幕間【夢魔道士全裸待機】

人気のない谷間に、その場所はあった。


「わ! わ! 温泉ですよ、勇者様!」


立ち上る湯気。

かすかなツンと鼻にくる香り。

これが俗に言う、温泉というものか。


「私初めてです! は、早く入りましょう! ね!」

「バカ、無防備に裸を晒して、魔物に襲われたらどうするつもりだ」

「そんなこと言われましても! これを目の前にして我慢しろだなんて意地悪ですよ!」




周りは岩場でごつごつしているが、人気もないし魔物の気配もない。

正直なところ、私だったら裸でも魔法で戦えるし。


「お前、今日は雷の魔法使ってただろうが」

「感電したらどうすんだ、バカ」


あ、そうだった。

うっかり使ったら自爆攻撃になってしまう。


「で、でも……」


私はあきらめきれず、温泉のそばから離れない。


「交代で、ね、交代で入りましょう! 片方は見張り役で……」

「当ったり前だろうが!! 一緒に入れるか!!」

「え、どうしてですか? 布切れで隠せば問題ないじゃないですか」

「問題あるわ!!」




……


先に勇者に入ってもらうことにした。

一応、「一番風呂」を譲ったという形だ。


「あー、これは、いいな……」


とろける勇者の独り言が聞こえる。

私は岩の裏で、魔物が出て来ないか見張りをしている。


「一生ここにいたい……」


なにやら物騒な独り言だ。


「酒があったらなお良い……」


おじさんみたいなことを言っている。

でも、温泉でお酒を飲みたい気持ち、わかる。


「交代したくない……」

「ダメです! 次は私です! 待ってるんですからね!」

「ぎゃー! 覗くんじゃねえ!!」

「乙女みたいなこと言わないでください!!」




続いて私が二番風呂だ。


「足元がごつごつしてて痛いですね……」

「足切っちゃいそう……」


ちゃぽん


「あ、いい感じの温度ですね? これはもう……」


バッシャン!


「んあー!! 気持ちいい!! 気持ちが良すぎるぅ!!」

「飛び込むな、風情のない」

「いいじゃないですかー。私たちしかいないんだしっ」


お湯につかると、疲れが吹っ飛ぶ気がした。

私は肩まで、いや鼻くらいまで、ゆっくりと湯につかった。



「勇者様ー、そこにいますよね?」

「ああ、いるいる」

「ここ、絶対また来ましょうね」

「魔王を倒したらな」

「私たちで温泉宿を運営してもいいですねえ」

「バカ、人が来ねえよこんな辺鄙なところ」

「こんな最高な場所、私たちだけの秘密にしておくにはもったいないですよお……」

「っ」


私たちはのんきに喋っていたが、突然勇者が言葉を切った。




「……勇者様?」


「魔物だっ! お前は出るなっ!!」


「え? え?」


ドシュッ!


ズバッ!


勇者の剣が魔物を切り裂く音がする。


ドシュッ!


「え? ちょ」


ズババンッ!!




「ギャアアアアアアアアッ!!」


え? 勇者の声じゃないよね? 魔物の断末魔だよね?


「……ふぅっ」


今の声が勇者だよね?

大丈夫だよね?


「おい、無事か?」

「きゃー!! きゃー!! いきなり出てくるのはダメですっ!」

「バカ、お前なんでまだ裸なんだよっ!!」




人気のない温泉に無防備に入り込む人間を狙う魔物もいるらしい。

たまたま勇者が見張ってくれていたからなんともなかったが、一緒に入っていたらダメだったかもしれない。


「いや、一緒に入る選択肢はなかったから」

「布で隠せば大丈夫ですって」

「お前叫んでただろうが」

「だからあれは、なにも隠してなかったから……」

「隠せよ!」

「だっていきなり覗きこんでくるなんて思わなかったから……」

「魔物が来てるって言ってんのに、なんで全裸で待ってたんだよ!」


なにも言い返すことができなくなった。

勇者が倒してくれるだろうと期待して、温泉を満喫しながら無防備に待っていたお供の魔道士だった。


「今度温泉を見つけても、スルーだから」

「そんな殺生な!」


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