【Ep.12 せいじゃくに ふる たいよう】②

「なん、っだ、こりゃあ」

「わぷ!」


後ろを見ていたせいで、私は勇者の背中にぶつかってしまった。


「な、なんですか?」


勇者は棒立ちだ。なにかを見上げている。

私もそちらを見上げる。


「な……」


言葉が出て来ない。


巨大な「闇」が、空を覆っていた。




単なる夜じゃない。

これこそが、町の人が恐れる「闇」なのだろう。

よく見ればどことなく人型に見える。


ただ、その大きさは尋常じゃなかった。


高い高い大鐘楼を、包むほどの大きさだった。


「……黒龍と対峙した時よりも、恐ろしいかもしれない」

「……同感です」


これに比べれば、黒龍は小さなもんだ。

形ある動物だし、ちょっとその辺の魔物より大きいくらいだ(ちょっと言いすぎか)。


でもこれは、得体が知れない。

底が知れない。

これと戦おうだなんてやつの気が知れない。


恐ろしくておぞましい。




どうやら「闇」はこちらに気づいていないようだった。

大鐘楼を撫でまわし、ゆらゆらとゆれている。


「どうする」

「と、とりあえず、攻撃をしかけてみましょうかね」


私は先手必勝、とばかりに、勇者の前にずいと立ち、詠唱を始めた。


 千年の眠り。

 ひと握りの命綱。

 試験管の中の神、三つ編みの髭。

 轟く咆哮と真実を映す空。

 時満ち足りて神罰の鎌。


【夢魔法 神鳴~る】




―――カッ!!

―――ビシィッ!!


闇に向かって雷を落とす。


―――カッ!!

―――ビシィッ!!


威力は絶好調とは言い難いが、どうだろうか。


―――カッ!!

―――ビシィッ!!


しかし、闇は悠然と構えている。

なにも気にしていない。


「むむむ、涼しい顔しよって」


ダメージはないように見えた。




「勇者様も一緒にお願いします!」


―――バチバチバチッ


私は勇者の新しい剣に向かって雷を飛ばす。


―――バチンッ!!


うまく纏わりついた。


「おおっ!! これ、前よりずっとコントロールしやすいぞ!!」


勇者も喜んでいる。




「おっしゃ! 行ってくる!」


勇者はそのまま駆け出し、闇の足元へ向かう。

さすがに大きすぎるので、物理的に攻撃をしかけるなら足からになるのは当然だ。


私はその間に、さらに雷を生み出す。


―――バチバチバチッ


雷の槍を作り出し、左手を空に掲げ、大きく息をつく。

勇者の斬り込みに合わせて、投げつけるつもりだ。

普通の槍じゃあすぐそばの地面に落ちる程度しか投げられないが、魔法の槍なら飛ばせる。


「おりゃあ!!」


勇者が闇の足元にたどり着き、斬り込む。

私もそれに合わせて、大きく胸をそらし、槍を投げつけた。




――――――ヒュンッ


町は静寂に包まれた。


「あれ?」


雷の槍が消えた。

勇者の剣が光らなくなった。

悠然と闇は、町を歩き出す。


―――ドシャァッ


勇者が倒れ込む。


やばい。

やばいやばい!!




