【Ep.11 つきないくらい あふれてる】⑥

工房にあった「車のついたかご」は、とっても便利だった。

多くの荷物を運べるし、荷車ほど大げさでもない。

食材を運ぶのには、ちょうどよい大きさだった。


「これ、便利ですね」


がらがら、と音を鳴らして、私たちは集めた食材を運ぶ。


「一台、もらおうか」

「そんな気軽に……」

「じゃあ、材料を集めて作るか」

「それもまた無茶ですよ……」




工房に戻った私たちは、お婆さんのためにまた料理を始めた。


オオコウモリの腹の肉は、網で挟んで外に干した。


木の実は煮込んで煮込んで、砂糖をたっぷり入れて瓶に詰めた。


木の根は塩茹でして練ってみたけど、あんまりおいしくはならなかった。


そして魚は……


「うむ、いい塩加減だ、うまい」

「あ!! ちょっと!! なに一人で先食べてるんですか!!」




……


「おぬしの指輪な、あれの正体が少しわかったぞ」


食事をとりながら、お婆さんが話してくれた。


「あれには、巨大な魔力が込められている」

「じゃが、それはおぬしの魔力とは別物だ」

「なにか心当たりはあるかの?」


もちろん、それは一つしかない。

私のお母さんの魔力だ。


「じゃろうな、形見じゃという話じゃったから」




「額に当てると眠る、というのも、その魔力のなすしかけじゃ」

「母上殿は、昔からその指輪でおぬしを眠らせてくれていたのではないかの?」

「あ、はい、その通りです」

「母上殿が、ずっとおぬしの旅を見守ってくれていたのじゃろう」

「これからも大切にするがいいぞ」


では、何度も聞こえたあの声は……


「そうだ……お母さんの声だったんだ……」


どうしてそれに思い至らなかったのだろう。

考えてみれば、当たり前のことだったのに。

私の旅を支えてくれた、あの声は、お母さんの声だったんだ。


胸がぎゅっと、熱くなった。




「さて、なにかほかにほしいものはあるかと聞いたが、決まったかの?」


私たちは、思いついた「ランプ」のことを話した。

昼間光を貯めて、夜光る、ランプのアイデアを。


「おお、それはいいアイデアじゃな」

「早速、それも作る作業に入ろう」


お婆さんは快く引き受けてくれた。


「負担じゃないか? というか、サービスが良すぎないか?」

「なんじゃ、サービスがいいと不安か?」

「うますぎる話は、怪しいと思わなけりゃな」

「まあ、旅の勇者ならそれくらい身構えてないと、の」


最初の偏屈なイメージはもうなくなっていたから、純粋にお婆さんのサービスであることはもうわかる。

だけど、いつもこんな風に優しくしてもらえるとは限らない。

常に「裏があるのでは?」と考えることは、無駄ではないだろう。




「ときに勇者殿よ、おぬし、魔法の心得は?」

「ん、ない。全くと言っていいほど、ない」

「じゃろうな、しかし魔法を剣に纏わせたい、とな?」

「ああ、何度がうまくやれてるんだが」

「剣にクリスタルを打ち込むだけでも十分かもしれんが、おぬしがもっと上手なら、さらにうまくいくのにのう」


そう言って、お婆さんはまた考え込む。

なにかいいアイデアがあるのだろうか?


「ま、楽しみにしておれ」




厨房をよく探すと、料理に関する本が何冊か見つかった。

それによると、魚の塩漬けをうまく作るには少々時間がかかるようなので、とりあえず仕込みだけを終わらせる。

ついでに魚のオイル漬けも仕込んでおいた。

たくさん食材を採ってきたつもりだったのに、保存食にしてしまうと、あっという間になくなった。


「なんか、作ってみるとあんまり量ありませんね」

「でもよ、おれたちが出発すれば、あの婆さん一人分だけだぜ?」

「あ、そうか」

「今は居候二人分の食材が余計にかかってるわけだからな」

「誰が食いしん坊ですか!!」

「言ってねえ!!」




……


「これは?」

「勇者殿のための、『魔法の指輪』じゃよ」


お婆さんがくれたその指輪は、私のとよく似ていた。

というか、デザインがそっくりだった。


「え? おれがつけるの? これ」


勇者は私とお婆さんを交互に見る。

なんか照れている。


「ほんの少しだけ、クリスタルが余ったもんでな」

「それをつけておけば、魔力の流れが一層スムーズになる、はずじゃ」


本当になんでも作ってしまう。

すごい職人なんだとあらためて思う。




「えへへ、おそろいですねー」


指輪を持つ勇者を見て、私は嬉しくなってしまった。

魔法の詠唱とともに、手をつないでみたりなんかして。

で、力を合わせてバコーンと強力な魔法で敵をやっつけちゃったりなんかして。


ちょっと素敵!!

ドキドキするかもしれない。


「なあ、そういえばお前、なんで左手に指輪つけてんの?」

「え?」

「右手で魔力をコントロールすることが多いだろ? じゃあ指輪も右手の方がいいんじゃないか?」


……そんなこと、考えたこともなかった。

……右手か。やってみてもいいかもしれない。


「おれは、ほれ、左手につけるからよ」


ん?




「これで、指輪どうしくっつけて、いい感じに魔法が剣に伝わったりするんじゃないか?」


ぎゅっ


こ、この勇者は。

私が指輪を右手につけかえるやいなや、左手で握ってきた。

なんてことするんだ!

私は乙女なのに!

乙女なのにィ!!


「ほれ、どうだ?」


しかも、さっきちょっと照れてたのがウソみたいにさわやかに!

ぼくなんにもやましいことありませんよ? みたいな顔つきしやがって!

勇者コノヤロウ!!

照れちゃうじゃないのコノヤロウ!!


「なんて顔してんだ?」


あんたのせいだ!!




結局お婆さんは、日暮れまでに、剣と、新しい指輪と、そして注文したランプを作ってくれた。


なんというスピード。

なんというサービス。


「このランプには、日中ある程度魔力を込めておくこと」

「そして太陽のもとに出しておくこと」

「そうすれば、夜好きなだけ光ってくれる」

「ただし、あー、消せないのが弱点じゃが」


消せない!?


「つまり、明かりがつきっぱなしじゃ」


もったいない!!


「じゃから、明かりがいらんときのために、黒いカバーも作っといた」


なんという二度手間!!




「なにからなにまですまないな」


勇者がうやうやしく頭を下げる。

心底嬉しそうだ。


「これで、装備もだいぶ充実した」


確かにそうだ。

龍の鎧やマントを作ってもらったとき以来じゃないかしら。


「おぬしらはやっぱり、魔王城へ最短距離をたどるのかの?」

「ああ、そのつもりだ」

「なら、ここからじゃと北じゃな」


それから、勇者は具体的な進行ルートをお婆さんに教えてもらっていた。

私にはよくわからない地名がポンポン飛び出す。

地図も、もうこの辺になると魔王に結構地形ごと変えられてしまうので、あまり役に立っていない。




「もう一泊していっても構わんぞ?」

「この辺りは、もう集落が減ってきているしの」


お婆さんはそう言ってくれたが、私たちはもう発つことにした。

少しでも早く先に進みたい。

いつまでも甘えるわけにはいかない。


「ありがたいが、もう、行くよ」


魔法のランプで夜も怖くない。

勇者命名、「夜明けのランプ」というらしい。

これは私が持つ担当だ。


「じゃ、世話になった」

「魔王討伐を、楽しみに待っていてくださいね!」


そして、私たちは井戸から飛び出した。


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