【Ep.11 つきないくらい あふれてる】④

「すみません」


私はお婆さんと勇者と、両方に謝っていた。


「まさか水晶がいっぱいになる日が来るとは、の」


お婆さんは呆れたような感心したような顔つきだった。


「直るのか?」


勇者は水晶の心配をしている。


まさかこんなことになるとは。




 千年の眠り。

 ひとすくいの憂鬱。

 現象から目を背け、神の理を嗤う。

 引き千切れる現実、塗り替えられる虚偽の壁。

 時満ち足りて混沌の時流。


【夢魔法 巻き戻~す】


―――ピキッ


―――ピキキィッ


「ふぉぉお、こんなこともできるのか……」


私は、自分のやりすぎを取り戻すため、【巻き戻~す】の夢を見るまで眠り続けた。

幸い、数回のチャレンジで狙い通り夢を見ることができた。

そして、すぐに水晶を、壊れる前の状態に戻してみせた。




「お前、寝る時間短くなってないか?」

「ええ、私もそう思います」


眠りの指輪で眠りに落ちた後、目が覚めるのが異様に早い気がする。

思い通りの夢が見られていなくても、すぐに再チャレンジすることができる。


「これくらいの時間なら、おれ一人で魔物を足止めしながら、場に応じた魔法を待てるな」


戦いの幅が広がるかもしれない。

いずれ、立ったまま寝たりできるかもしれない。


「それは無理だろ」


それは無理か。




「え、えっと、こんな感じで、直りましたんで、許していただけますか……」

「はあ、許すもなにも、ないねえ」


水晶にあんなひびが入ったこと自体初めてらしいから、お婆さんは困ったように笑っていた。


「魔力をこんだけ入れてくれたんだ、ワシも下手な仕事はできないね」


そう言って、また作業を開始していた。


勇者はまた、鎧を拾う作業に戻っていった。


私もそれを手伝おうとしたけれど、お婆さんはここにいろ、と言った。


「もしかしたら、おぬしは歴史に名を遺す、偉大な魔道士かもしれないねえ」




私はそれから、勇者を待ちながら、お婆さんと旅の話をした。

これまで戦ってきた魔物。

出会ってきた人。

それと、魔法をどうやって操り、旅を進めてきたかを。


「魔力切れを起こしたことがないっちゅーのは、不思議なことじゃな」

「不思議なんですか? 普通の魔道士さんって、魔力切れになるのが普通なんですか?」


へとへとになったことも多いけど、魔法が使えなくなった日もあったけど、使い過ぎでだめになったことはなかった。

それは、普通のことだと思っていた。

世の中の魔道士さんたちが、どれくらい魔法を使って魔力切れを起こすのか、知らなかった。




「それに、その指輪、いいクリスタルを使っているようじゃな」

「これですか?」

「おぬしの魔力を上手に使うだけでなく、量の底上げもしているようじゃ」

「……いつか、似たようなことを言われたような気がします」


いつだっけ?

誰に言われたんだっけ?


