【Ep.11 つきないくらい あふれてる】②
落下の衝撃があるかと思ったが、そうではなかった。
井戸の底には、魔力のクッションがあり、飛び込んだ私たちは減速して着地した。
「お? どういうことだ?」
「私の【風立ち~ぬ】のクッションみたいでしたね」
「このクッションで飛び上がってきたってことか、あの鎧たちは」
「ですね」
「じゃあ、やっぱり、ここが鎧の本拠地?」
「でも、あれは、防衛隊長さんの使っていた鎧人形と同じ感じでしたよ?」
「ということは、親玉がいるな、この奥に」
魔力の高い、あるいは魔力の扱いに長けたものがこの奥にいる。
「よし、次の鎧が来る前にどんどん進むぞ、怖がっているヒマはない」
「はい、行きましょう!」
明かりは必要なかった。
横穴にはいくつもろうそくが立てられていた。
しかも、魔力の込められたろうそくだ。
燃えてもほとんど減らないろうそくだ。
「いいな、これ」
「そんなもんに気を取られてないで、早く行くぞ!!」
そのとき、奥から叫び声が聞こえてきた。
「誰だ! 許可なくここに入り込む不届き者は!!」
私は不覚にも、びくっと反応してしまった。
なにものかがいるのは予測していたはずなのに。
「ワシの鎧をことごとく壊してくれよって! 相応の対価がなければ謝っても許さん!!」
どうやら人間のようだ。
そして老人のようだ。
頑固な感じの。
「もしかしたら、ここが職人の工房なのか?」
勇者の言う通り、横穴を抜けた先には、工房のような道具が山のように転がっていた。
整理はされていないようだったが。
奥にいたのは、小さな老婆だった。
「ん? 婆さん?」
「誰が婆さんだ! 人様の家に潜り込んできてなにを失礼な!」
長い髪を振り乱した老婆が、威嚇する。
手にはよくわからない武器を持っている。
この人が、あの鎧を操っていたの?
「失礼、レディー。私は旅の勇者、こちらは連れの魔道士だ」
「あなたはここで一体なにを?」
勇者が口調を改める。
「れ、レディーじゃなんてそんな……」
老婆がもじもじしている。
ちょろい。
「ワシはここで工房をやっているだけのものじゃよ」
「たまーに依頼が来るが、外の鎧兵どもにも勝てないようなのは、お断りしておる」
あ、やっぱりあの鎧兵はこのお婆さんが操っていたんだ。
「す、すごいですね、あんなにたくさんの魔力を」
「なに、ワシの魔力じゃない、あれは」
ん?
どういうこと?
「魔力はな、もらったもんじゃ、全部」
「ワシは仕事の対価に魔力をもらうことにしているんでな」
ずいぶん変わった職人のようだ。
「で、あんたらは依頼か、それとも迷い込んできただけか」
「い、いら……」
「迷い込んできたなら、倒した鎧の分の魔力だけ置いてさっさと帰れ」
「あんたがけしかけてきたんだろうが!」
さっきからお婆さんが言う「魔力をもらう」ってのは、どういうことだろう?
普通は魔道士から離れると、魔力はすぐに空気中に拡散してしまうと思うのだけれど。
「レディー、おれたちはクリスタルを加工してくれる職人を探しているんだ。あなたがそうだというのなら、ぜひ剣にクリスタルを打ち込んでいただきたい」
「レディーじゃなんて、そんな……」
「そういうのはもういいから」
職人はこんなところに住んでいたのか。
それに、お婆さんだったとは。
普通、こういう職人は男性なのが普通だ。
女性で、しかもクリスタルを扱えるというのは、とてもすごいのではないだろうか?
「あの、魔力をもらうって、具体的にはどういう……」
そのへんの話をしておかないと、うまく依頼ができない。
「ああ、そうだ、依頼の話をしよう」
「これがクリスタル、これが剣だ」
「こいつの魔法を剣に纏わせやすくなるよう、剣にクリスタルを打ち込んでほしい」
「で、対価だが、こいつの魔力はなかなかだと思うから、多分払えると思うが……」
「どうすればいい?」
お婆さんは、むう、と考えた後、もごもごとしゃべり始めた。
「この剣では……ちょいと痛みが激しいでな、ほかの剣を使うほうがええ」
「あと、まあ、クリスタルは十分じゃ、よく取ってきたな」
「対価の魔力は、まあ、このおぼこの魔力、三日分って、とこじゃな」
「おぼこってなんですか?」
私は知らない単語に反応した。
なんか、私のことを指す言葉のようだけど。
「男を知らないお嬢ちゃん、という意味じゃよ」
「え? 男の人? 知ってますけど?」
「え? 知ってんの?」
横から勇者が口を挟む。
「ええ、まあ、でも、よく知っている男性って、勇者様くらいですけど。あとお父さんと」
「誤解を生む発言は控えろ!!」
勇者が慌てて話題を逸らす。
「み、三日分って、どういうことだ? どうやってはかる? そもそもどうやって魔力を受け渡す?」
なんだか顔が赤い。
「この奥にな、大きな水晶玉がある」
「その中に魔力を込め続ければよい、三日な」
三日……
私がそれをすれば、剣を作ってもらえる。
「よし! やりましょう! 勇者様はそれでクリスタルの剣を得られるんですから!」
「いや、でも、魔力を三日込め続けるって……倒れるんじゃねえか?」
勇者が私の心配をしてくれる。
嬉しい。
だけど、ここは頑張り時だ。
「クリスタルを扱える職人さんに出会えたんですよ? 剣が作ってもらえるんですよ?」
