幕間【変な卵料理】
旅の途中で立ち寄った町は、なんだか陽気な雰囲気が漂っていた。
明るいというか。
浮かれているというか。
熱に浮かされているというか。
「ねえ、勇者様、なんだかこの町、陽気ですね?」
「そうだな、妙に、な」
おかしな雰囲気ではないが、今まで見てきた町とは少し様子が違うようだ。
「住民におかしな様子があるわけでもないのに……なんだか……んん?」
勇者が反応した目線の先、私もつられて目をやると……
「んん? え?」
身体が硬直した。
勇者も戸惑いながら剣に手をかけていた。
「……あれ、魔物ですよね?」
普通に服を着て、普通に談笑しながら買い物をする魔物がいた。
魔物……だと思う。しかし、周りの誰も気に留めていない。
緑の肌に、ギラついた目、長い爪。
フードをかぶってはいるが、明らかに異質だった。
「……いや、この町はそういう町なのかもしれない」
「そういう町とは?」
「人と魔物が共存している町だ。早まって部外者のおれたちが町中で襲いかかるわけにはいかない」
「……様子を見ましょうか」
見回してみても、別に魔物がたくさんいるわけではない。
彼が特殊なのかもしれない。
ただちょっと顔色が悪くて、目つきが鋭くて、爪の手入れをしていないだけの人かもしれない。
「いやそれはさすがに無理がある」
その人(?)は、普通に買い物を済ませ、ふらふらと歩いて行った。
「つけますか?」
「……一応、目を離さないようにしておこうか」
旅人が珍しくなさそうな町だ。
彼も旅人なのかもしれないし、この町に差別的な考えを持つ人が少ないのかもしれない。
「しかし結構買い込んでいたぞ」
「日持ちのしなさそうな食材が多かったですね」
「この町に住んでいる可能性が高い」
「じゃあ、やっぱりちょっと顔色の悪い、ただの人かも……」
「それはない」
「とも言い切れないじゃないですか?」
「うーん……」
ゆっくり歩くその人は、やがて小さな料理屋に入っていった。
「……別に悲鳴が上がるわけでもありませんね」
「すれ違う人も、普通の反応だったしな」
「そういえば、小腹が空きませんか?」
「おれはお前ほど食いしん坊では……」
言いかけて、ぐぅっと勇者の腹の虫が鳴いた。
「……ちょうどいいので、ここで食事にしませんか?」
「……反対する理由はないな」
私は躊躇なくその扉を開いた。
「いらっしゃい」
気持ちのよい挨拶が迎えてくれる。
「……2名で」
「あいよ、奥のテーブルにどうぞ」
きょろきょろと見回しながら、席に着く。
「店主さんは普通の顔色でしたね」
「あんま見るな」
先ほどの緑色の人は見当たらない。
客ではなかったのだろうか。となると店員か?
「ご注文は?」
いつの間にかそばに立つ別の店員の存在に気づくのが遅れ、私はひゃっと声を上げた。
「あ、す、すみません、まだ……」
メニューもなにも見ていなかったので、と謝ろうとしたとき、店員の手が四本あることに気づいた。
「ぎゃー!」
「わっ」
狭い店内で大声を上げてしまった。
店員も私の声に驚く。
「あ、す、すみません、失礼を……」
しどろもどろになる私に、その店員さんは優しく答えてくれた。
「あはは、よく驚かれます。旅の方ですね?」
「あ、ええ、まあ」
「私は魔物ですが、人を襲ったりはしませんので、ご安心ください」
「はあ……」
ウェイターとしては便利そうだな、と思いながら勇者の方を見ると、彼もまた戸惑った顔をしていた。
魔物は基本的に倒してきたので、気まずいものがあるのかもしれない。
「おすすめは、なにかあるかな」
気を取り直して勇者が尋ねる。
「そうですね、この店でしか食べられない珍しいものというと、こちらがおすすめですね」
四本腕の店員さんが指し示したのは、「激辛・魔物の卵とじ」だった。
「……」
「……頼むのに勇気のいる料理名ですね」
魔物が激辛なのか?
卵とじのあとの味付けが激辛なのか?
