【Ep.10 いざよいの つきに であう】②
「いいか、この魔法はあくまで人間の治癒力と、月の力を借りて傷を治す魔法だ」
「万能じゃない」
「首が飛んだり心臓が止まったりした体は、治せない」
「しかも自身の治癒力に依存するわけだから、大きな傷を治せばそれだけ生命力を使うことになる」
「つまり、使いすぎると寿命が縮まる」
所長さんが教えてくれた魔法は、防衛隊長さんの魔法と表裏一体のようだった。
【ヒノヒカリ】と【ツキアカリ】
攻撃魔法と回復魔法。
太陽を召還する魔法と、月に依存する魔法。
どちらも魅力的で、どちらも教えてもらえるなんて、素晴らしい。
なんて幸せなんだろう。
「教えてもらっといてなんだが、おれたちは早目に発とうと思う」
勇者が言い出す。
「つい最近な、あんたの妹さんの町に滞在したんだが」
「二日連続で魔物の襲撃を受けてな」
「珍しいことだってんで、早めに発ったんだ」
「もしかしたらおれたちのせいかもしれねえ、と」
「そうだとしたら居心地悪いだろ」
「もしここも襲撃されるようなことがあったら厄介だ、だから……」
言い淀む。
私たちに自覚はなにもない。
だけど、ここが今日魔物に襲撃されでもしたら、私たちのせいであることは確実だ。
もしそうなったら、私はどう受け止めたらいいんだろう。
「あんたたち、魔の森抜けてきたか?」
所長さんが苦笑しながら言う。
「ああ、確かに、そこから来たが」
「だったら、魔物の体液を多少なりとも被っているんじゃねえか」
「……確かに……そんなこともあったが……」
「魔の森のやつらの中には、自分たちの体液を敵にマーキングする種類の魔物がいる」
「個別で動かず隊を組むタイプ、不意打ちをするタイプ」
「あんたたちが魔の森で倒した魔物の中に、そういうタイプがいたんだろうな」
思い当たる節が山ほどある。
あの魔物たちは珍しく隊を組んで襲ってきたし、町を襲ってきたときもそうだった。
これまで、あの規模で一斉に襲ってくることは、少なかったように思う。
「あー、あのべちゃっとしたグロいやつ、あれか」
勇者も顔をしかめている。
「これ、使いな」
所長さんが差し出したのは、なんだか妙な匂いのする石鹸だった。
「そのマーキング、落とせると思うぜ、これなら」
私たちはお言葉に甘えて、シャワーを浴びさせてもらった。
なんだか変わった匂いだったが、不快ではない。
全身くまなく石鹸で洗い、汚れを落とす。
「あー、気持ちいい」
生き返る気分だ。
しかし、それにしても。
防衛隊長さんが知らなかったことを、魔の森から遠い関所の所長さんが知っていたのは不思議だ。
「んー、なんか、妙だ」
勇者がくんくんと自分の体を嗅いでいる。
普段自分の匂いなんて気にしてなさそうだったのに、今日は珍しい。
「そうですか? 珍しいけど、別に変な匂いでは……」
「んー、でもなあ、なんか気になる匂い……」
くんくん。
「ぎゃー!! 乙女の匂いを嗅がないでくださいよ!!」
所長さんが戻ってきた。
「匂いが気になるか?」
「まあ、魔物の鼻をごまかすためのものだからな」
「単純にいい匂い、ってわけじゃねえのは勘弁してくれ」
そう言いながらパンと水をくれた。
ここは宿屋は兼ねていないから、単純に所長さんのサービスなのだろう。
ありがたい。
「防衛隊長さんは、魔物の襲撃を不思議がっていましたけど……」
私は先ほど思いついたことを話してみた。
防衛隊長さんは知らなかった魔物の体液のことを、なぜ所長さんが知っているのか。
「ああ、あいつは城にこもりっきりだからな」
「だからたまには外に出ろって言うんだが」
「おれはここの所長だが、見聞を広げるためによく動き回るんだよ」
「他国の珍しい道具とか調味料とかも好きだしな」