母の形見が、これほど褒められるものだとは。

旅に出る前は、これがクリスタルだってことさえ知らなかった。


「どれ、剣が打ち終わったら、それもちょっと見ておいてあげよう」


お婆さんはすごく柔らかくなった。


骨の話ではない。物腰の話だ。




水晶からの魔力を放出しているらしい、妙なチューブを使いながら、お婆さんは剣を打つ。

少しずつ剣の形が変わる。

私は鍛冶というものを間近で見たことがあるような気がするが、お婆さんのそれは、私の知っている鍛冶とは違う。

勇者なら、本当の鍛冶との違いをはっきりと言葉にできそうだ。


なんにせよ、これは魔法の一種だ。


使う道具一つひとつに魔力が使われているし、強い力を必要としていない。

ムキムキの鍛冶屋さんが道具を振り上げる姿とはまるで違う。


「すごい技術があるもんですねえ」


私は感嘆のため息を漏らした。




「おぬしら、鎧も魔力ももうええから、飯を作ってくれんか」


お婆さんは汗を流しながら、私たちに言った。

勇者が次に帰ってきたとき、もう拾わなくていいと言ったのだ。


「飯? まあ、いいけど」


勇者はこちらをちらりと見て言う。

私も異議はない。


「調理場はどこだ?」


お婆さんは工房のさらに奥の扉を指した。

そっちで作れ、ということだろう。

私は魔力をもう込める必要がなくなっていたところだったから、ちょうどいい。

なにかをしている方が、気がまぎれる。


「おぬしらに報いなければな、と思ってな」


お婆さんはにやりと笑った。




調理場にあった干し肉や豆を調味料で味付けし、手早く何品かの料理を作った。

私たちは旅をしながら必要に応じて食事をとるから、こういったことには慣れている。

スピーディ、かつ大胆に。

もっと荒く言ってしまえば、「食えればよい」ということだ。


「あの婆さん、どういう生活してんだろうな」

「どういう、とは?」

「依頼者から魔力をもらうわけだろ? それを生活に役立てるわけだろ?」

「ええ、そういう感じみたいですねえ」


かまどには魔力が出てくる口がついていて、まるで火のように鍋を温めることができた。

これこそ、魔法だ。

魔法というか、魔道具というか。

煙も出ないし、薪も必要ない。

とても便利だ。

これらが量産できたら、きっと高く売れることだろう。



「自分が生活していけるだけの魔力で、十分ってことだ」

「金を要求するわけでもない」

「しかし、クリスタル加工の腕があるなら、もっといい暮らしができるはずじゃないか?」

「なのに、なぜこんな地下でひっそりと暮らしている?」


勇者ははじめよりも、お婆さんのことを認めているようだ。

作業の様子を見て、意識を改めたのだろう。

熟練の技術を持っているのは、数分見ればすぐにわかる。


はじめは怖かったけれど、あれは確かに職人だった。




「ほい、できたぞ」


勇者がお婆さんを呼びに行く。

私はその間に、手早く皿に盛りつける。

できるだけ量が多く見えるように。

できるだけおいしそうに見えるように。


いつか時間ができたら、料理を研究するのもいいかもしれない。


勇者においしい料理をふるまってあげたら、彼はどんな反応をするだろう。


「ん、まあまあだな」かな?

それとも黙って黙々と食べるだろうか。




「悪いが作業は明日いっぱいかかる」

「それまで、飯の準備を頼もう」

「ええかの?」


お婆さんは汗だくで、私たちの作った料理を食べている。

すぐにでも食べ終わって、作業を再開したいようだ。


「ああ、別に構わない」

「たった二日でクリスタルを加工してくれるのなら、長くはない、だろ?」


勇者はこちらを見ながら嬉しそうに言う。

私もうなずく。

もともと三日と言われていたのだから、大したことはない。




「おぬし、魔法は一種類しか使えないのか?」

「え、ええ、そうです」

「その指輪で眠れば、リセットされるということか?」

「はい、夢に見た魔法が、使えるようになるんです」


お婆さんは手を止めずに食べ続けながらも、私の言葉に考え込む。

なにか思うところがあるのだろうか?

それとも、関所の所長さんみたいに、「それでよくここまで来れたな」と思っているのか?


「それが、おぬしの魔力の正体かもしれんな」

「え?」

「指輪がおぬしのブーストなら、おぬしのその体質は、ストッパーじゃ」

「ストッパー?」

「普通魔力には上限がある。どんな魔道士も無限に魔力を有するわけではない。じゃが夢によって使える魔法を制限することで、普通ならありえない量の魔力をため込むことができる。……のかもしれない、ということじゃ」

「はあ」


体質、か。

確かにこれは私の体質と言えるかもしれない。

そんな人が(夢魔道士、なんて人が)ほかにいないのは知っている。

それは不便だとも思っていたけど、そういう利点もあるのか。




「さ、て」


お婆さんは早くも料理を平らげ、皿を片付け始めた。

もう作業を再開するらしい。


「魔法をうまく纏える剣、それから指輪の調整……と」

「おぼこ、その指輪をちと貸せ」

「あと、なんかほしいものはあるかの?」


え、ほかにも?


「明日までに考えておけ、ほしいものを作ってやろう」


そう言って、お婆さんはまた工房に戻っていった。

片づけはしておけよ、ということらしいが。


「……サービスいいな」

「同感です」


私の魔法が、魔力が、旅を快適にしていってくれている。

それが素直にうれしい。




「あの、私考えたんですけど」

「クリスタルに魔力がうまく貯まるのなら、ランプに組み込めば便利かなって」

「昼間灯りを貯めておいて、夜にずっと使えるランプ、みたいな感じで」


私のそのアイデアは、勇者を喜ばせた。

【よく燃え~る】や【神鳴~る】がなくても洞窟で困らない。


「ついでにそのランプが宙に浮いて、おれたちについてきてくれたら最高なんだが」

「あ、それいいですね!」




食事の片づけを済ませた後、私たちは部屋の隅で毛布にくるまって眠ることになった。


こんな地下で、ベッドが人数分あるわけもなく。


まあ、毛布があるだけ上等だと思わなければ。


工房からは、まだ作業の音がする。

私たちになにか手伝えることはないだろうか。

かなりお婆さんの厚意に甘えている気がする。


「なにか、お手伝いできること、ないですかね」

「おれもそれを考えている」

「明日、どうしましょう」

「飯だけ作って待っている、ってのもどうかと思うしな……」

「ですよね……」


私たちは相談しながら、いつの間にか眠りについていた。

指輪がなくても、勇者の子守歌がなくても、なぜか穏やかに眠ることができた。

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