【Ep.11 つきないくらい あふれてる】③

「おぬし、なぜおしゃべりする余裕がある?」



私はその言葉の意味をよく飲み込めなかった。

が、なんだか責められたような気がして、すぐに謝った。


「あ、す、すみません作業の邪魔をして」

「魔力を込めるのに集中しろって話ですよね、あはは」


慌てて水晶に向き直る。

一時も水晶から手を放してはいなかったが、ちゃんと手をつけてますよ、というアピールのためぐっと手に力を込める。


「私が三日間魔力を込めたら、剣を作ってもらえるんですよね」

「私、頑張りますので! これでも魔力には結構自信あるんですよ!」

「おっきな魔法を連続で使った時も、魔力切れにはなりませんでしたし?」

「あ、えっと、三日、って、え、寝ちゃだめなんですかね?」

「さすがに起きたまま三日ってのは、ちょっとやったことないんですけど……」


ちらっと、お婆さんを見る。

お婆さんは妙な顔をして、こちらを眺めていた。




「あ、えーっと、私、うるさいですか?」


基本的にはおしゃべりではないし、人見知りだし、でもじっと黙っているのも性に合わない。

お婆さんにとっては作業の邪魔だったろう。

申し訳ないことをしたかも……


でも、三日って、夜は寝てもいいよね?

え、だめなのかな?

それは教えてほしいな。


「あの……」


そう思っていると、お婆さんが口を開いた。


「言葉通り、しゃべる元気があるというのが、ワシには珍しく映るんじゃよ」




しゃべる元気がある?


「はあ、元気、ですかね? 私?」


朝はシャキッと! でも、普段はそんな元気はつらつ! ってタイプじゃない。

おどおどと勇者の後ろをついて歩くのが私だ。


「いや、水晶に手をつけたまま、そんなに元気にしゃべるやつは、珍しくてな」

「たいていは魔力が吸われるにつれてへたり込んでな」

「三日なんて言いながら、一日も持ったことはない」

「ちょっとした意地悪のつもりじゃったんじゃが」


それは、つまり、どういうことだろう?

私は、試されたのか?




「え、じゃあ、魔力を込めても剣は作ってもらえないんですか?」


私は水晶から手を離す。


とんだ無駄足?


その声には非難の色を多分に含ませたつもりだった。

魔王を倒したいという気持ちは本気だ。

それをなすのが勇者で、勇者が無事に旅を終えてほしい。

そのためにできることならなんでもしたい。

勇者に協力できることなら、なんだって惜しくない。


だけど、寄り道をしているヒマはない。




「いや、いつもはへたり込むまで魔力をもらって、それで一応依頼を受けておったよ」

「その心意気に免じて、な」

「ただ、魔力を吸われつくした魔道士たちは、意気消沈しておった」

「たかが水晶に魔力を込めるだけだと高をくくっておったからな、大概」

「じゃがおぬしはどうじゃ、涼しい顔をしておる」

「水晶から吸われる魔力なんて、大したことはないと、気にするほどではないと、おしゃべりも余裕じゃ」

「それに少しびっくりしてな」


お婆さんは手を止めたまま、私に相対している。

その姿勢は、誠実だと、そう思った。

私の理解力が足りないだけで、けっして意地悪なだけの人ではないと、そう思った。




「前言撤回じゃ、三日もいらん」

「一日、今日の夕日が沈むまで、そうやって水晶に魔力を吸わせておれ」

「それで、手を打とう」

「約束通り、クリスタルを剣に打ち込んでやる」


あれ、どこが偏屈なんだろう。

やっぱり普通の、優しいお婆さんじゃない。

最初は鎧を壊したことを怒っていたけど、それだけだ。


「は、はあ、ありがとうございます?」


私は戸惑いながら、再び手を水晶にぴったりつけた。




……


ガランガラン、という音が遠くから聞こえてくる。

勇者が律儀に、壊した鎧の回収をしている。


結構遠くで倒した鎧もいたと思うけど……

全部回収するのは大変だろうな。


そう思いながら、私は手の魔力に気を配る。


「あ、そうだ」


どうせ込め続けるなら、魔力のコントロールの練習でもしよう。


私は思いついたことを、目の前の水晶に対して試してみる。




まずは吸われる魔力を細く細くするイメージ。

蚕の糸のように。


背筋を伸ばし、息を吸う。


我慢して我慢して、抵抗する。

魔力を吸われすぎないように抵抗する。


背筋を伸ばし、息を止める。


「……ふぅっ」


難しい。




次は水晶の中に渦を巻くように流すイメージ。

竜巻のように。


背筋を伸ばし、肩を少し傾ける。


流れを一方向へ。

球の中に円を描く。


背筋を伸ばし、肩に力を入れる。


「……あはっ」


楽しい。




お婆さんは剣にクリスタルを打ち込むのに専念しているようだ。


首を回してそちらを見ると、とても集中している表情だった。


だから、私もそれを邪魔しないよう、水晶に向き直る。


今度はどんな風にコントロールしてみようか。


私は色んな魔力の形を想像し、試してみた。


これはいい鍛錬になりそうだ。




……


思いつくことをほとんど試したので、最後に私は全力を出してみることにした。


手のひらから、徐々に放出する魔力量を増やしていく。


馬が鳴くみたいに、ぶるるん、と私の腕と肩が揺れた。


残念ながら胸は揺れなかった。


「太く……強く……」


手のひらいっぱいから魔力を惜しげなく出す。

水晶をぱんぱんにするつもりで込める。


頭がカーッと熱くなる。


爆発、拡散、収束、放出、その繰り返し。


「―――ぁぁぁああああっ!!」


目をぎゅっとつぶった。


―――ビキィッ




気が付くと、私は、水晶から手を離していた。


「……あれ?」


水晶に大きなひびが入っている。


これ、私が入れてしまったの?


「あ、えっと……」


私は恐る恐る後ろを振り返る。


お婆さんが、この世の終わりみたいな顔して、こっちを見ていた。


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