「しかも高額なお金ではなく、私の魔力でできるんですよ?」
「勇者様はその間に次のための情報収集とか、鍛錬とか、しててください」
「私、三日頑張りますから!」
しかし、そう甘くはなかった。
「いや、その間、ぼうやは倒した鎧の残骸を拾って来い」
「バ、ババア……」
……
その水晶は、今まで私が見た中で一番大きかった。
「ほれ、そこに立って、手のひらを水晶につけるんじゃ」
私は言うとおりにする。
「ここで、三日間魔力を込めたらいいんですね?」
「ああ、手をつけていれば、勝手に吸い取られていくからの」
「あ、そうだ、あれ食べとこ」
私は荷物をごそごそと引っ掻き回し、マカナの実を取り出す。
残りが結構少なくなっているが、ここは使い時だ。
「ほう、そんなものまで持っているのか」
マカナの実を食べ、手を水晶にくっつけると、魔力が吸われる感覚があった。
なんだかちょっと気持ちいい。
「あの、この魔力をどうするんですか?」
私は魔力を吸われている間ヒマなので、お婆さんに話しかけた。
聞きたいことが色々ある。
「水晶から取り出して、ワシの生活に使うんじゃよ」
「ボトルに入れれば水になるし、ろうそくに使えば長持ちする明かりにもなる。」
「ここを守る鎧兵も動かせるし、食料になる小さな獣を取ってくることもできる」
「それにクリスタルの加工にもかかせない、というわけじゃね」
ははあ、便利だ。
この部屋には大きな水晶とお婆さんの作業台みたいなものと、それから数多くの得体の知れないものがあった。
どこか異国のランプみたいなものや武器、防具。
ハーブ、薬瓶、大小さまざまな水晶。
食器に大工道具に、布でできた人形に金属のひも。
散らかっているけれどなんだか心地よい。
そんな空間だった。
これらすべて、クリスタルの加工に使われるのだろうか。
例えばランプに上手に組み込めたら、魔力を込めて光るいつでも使える魔法のランプになるかもしれない。
私は部屋をキョロキョロと興味深く見回していた。
「ここ最近、鎧兵に勝てるやつがいなくての」
「ここを訪れる者も少なかったから、ちょうどよかった」
それはいいタイミングだったかもしれない。
魔力が有り余る状態だったら、門前払いだったかもしれない。
「さて、剣じゃが、これなんかどうかの」
お婆さんが取り出したのは幅広の巨大な剣だった。
「んー、ちょっと、勇者様には大きいかもですねー」
「じゃあこれはどうじゃ」
「それって斧じゃないですか?」
「むう、じゃあこれなんか……」
「それホウキですよね?」
と、そこへ勇者が帰ってきた。
「おい、婆さん、これ使ってくれ」
ガチャガチャと鎧を抱えている。
「これ、大きさも重さも、おれにちょうどいいからさ」
鎧兵の使っていた比較的きれいな剣を持ってきたようだ。
抜け目がない。
お婆さんが舌打ちをした気がした。
気のせいよね?
「面白いと思うんじゃがなー、クリスタルホウキで戦う勇者殿」
「面白さは追求しなくていいから!」
「というかさっき、ババアとか言うたじゃろ、ほんとにホウキにするぞ」
「ごめんなさい! もういいかなと思って! 油断しました!」
それからお婆さんは、剣にクリスタルを打ち込む作業に入った。
使う道具すべてに、魔力が込められている感じだ。
私は加工について詳しくないけど、魔力を使えば、すでに打ち終わっている剣にもクリスタルを打ち込めるのかな。
勇者はまた、鎧を拾う作業に戻っていった。
「弟子は取らないんですか?」
私はまたお婆さんに話しかける。
もちろん両手は水晶にぴったりくっつけたままだ。
「弟子なあ、うーむ、のんびり生活していくので十分じゃからなあ」
「だから高額なお金を要求するわけじゃないんですね」
「ああ、金が要ると思っていたか?」
「ええ、まあ」
そのわりに私たちの持つ金目のものなんて、たかが知れていたが。
「貴重じゃないですか? クリスタルを加工する技術って」
「それをもっと普及させれば、助かる人たちが多いと思うんですけど……」
クリスタル自体が希少だが、魔法に相性のいい武器や道具が増えれば、それだけ人間の生活も潤うはずだ。
強い魔道士も増えるに違いない。
まあ……そんな装備品は高いだろうけど。
私たちは、たまたま助けた商人さんがクリスタルをくれて、持っているだけなのだから。
「誰か、過去にお弟子さんはおられないんですか?」
「ていうか、私たちが知らないだけかもしれないんですけど、クリスタルを扱える職人さんって、どのくらいいるんですか?」
私は質問を重ねた。
魔力を吸われている間ヒマだというのもあったが、単純な興味もあった。
「弟子は……まあ昔は何人かおったがの」
「今どうしているかは、知らんなあ」
「どこかでクリスタル加工に精を出しているかもしれんし、どこかで野垂れ死んでいるかもしれんし」
「おぬしらが知らんということは、名を上げたやつはおらんということじゃろうなあ」
お婆さんは手を止め、少し懐かしそうに目を細めた。
しかしそれも一瞬のことで、不思議そうにこちらを見た。
「ときにおぼこよ」
「おぬし、なぜおしゃべりする余裕がある?」
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