【Ep.12 せいじゃくに ふる たいよう】③
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空を覆う黒い闇。
浮遊する黒い雲。
閉め切った家々。
真っ黒な壁。
チカチカ、と周りが明るくなる。
空から降る太陽は、少しずつ闇を削り取る。
しかしあと一手足りない。
あの闇を払うには。
その時、私のすぐ横に、新たな光が生まれた。
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「おっはようございます!!」
私の寝起きは最高だ。
「……おはよ」
病み上がりの勇者は元気がない。
「結局、あの後は何事もなく過ぎたようですね」
「……ああ、そうみたいだな」
勇者の体調は万全ではなさそうだが、今日の活動に大きな影響を受けるほどでもなさそうだ。
だけど一応、朝食をとりながら私は今日の相談をした。
「だから、とりあえず私一人で、町を回ったりして準備できると思います」
ほんとは勇者にも一緒についてきてほしい。
難しいことは一緒に考えてほしい。
「……おれも行く」
嬉しい、そう言ってくれて。
だけど、無理はさせたくない。
「あの、動き回るのは私がやるんで、考える部分を手伝ってもらえたら……」
「ああ、わかった」
まずは教会だ。
牧師さん、修道女さん、誰でもいいから、家にかけた魔法について教えてもらわなければ。
……
「あれは『祈り』です」
「厄災に見舞われないように、という祈りを込めて、家や建物を清めているのです」
牧師さんは、そう説明してくれた。
「私たち、あの闇を倒したいんです。その『祈り』を私たちにもかけてくださいませんか?」
珍しく積極的に人に話しかける。
いつもはまず勇者がやってくれていることだ。
だけど、今日は私が頑張る日だ。
歯が立たなかったことは悔しいけど、今日こそ、リベンジしてやる。
その意気が牧師さんにも伝わったようだ。
「いいでしょう、あまり人にすることはないのですが、やってみましょう」
……
「ほら、勇者様も」
むにゃむにゃと聞き取れない呪文を唱えて、牧師さんは私たちに魔法をかけてくれた。
「祈り」だなんて言ってたけど、大きく分類すればこれはれっきとした魔法だ。
「これ、夜にやってもらった方がいいんじゃねえか?」
勇者は魔法の効き目を気にしているけど、牧師さんはさらに詳しく説明してくれた。
「この祈りは、毎日欠かさずかけることによって、より強固にしているのです」
「昼と、夜にも教会においでください。またおかけしましょう」
だそうだ。
「家の壁が黒くなるのは、どういう原理なんでしょうか?」
さらに牧師さんに尋ねる。
色んな事を、知っておきたい。
闇を倒すために。
「そもそも、『闇』と呼ばれるあれは、魔王の魔力の一部なのです」
「魔王の!?」
「はい、魔王の分身がこうやって人里に降りてきて、人々の生命エネルギーを吸い取るのです」
「そうやって魔王は、自分の生命をつないでいるのです」
「そして、少しずつ、この町全体を闇に染めようとしているのです」
「『黒』は魔物の色、そして魔王の好む色ですので、ね」
「『黒い』『暗い』『湿っぽい』など、それらすべて魔王が好むものです」
私は魔の森のことを思い出していた。
あそこも、魔王の魔力が流れ込む場所だった。
魔王城により近いここも、似たような環境なのかもしれない。
「我々は可能な限り建物を浄化し、魔物や『闇』が近づけないようにしていますが」
「魔王の力をすべて跳ね返せるほど強力な『祈り』ができているわけではありません」
「ですから、徐々に色が黒くなっていってしまうのです」
「新しい家を、どんな材料で作っても、いずれは黒くなります」
「それは、この町が魔王城に近いという、ただそれだけではじめから決められてしまったことなのです」
「この町に生まれた子どもたちは、『夜』も『暗闇』も、恐怖でしかないのです」
「夜空に輝く星や月も、心から楽しんで眺めることはないのです」
「あそこに魔王城が生まれて、それから、ずっとです……」
「私たちは、ただ小さな抵抗しか、できない……」