ていうか魔物の店員さんが魔物料理を薦めてくるのは笑った方がいいのだろうか。
私が「人間の煮込み料理がおすすめですよ」とか言うようなものじゃないか?
「ちょっと珍しいニワトリスの卵を使ってましてね」
「ニワ……?」
「ニワトリスです」
「コカトリスじゃなくて?」
「ニワトリスです」
聞いたことがない。
「ちょっとだけ魔物化したニワトリでね、家畜化に成功したんです」
怪しい。しかし気になる。
「じゃあそれと、あとパンとスープを」
「あいよ、少々お待ちを」
ほかに客もあまりいないので、先ほどの店員さんを呼んで聞いてみた。
「さっき肌が緑色の人がこの店に入っていったんですが、彼も店員ですか?」
「ああ、あいつね、うちのコックの一人ですよ」
「ここは、彼やあなたのような、その、魔物が……普通に暮らしている町なんですか?」
「ええ、みな受け入れてくれています」
彼が言うには、「魔王の支配を逃れる魔物」がときどきいるそうだ。
あるとき急に、「人間と同じように暮らしたい」「人間を襲うのはもう嫌だ」と感じたらしい。
そういった人たち(魔物たち)が、この町に集まるそうだ。
「……今まで魔物と見ればすべて敵だと思っていたので、意外でした」
「……すみません、あなたの仲間を、たくさん倒してきて……」
謝る私に、彼はなんでもないことのように笑って言った。
「人間と見れば見境なく襲っていった魔物が悪いのです、お気になさらず」
「でも、私たちのように普通に生活をする魔物もいることを、知ってもらえれば嬉しいですね」
「この町以外では、やはり異質な目で見られますから」
今までたくさんの差別があったのだろう。
私だって、説明がなければ襲いかかっていたかもしれない。
周りの反応を見て、「ああ、別に凶暴な人ではないのだろう」と判断しただけに過ぎない。
「……認識を改めます」
泉の守り神だった龍さんの花を燃やして回ったころを思い返していた。
あのときの自分だったら、問答無用で町中にもかかわらず魔法をぶっ放していたかもしれない。
いくらかの旅の経験で、私は少し寛容になれたのだろうか。冷静になれたのだろうか。
これからももっと、魔物や人間について、深く考えていった方がいいのだろうか。
「お待ち!」
感傷にふけっていると、料理が運ばれてきた。
早いわね。
「おお、これはまた旨そうだな」
見た目から「激辛!」って感じはしないが、程よい量の肉や野菜が卵でとじられている。
匂いも食欲をそそる。
「いただきます!」
「声がでかい」
この肉は、魔物? こりこりしていて食感が面白い。
野菜は、うん、普通の野菜だ。
卵は黄色いけど、ニワトリではなくニワトリスの……
「かっらぁ!!!!」
つい叫んでしまった。
あわてて水を飲む。
勇者も声には出さないが、その顔が物語っていた。
「こういう……辛さか……」
舌がしびれる。
変な汗が出る。
トウガラシや香辛料をきかせた料理とはまた違う、舌にくる辛さだった。
「あ、でも慣れてくると美味しい」
「いや、うん、旨いのは確かだ」
調味料が辛いのではなく、卵が辛いのだった。
「魔物化してるから卵に辛みが出るんですかね」
「ニワトリの卵とは全然別物だな」
「もしかしてこれ、弱めの毒では?」
「おい、やめろ」
ひいひい言いながらぺろりと平らげた。
会計を済ませたとき、店の奥にあの店員さんがいた。
最初の印象よりもずっと、温厚そうな表情に見えた。
「ごちそうさまでした」
「お口にあいましたか?」
「ええ、とっても美味しかったです」
いい店だ。
魔王を倒したら、またこの町に寄りたいと思った。
そして当然、同じメニューをまた頼みたいと思った。
「また今度来たときも、あの激辛卵とじを注文したいです」
「店員さんも、あの料理がお好きなんですか?」
おすすめしてくれたんだからきっと、と思った。
しかし四本腕の店員さんは、気まずそうにこう言った。
「ぼく、魔物料理食べられないんですよね」
人生で一番、表情をコントロールするのが難しい瞬間だった。
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