「……おう」


勇者は、悠然と待っていた。

あたりには、もう闇は一つもいない。


「お疲れ」


私の方を、見もしない。

だけど、それは少しだけ拗ねているのだと、私は解釈した。


「勇者様、魔法を剣に移すの、よくできましたね?」


私、教えてないのに。


「……おう」


照れている。




「……これで、闇は倒せましたかね?」

「……おそらく、な」

「明日なにごともなかったかのように復活してたら笑えますね」

「笑えねえな」


魔王の分身という話だったから、また出てくる可能性はある。

なんにせよ、早く魔王を倒してしまうに越したことはない。


「この調子で、魔王もぶっ倒しましょうね」

「おれにも活躍の場を残しておいてくれよ?」

「も、もちろんです!」




やっぱり拗ねている。

だけど、勇者の機転がないと、きっと倒せなかった。


あのとき、私に流れ込んできたのは、ランプの魔力だけではなかった。


それは、きっと……


「勇者様のおかげで、町が守れました」


勇者の、なにかが、私を守った。

それを言葉にするのは恥ずかしくて、難しい。

だけど、茶化してでも、それを伝えておく。


「いやあ、勇者様に手を握られたときは、ドキドキしちゃって大変でしたよう」


少し目を逸らしながら、冗談っぽく、でも必要なことを言う。

伝えたい言葉を紡ぐ。




「コントロールが乱れそうになったんですからね!」

「乙女の手を、そう気軽に握るもんではありませんよ!」

「ま、そのおかげで、私は助けられたんですけどねっ」

「これからも、私がピンチの際は、隣で手を握ってくれてもいいんですよっ」


うむ。

伝わっただろうか。

私なりの感謝と愛情表現なんだけど。


「……危なっかしいんだよ、お前は」


つん、と勇者はそっぽを向いたままで言った。




「まだ守らなきゃいけない、危なっかしい魔道士様だ」

「ええ、ええ、そうですよっ」

「でも、その魔法におれも守ってもらってるんだよな」

「そう、そのとおりですっ」

「守り守られ、ってことだ」

「お互い補いあってるんですよね、私たち」

「ん」


私は、少し、素直になれた。

勇者も、少し、歩み寄ってくれた。


そして、私たちは寄り添いながら宿屋に帰った。




……


「お帰り! 無事かい!?」


宿に帰ると、おばちゃんが心配顔で出迎えてくれた。

灯りはほとんどつけていなかったが、私たちの帰りを待っていてくれたみたいだ。


「やっつけましたよ! 二人力を合わせて!」

「……明日復活してないことを祈る」

「……そうかい!」


おばちゃんはほっとした顔をして、笑った。

もしかしたら、これまでにこの宿に泊まった旅人が、死んだのかもしれない。


それを見てきたから、あんなにも心配してくれていたのかもしれない。




「……では、疲れたので寝ますっ!」

「……明日の朝飯は遅めにしてくれっ!」


私たちは部屋に駆け込んだ。

結構、疲れていた。

ていうか、無意識のうちに立ったまま寝そうなくらい、疲れていた。


「おい、ランプのカバー!」

「はいっ」

「もう、服とか、着替えとか、めんどくせえっ」

「だめですっ! ちゃんと着替えるまでランプにカバーかけませんよっ」


ぎゃあぎゃあ言いながらも、支度ができるとすぐに眠りに落ちた。

それくらい、私たちは消耗していた。




次の日の明るいうちに私たちは発ったので、「闇」が復活したかどうかはわからない。

だけど、あの感触では、きっともう襲ってこないと思う。


なんにせよ、できるだけ早く魔王を討伐しなければ。

魔王がいることで、苦しんでいる人たちがいる。

その人たちを救うために。


「魔王、倒しておくれよっ!」


おばちゃんの威勢のいい声に見送られて、私たちは先へ進む。


「楽しみに待っていてくださいねっ!」


私たちは、笑顔で手を振り、町を後にした。


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