牧師さんは優しい口調で話してくれたが、少しずつ苦しそうな口調に変わっていった。
そこには、牧師さんの無念が強く込められていた。
この町に生まれたという、それだけで、はじめから『闇』の恐怖に怯えるのが当たり前だなんて。
この町で家を作っても、どんどん黒く浸食されてしまうのが当たり前だなんて。
わりと平和な町に生まれた私にも、その辛さはよくわかる。
平和な町に生まれたからこそ、その辛さがよくわかるのかもしれない。
こんなこと、終わらせないといけない。
「私たちが、今夜、なんとしても『闇』を倒してみせます」
「だから、今まで失敗していった旅人さんや勇者さんたちのことを教えてください」
これまでに『闇』に挑んでいった人たちはかなりの数に上るらしい。
優秀な魔道士も、勇者も、武闘家も、宗教家も。
それから、魔王のやり方に反発する魔物の軍勢もいたらしい。
だが、闇を削れたとしても、倒せたものは一人もいないらしい。
わかったことは、「近寄りすぎると生命エネルギーを吸われる」こと。
それから、「魔力も中途半端だと吸われてしまう」こと。
昨日の【神鳴~る】は中途半端だった。
うん、それは反省です。
夢に見ていないのに、とりあえず効くかも、と思って使ったのが間違いだった。
今日は【ヒノヒカリ】に絞って攻撃することを誓った。
次は、町の道具屋や雑貨屋、薬屋を回って、閃光玉を作った。
「闇なら、光が天敵なはずです」
これまでの蓄えを惜しみなく使い、作れる限り作った。
私よりも勇者の方が手先が器用なので、ほとんど任せることになったが……
「これ、黒龍と戦った時にお前が使ってたやつだな」
「ええ、そうです」
「おれは、これを、どうしたらいいんだ?」
「事前に魔力を込めておくので……って、そっか、タイミングが難しいですね」
閃光玉は、私が魔力を込めたあと、数秒で爆発する。
そのタイミングは、私ならはかりやすいが、勇者に投げてもらうとなると……
「勇者様、魔力の込め方を教えます」
「は!? いや、そんな付け焼刃で……」
「大丈夫です、お婆さんにもらった『魔法の指輪』があるじゃないですか!」
閃光玉をたっくさん作ったあと、私は勇者にレクチャーを施した。
指輪を通じて、体の中の魔力を流し込むことを。
そのイメージを。
「でっきねえ!!」
勇者は魔力をほとんど持っていないようだった。
何度やってもうまくできなかった。
昨日、闇に吸い取られたのかとも思ったけど、そもそも素養が全くない。
「……お前の魔法を剣でコントロールするのはできたんだけどな……」
「勇者様に魔力が全くないとなると、困りましたね」
「……面目ない」
「謝らないでください! 打開策を考えましょう」
「ううむ……」
そうこうしているうちにお昼時になったので、食べられるところを探して休憩することにした。
……
「これ食べたら、また教会に行きましょうね」
「牧師さんにもう一度祈りをかけてもらいに、だな」
おいしそうなシチューを出す店があったので、私たちはそこへ飛び込んだ。
龍やコウモリの腹の肉もおいしいけど、やっぱり牛が一番おいしい。
パンも焼きたてでとてもおいしい。
「この町、畑も牧場もろくにないのに、もぐもぐ、どうしてこんなおいしいシチューが作れるんでしょう、もぐもぐ」
「さっき馬車が食材を運んできてたぞ。多分どっかからの流通があるんだろ」
「なるほどお、もぐもぐ、でも、この町の資金はどこから、もぐもぐ、出るんでしょうね」
「魔物を狩ってる一団があるみたいだぜ。この辺りは強い魔物が多いから」
さすが勇者。よく見ている。
闇は倒せなくても、貴重な素材を持つ魔物なら狩れる強さは、この町にあるということか。
なら、闇さえ倒せばきっと、この町にももっと活気が戻ることだろう。
魔物に屈しない強い町だ。
「シチューついてるぞ」
「むいむい」
ぐい、と勇者がナプキンで拭いてくれた。
子どもみたいで恥ずかしい。
……
「閃光玉、ですか」
教会に行くついでに、牧師さんに、勇者の魔力について尋ねてみた。
「それを、はあ、扱えないと」
「魔力が全くない、と。ふうむ」
なんだか馬鹿にされている気がしたのか、勇者はふくれっ面だ。
「その指輪はクリスタルを使っているようですね」
「その指輪自体に、あなたの魔力を貯めておく、というのはいかがでしょうか?」
「!」
そんな手があった。
指輪から閃光玉への魔力の移動なら、勇者でもできるかもしれない。
「やってみます!」
……
「いいですか、私の魔力は感じますか?」
「ああ、わかる」
「それを指輪から、私の手に移してください」
「んん……」
勇者が目をつぶって手に力を込める。
すこしずつ、魔力がこちらに溢れてくる。
「いいですよ! うまいですよ! その調子!」
「むむむ……」
しばらくのトレーニングで、勇者は魔力のコントロールができるようになった。
もともと剣ではできていたのだから、そう時間はかからなかった。
「しかし、なんだか気持ち悪い感覚だ」
「気持ち悪いって、どういうことですか!?」
「いや、その、目に見えないものを動かす、というのがさ」
「そんなの、今更ですよ」
なんて言いながらも、私は魔法を初めて使った頃のことを思い出していた。
目に見えない魔力の流れが、現実に影響を及ぼす感覚。
確かにはじめは、気持ち悪かった気がする。
「閃光玉を、こう握って、魔力を流し込んで、で、投げつけるんです」
タイミングが重要だ。
爆発するまでの時間は、流し込んだ魔力によって多少左右される。
だけど、黒龍の時のように顔に向かって投げつけなくてもいいのだから、誤差は気にしない。
とにかく自分の手の中で暴発しなければ、なんとかなる。
「これをどんどん投げつけてもらって、周囲を明るく保ってほしいんです」
「夜でも、私の【ヒノヒカリ】が威力を高めるには、周囲に光が必要なんです」
少し、勝利への道筋が見えてきた気がする。
「……なあ」
「思いついたんだけどさ、この閃光玉に【強くな~る】って、かけられないのか?」
「え?」
「椅子の足とか、酒瓶とかにも魔法をかけてただろ?」
「だから、この閃光玉に魔法をかけりゃ、威力が強くなるんじゃねえのか?」
そ、それは盲点だった。
でも、昼間では試せない。
ぶっつけ本番ということになる。
「それいいですね! 出撃直前に、【強くな~る】をかけてみましょう!」
「うまくいくかは知らないけど……」
「いいアイデアですよ! きっとうまくいきますって!」
さすが勇者だ。
私では思いつかないようなアイデアを閃いてくれた。
「なんだか情けねえな、勇者だってのにお前のサポートしかできないなんて」
「私だって足を引っ張りまくってここまで来たんですから、たまには活躍させてくれてもいいでしょう?」
「はっは」
「な、なに笑ってるんですか」
「頼りにしてるぞ、相棒」
それから、私は私で【ヒノヒカリ】の火力を上げる練習に時間を費やした。
勇者は勇者で、町の作りを調べて回っていた。
閃光玉を投げて回ったり、ランプを掲げたり、それをどこでやるのが効率いいのかを調べているらしい。
強化魔法【強くな~る】、それに天候魔法【ヒノヒカリ】
この二つを最大限うまく使って、光を強め、魔法の威力を上げる。
閃光玉と夜明けのランプで、周囲を明るくする。
そのために閃光玉はたくさん作ってある。
夜明けのランプも、目いっぱい魔力を込め、目いっぱい太陽光に当てておいた。
他に、なにかできることは?
「すべての家で明かりをつけてもらうってのは、どうだろう」
「いや、民家を危険にさらすのは、よくないかしら」
……
「【よく燃え~る】でたくさん松明を作っておくってのは?」
「いや、火の灯りと太陽の光は別物よね……」
宿での夕食の後、閃光玉と夜明けのランプに【強くな~る】をしっかりとかけた。
光の強さのみを強化するイメージで。
すると、まだ鐘が鳴るにはずいぶん早いのに、勇者はもう出て行った。
「『闇』が出てからじゃ遅いだろ? すぐに対応できるよう、準備しておくから」
そう言い残して。
できればそばにいてほしかったけど、勇者には勇者の作戦があるのだろう。
私は一人、宿に残った。
宿のおばちゃんは渋い顔をしているけど、諦めたみたいだ。
もう、「出ていくな」と強く止めない。
「……静かね」
外は、不気味なほど静かだった。
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