【Ep.12 せいじゃくに ふる たいよう】①
―――
――――――
―――――――――
厳かな壁が立ち並ぶ町。
すべてが暗闇に包まれている。
遠くで鐘が鳴っている。
暗い。
黒い。
大きな闇が私たちを包む。
私は息苦しくなって、手を振り回す。
魔法は出ない。
必死で手を振り回す。
そのとき、小さな光が、闇を斬り裂いた。
―――――――――
――――――
―――
「魔法の威力が、弱いです、勇者様」
あれから、何度か眠った。
小さな集落を転々と移動して、私たちは着実に魔王の拠点へと近づいている。
「節約してんだろ、多分」
夢に見ない魔法の威力は、あれから少し弱くなった。
ここらの魔物を一撃で倒すほどの威力ではなくなってしまった。
「ストッパーだって話だっただろ、無駄遣いせず、夢に見た魔法中心に戦えばいい話だ」
「それは……そうですけど……」
私はやっぱり、たくさんの魔法が扱えた方が便利だと思う。
旅の初めのように、一種類だけでなんとかやれていた頃とは違う。
火が効かない魔物も、硬くて魔法が効かない魔物もいる。
うまく立ち回らないと、思わぬ大けがを負ってしまうこともある。
「まあ、使えないことはないんだから、そう気を落とすな」
どの魔法でも使える! と思った時の私の喜びを返してほしい。
結局、あまり成長していない。
あの日は、特別だったのだろうか?
特に危機が迫っていたわけでもないのに?
「それより、今日は、どんな夢を見たんだ?」
「えっと……」
私は、夢で見た光景を言葉にしてみた。
「光の魔法?」
「ええ、多分、【ヒノヒカリ】だと思うんですけど」
「教えてもらった魔法なのに、夢に見られたのか?」
「……確証はないですが」
今日は夢魔法が使えないのだろうか?
確かに【ヒノヒカリ】は強力だ。
だけど、あれだけで大丈夫だろうか。
「あと、夢に出てきた町並みは、なんか暗くって陰気でした」
「暗いのと陰気なのはどう違うんだ?」
「同じ意味です」
「おい」
そうだ。
なんだか変な町だった。
鉄壁の岩石要塞を訪れたときも、少し町並みが怖かったが、今日夢に見た町は、またそれとも少し違った。
「なんだか……暗いっていうか……黒いっていうか……」
「ふうん」
勇者は興味なさそうだ。
どうせ夢の中なんだから、色が違っているだけだろ、とでも思っているのかもしれない。
「まあ、気にしても仕方がない」
「この山沿いに歩いていけば、わりと大きな町に到着するはずだ」
「あとは魔王城までわずか」
「今日はとりあえず、そこまで行くからな」
私たちの旅も、終わりに近づいている。
それなのに、私の魔法はまだ不完全だ。
こんなことでいいのだろうか?
……
「なん、だ、この町?」
勇者が唖然と見上げる。
私も開いた口がふさがらない。
さぞかしマヌケな顔になっていただろう。
「黒い……ですね……全部……」
その町は、すべてが黒かった。
家々も、植物も、人々の服すら、ほとんど黒かった。
まず活気がない。
誰も彼も、大きな声を出さず、静かに密やかに佇んでいる。
「元気ないですね?」
家や服が黒いのはまだわかる。
そういう宗教だったり習慣だったりするのかもしれない。
だけど、植物まで黒いって、どういうこと?