この石鹸もよそで仕入れたものだ、と言って笑った。
「この関所の先は、魔物の質がかなり違う」
「ある程度傾向を知り対策を練ってかからないと、痛い目を見るぞ」
所長さんが私たちにアドバイスをくれる。
魔物の体液マーキングを落としたから、魔物の襲撃はないのだろう。
しかしそれだけでは安心できない魔物たちが待ち構えているようだ。
「あ」
「どうした?」
あれ、ということは……
「あの岩石要塞が襲われたのって、結局やっぱり私たちのせいってことですよね」
「お前今更か」
……
所長さんからは、ほかにも色々と有益な情報が聞けた。
関所を抜けた先には、クリスタルを扱える職人がいるそうだ。
ようやく、いつかもらったクリスタルを加工してもらえるかもしれない。
旅が苦しい時の対価としてしか使ってこなかったクリスタルが、武器や防具として生まれ変わるかもしれない。
「ま、すげえ偏屈だってうわさだから、気をつけなよ」
所長さんは眉をひそめて言う。
あまりいいうわさを聞いていないらしい。
……
回復魔法と情報と、さらには石鹸のお礼も言って、私たちは関所を後にした。
「魔王討伐のあとの凱旋を、楽しみにしてるぜ」
所長さんは笑って送り出してくれた。
「任せてください!」
私は元気よく手を振った。
勇者も笑顔で振り返った。
「気持ちのいい兄妹だよな」
勇者がつぶやいた。
「兄妹、羨ましいですか?」
「なぜそんなことを聞く?」
「あ、勇者様、なんかきょうだいがいなさそうな感じがしたので……」
「まあ、いないけど」
私にもいない。
きょうだいって、どんな感じだろう?
「しっかし、月の魔法に太陽の魔法とはな」
「ね、対になってますよね、素敵」
「それを両方もらったお前も、すげえな」
「すげえですね、私」
人に教えてもらった魔法をうまく使いこなせたというのは、自信になる。
今までそんなことが、自分の長所になるなんて思いもしなかった。
もしかしたら、母から夢魔法を教わってうまく扱えていることも、すごいことなのかもしれない。
私は頬が緩むのを自覚した。でも、勇者にまた「変な顔するな」と言われる前に、気を引き締める。
「大事にしようぜ、特に、回復の魔法」
「ええ、頑張ります」
「これからは特に、自分の身を守ることを優先しろよ」
「はい! 私が気を失ってしまってたりしたら、共倒れますもんね」
大事にしろよ、とは言わない。
大事にしようぜ、と勇者は言う。
私と同じ目線で言ってくれる。
それがなんだかすっごく嬉しくて、私はスキップでも踏みそうになった。
「もう二度と、おれの盾になろうだなんて考えないこと」
「おれがお前の盾になるから、だからそのあとでちゃんと回復してくれよ」
「でも……やっぱり勇者様がピンチだと思うと、身体が勝手に動いてしまうかもしれません」
「馬鹿、それで大変なことになったじゃねえか」
「それは……そうですけど」
「ほれ、約束」
そう言って勇者は、こぶしを突き出してきた。
「こういうときは、小指を絡ませるのでは?」
「いいじゃねえか、なんでも」
「はいはい、できるだけ出しゃばらないようにします、よ!」
私もゴツン、とこぶしを返した。
「あ、そういえばあのイヤリングはどうなるんだろうか」
「ん、確かに」
お兄さんが妹に返しに行くんだろうか。
それは想像すると、なんだかおかしくて、私は口元が緩んでしまった。
「似合わねえな、熊みたいなのに」
「ね、可愛いですよね」
「熊さんがトコトコお城にイヤリングを返しに行きます」
「ぶふっ!!」
私たちはくだらないことを話しながら、道を進む。
道中は、平和だった。
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