しかし、私は足がすくんで進めなかった。


勇者が倒れた上を、闇が通り過ぎてゆく。

起き上がろうとしているから、死んではいない。

でも、無事でもなさそうだ。


闇は、全く意に介さないような顔(どこが顔だかわかりゃしないが)で、ゆっくり歩いてゆく。

虫に刺されたとも思っていない。


「ゆ、勇者様……」


私は、闇が遠ざかるのを待つことしかできなかった。




「勇者様!!」


私が駆け寄ると、勇者は苦しそうに体を起こした。


ケガはしていない。

しかし、ひどく辛そうだ。


「体力を……吸い取られたようだ……」

「あれには近づけない……」


どうしよう。

勇者をこのままにしておけない。

私が回復魔法をかけようとすると、勇者がそれを止めた。


「バカ、そんなのいいから、光の魔法、試してこい!!」




そうだ。

まだ【ヒノヒカリ】を試してなかった。


「行ってきます!!」


私はローブを翻し、闇を追う。

こちらなんて眼中にないだろうが、一撃でも食らわせてやらないと。

私にだって意地がある。


狙うは頭だ。

頭というか、頭っぽいところだ。


 天に昇るは神の眼。

 濁流を飲み込み炎炎と燃え盛れ。

 死者は棺に生者は炭に。

 果てしなく赫く。

 その名を灯せ。


【天候魔法 ヒノヒカリ】




―――カァンッ


空から光の筋がのぞく。

雲をかき分けて。

闇を斬り裂いて。


「はぁっ!!」


―――カァンッ


「おりゃあっ!!」


―――カァンッ


「まだまだっ!!」


―――カァンッ

―――カァンッ

―――カァンッ




―――ゴゴゴゴゴゴゴッ


大地が揺れる。

闇が震えている。


―――ゴゴゴゴゴゴゴッ


「き、効いた!?」


私の喜びもつかの間、闇がこちらを振り向いた。

表情は読めないが、なんだか怒っている気がする。


「っぎゃ!!」


私は一目散に、勇者の元へ駆け寄った。




「ど、どうしましょう怒らせました!」

「や、宿へ……」

「そんな! 撤退ですか!?」

「バカお前、もう一度対策を練り直さないと、犬死……」

「で、でも勇者様をこんなところに置いていくわけには……」

「誰が置いてけっつった!!」




 闇に沈むは鬼の眼。

 清流を塗り潰し煌々と自戒せよ。

 死者はベッドに生者は海に。

 果てしなく碧く。

 その名を記せ。


【天候魔法 ツキアカリ】


―――フォン


青白い光が、勇者を包む。


「ど、どうですか?」

「ああ、大丈夫、歩ける……」

「逃げましょう、とりあえず!!」




……


宿に着いた途端、おばちゃんに怒られた。


「ばっかだねえ!! だから言ったじゃないのさ!! 出ていくなって!!」

「ケガは!? ない!? そりゃあ幸運だったね」

「ほら、もうおとなしく寝ときな!!」


面目ない。

勢いよく飛び出したものの、私たちではあの闇を倒せなかった。

【神鳴~る】は全然だめだし、【ヒノヒカリ】ですらちょっと怒らせた程度だった。


「どうやれば倒せる?」

「んん……難しいですね……」

「おれの剣に纏わせてた魔法は、斬り込んだ瞬間闇に吸い込まれた」

「物理的な攻撃は効かないし、魔法は吸い込まれる」

「おれでは到底倒せない」


そんな。

勇者がそんな弱気なことを言うなんて。


「でも、お前の魔法ならわからないぞ」

「光の魔法は、少なくとも雷よりは効いただろ?」

「もっと威力を上げてぶち込めば……」


威力を上げる……

言うのは簡単だが、どうすればいいのか、全然わからない。




「まあ、なんにせよ今日は休んで、明日リベンジだ」

「日中、対策を練ろう」


そう言いながら勇者は、ベッドの毛布にくるまる。

相当体力を消耗したのだろう。

明るく話すが、顔色が悪いままだ。


「もう一度、回復魔法かけておきましょうか?」

「いや、大丈夫、ケガはないから」

「お前も、休め、な」




寝床に入り、命があることに感謝しつつも、反省点を考えた。


まず、マカナの実を食べなかった。

おごりがあったかもしれない。

こんな時に使わないでどうする。

残りが少ないからといって、出し惜しみしていては勝てない。


あと、そうだ、あれの出番では?


私は飛び起き、部屋の隅に置いてあった「夜明けのランプ」から、カバーを外した。


「おわっ! 眩しい! 寝れねえって!」

「あ、ごめんなさい」


これで夜を照らせば、もしかしたら太陽の光が強くなったりしないか?

魔法の威力も上がったりしないか?




そもそも、魔法の威力が足りない。

防衛隊長さんは、夜でももっと強い魔法を使っていた。


私はあのとき、昼間使っただけだ。

結果的に魔物は一掃できたけど、あのときの魔物は大した敵じゃなかった。


「あの威力を、私も出さないと……」


明日、あの魔法ををもっと鍛えないと。

すごい魔法を覚えられたことで、それだけで満足してしまっていた。

まだまだ私は未熟だ。

それを自覚して挑まなければ。




窓の外では、まだざわざわと妙な気配がしていたが、家の中は確かに安全だった。


「あ」


そういえば、家々に防護魔法らしきものをかけていた牧師さん。

あの人にも話が聞きたい。

もしかしたら、その防護魔法が役に立つかもしれない。


明日はやることがたくさんある。

勇者の一行が、一度敗れたくらいで諦めていてはいけない。

よし、やるぞ、とやる気を出して、私は眠りについた。


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