「あんな種類の木、あったっけか」
「見たことないですね。別に植物に詳しいわけじゃないですけど」
「ああ、おれもそうだが」
形は、私たちがよく知っている木だ。
だけど、幹も、枝も、葉も、すべてが黒っぽい。
ススにまみれているのとも少し違うようだ。
「なあ、あんた、どうしてこの町は、こんなに黒いんだ?」
勇者が町の人を呼び止めて、尋ねる。
今まで訪れた人たちみんな、同じ疑問を持ったはずだ。
だけど、その人の答えは、私たちの求めるものではなかった。
「あんたら、よそから来たのかい?」
「悪いことは言わねえ、この町に長居しねえほうがいい」
「あと、大鐘楼の鐘が鳴ったら、外へ出ちゃなんねえ」
「いいか、絶対に屋内に入りな」
「屋内なら、安全だから」
不吉なことを言うだけ言って、その人はそそくさと離れていった。
「……どういうことでしょう?」
「……わかんねえ」
要領を得ない話だった。
だけど、なんだか危ない町だ、ってことはよくわかった。
「大鐘楼って、言ってましたね」
「あれかな」
町の中心と思われるあたりに、大きな塔があった。
鐘はよく見えないけど、中にあるのだろう。
あれだけの大きな塔の鐘なら、きっと大きいはずだ。
この町のどこにいても、聞こえそうだ。
大鐘楼らしき塔を見上げながら町中を歩くと、妙なものに出くわした。
教会の牧師さんらしき人たちが、家々を回っている。
そして、なにやら詠唱を行い、家の壁を撫でている。
「あれはなにをしてんだ?」
「わ、わかりません」
「魔法か?」
「ええ、そんな感じですけど……」
よく見れば、結構な人数がそこかしこにいる。
そして、同じように家の壁を撫でている。
「なにかのおまじないでしょうか?」
「家の壁を黒くしているのか?」
「うーん……わかりません」
幸い、宿で出てきた食事は普通の色をしていた。
ただ、あまり豪勢なものではなかった。
「すまないね、こんなものしかなくて」
宿のおばちゃんは、町全体の雰囲気から考えると、ずいぶん気さくな方だった。
「いえいえ、十分です」
豪勢ではなかったが、その味は確かだった。
このあたりに出るらしき魔物の肉も、なんだか締まっていて美味だ。
「この町の壁や植物は、どうして黒いんだ?」
勇者がおばちゃんに尋ねる。
「……」
おばちゃんは、ちょっと言い淀んだ後、またよくわからないことを言った。
「この町ではね、夜になると、『闇』が歩き回るのさ」
「それが、この町をどんどん黒く染め上げちまってね」
闇?
夜が来る、ということではなくて?
それが歩き回る?
黒く染め上げる?
「どういうことですか?」
おばちゃんは困った顔をして、説明を続けた。
「言葉の通りさね」
「悪いことは言わない、鐘が鳴ったら、宿から出るんじゃないよ」
「あんたら旅の勇者みたいだが、『闇』に挑んでやられてった奴らも少なくない」
「無理に戦おうとしないことだね」
「朝になったらいなくなるから、それまでの我慢さ」
どうやらこの町には、特殊な魔物がいるらしい。
それが「闇」と呼ばれているらしい。
戦っても、勝ち目はないらしい。
そしてそれが徘徊するせいで、この町は黒いらしい。
「……どうする」
「……どうしましょう」
正直言って、寄り道をしているヒマはない。
魔王を倒すのが一番だ。
魔王さえ倒してしまえば、魔物たちも勢いを失うはずだ。
無理にすべての魔物を倒して回る必要はない。
でも……
「この町の、沈んだ雰囲気は、なんだか見て見ぬ振りできません」
「同感だ」
魔物の支配に近い。
この町の沈んだ雰囲気は、その「闇」のせいなのだろう。
だったら、私たちがなんとかしてあげたい。
……
旅の支度のため、食料や消耗品を買い集めた後、私たちはまた宿に戻ってきた。
とっくに日は落ちていたが、まだ大鐘楼の鐘は鳴らない。
「お前の夢に出てきた暗い町ってのは、ここのことであってるよな?」
「ええ、おそらく。雰囲気がよく似ています」
「なら、『闇』とかいう魔物を倒すには光の魔法が一番有効ってことだよな?」
「うーん、【ヒノヒカリ】で倒した描写はなかったんですけどね……」
「しかし、ほかの魔法はあまり使えないだろ?」
「ええ、それはそうですが」
闇には光が有効だろう。
なんとなく、そんな感じがする。
だけど少しだけ、嫌な予感もしていた。
こういう予感は、当たらない方がいいんだけど。
「とにかく、鐘が鳴るのを待とう」
私たちは宿から飛び出す準備をしながら、そのときを待った。
宿の人たちは、厳重に窓やドアを閉めている。
そういえば、あの牧師さんたちがしていたことって……
「もしかしたら、家の壁に防護魔法でもかけていたのかもしれませんね」
「ああ、なるほど」
町の人は「屋内にいろ」「宿から出るな」と言っていた。
つまり、屋内なら「闇」の攻撃を受けないということだろう。
そのための準備だったのかもしれない。
ざわ……
突然、空気が変わった。
「っ!?」
勇者も敏感にその雰囲気を感じ取ったようだ。
そして。
――――――ゴォーーーーン
――――――ゴォーーーーン
重く深い鐘の音が、町中に響いた。
「行くぞっ!」
勇者の後を追い、宿を飛び出す。
「だぁっ! だめだっつってんのに!!」
後ろで宿のおばちゃんが叫んでいる。
私たちが飛び出すことも、予想していたようだ。
無理に追いかけてこない。
「ごめんなさい!! 行ってきます!!」
「バカ!! 死んでも知らないよ!! 命知らず!!」
私は走りながら、後ろに向かって謝った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます