【Ep.10 いざよいの つきに であう】①

「え、衛生兵ーっ!! 衛生兵はいないかーっ!!」


勇者が関所の門をぶち壊れそうなほどの勢いで叩いている。


「誰か!! 回復魔法が使える人は、誰かいないか!!」


ドンドンドン!!


あはは、そんなに焦った声出さなくてもいいのに。

勇者たるもの、いつだって落ち着いて行動しなきゃ。


私は薄れる意識の中でそう思った。




……


「はぁっ!!」


びくん、と体が跳ねて、私は目を覚ました。

心臓がどっくんどっくんと脈打っている。


「あ……私……あれ?」


昨日……私たちは夜になって関所に着いて……あれ?

どうなったんだっけ?




そばに勇者がいてくれた。

相変わらずあきれたような顔で、私を見下ろしていた。


「この関所の所長さんに、礼言っとけよ」


そう言って、ほっとしたような表情を浮かべた。


「ったく、無茶しやがるんだから……」


背を向けてスタスタと向こうへ行ってしまった。

そういえば、ここはどこだろう?




しばらくして、関所の所員だという男の人が部屋を訪れた。

私はベッドに横になったまま、その人の話を聞いた。


「昨夜は、ボロボロのあなたを勇者様が引きずってこられて、いやあ、びっくりしましたよ」

「幸いうちの所長がいてくれましたから、あなたの傷は癒えましたが……」

「意識が戻らなかったものでね、勇者様がつきっきりで看病を」


そうだったんだ。

また、勇者に迷惑をかけてしまった。

お礼を言っておかなくては。


でも、それよりも先に……




「あ、あの、所長さんにお礼を言わせてください!!」


回復魔法の使えない魔道士の私の代わりに、私を癒してくれた人がいる。

真っ先にその方にお礼を言わなければ。


「ええ、ええ、今呼んできますので」


所員さんはバタバタと部屋から出て行った。

あわただしい人だ。


ここの所長さんは、岩石要塞の防衛隊長さんと兄妹だって言ってたけど、どんな人なんだろう。

隊長さんみたいに背が高いのかな?

金髪かしら?

男前かしら?


隊長さんと同じように、魔法が得意なのだろうか。




「いよお、嬢ちゃん、気がついたかい」


戸口から金髪の大男が入ってきた。


「く、熊!?」

「熊じゃねえよ人間だよ」

「し、失礼いたしました」


いくらなんでも初対面の人に向かって「熊!」は失礼が過ぎる。

私はまだ寝ぼけているのかしら?


「勇者殿が血相変えて大変だったんだから、昨日は」

「今日はゆっくり休みな、寝床はあるからよ」


見た目は厳ついが、声は優しかった。




「いえ、そんな、ご兄妹にそろってお世話になるわけには……」


確かに兄妹だけあって、背の高さ、金髪はそっくりかもしれない。

でも体格や厳つい顔は……似ていない……ような気もする。


「ん、うちの妹を知ってんのかい」

「は、はい、防衛隊長さんには大変お世話に……」


私は忘れないうちに、と、隊長さんから預かっていた耳飾りを所長さんに渡した。

ちりん、ときれいな音がして、それはごつい手に握られた。


「おう、こりゃあ珍しいこともあるもんだ」

「『左の耳飾り』とはなあ」


所長さんは変なことを言った。

「左の耳飾り」だって?

あれを見て左だってわかるのもすごいけど、それがどうしたというのだろう?




「あ、あの、それを渡してくれと頼まれたのですけれど、どういう意味だったんでしょう?」

「ああ、これはな……」


所長さんによると、左の耳飾りを託した冒険者は、関所で丁重にもてなせ、という意味らしい。

ちなみに右の耳飾りを託された場合は、関所で止めろ、ということらしい。


「この先は魔物も強力だし、地形もおかしなことになっているところが多い」

「ただの無法者だけじゃなく、この先に進めなさそうな冒険者にも、右を渡してるみたいだ」


ははあ……なるほど?

つまり私たちは?


「この先を進む力があるうえ、妹のお眼鏡にかなった冒険者、ってことだな」




それから、所長さんは興味津々な顔で尋ねてきた。


「で、目指すはやっぱり魔王城かい?」

「ええ、私たちの旅の目的は、魔王討伐ですから」


私はきっぱりと言い切った。

徐々にそれが現実に近づいてきている。

私の魔法も、勇者の剣撃も、魔王に届きそうな気がしている。

だから、少し自分の言葉に自信が持てた。


しかしそんな私の自信を、所長さんが砕いた。


「回復魔法がねえのに、か」


所長さんの目つきが鋭くなった。




「そ、それは……」


回復魔法がないわけじゃない。

回復手段がないわけじゃない。


ただ、私の魔法は夢に左右されるし、回復薬は軽度の傷にしか効かないし。


私は言葉に詰まった。


改めて指摘されると、初歩的過ぎて恥ずかしくなる大問題だ。


「珍しいぜ、左の耳飾りをもらったやつも、ろくな回復魔法なしでここまで来たやつも」


所長さんの言葉が刺さる。




豪快で優しそうな大男、という印象は吹き飛んだ。


やはり重要な関所を任されているだけあって、様々な人生を見てきたのだろう。

冷静で、冷酷だ。

私みたいな小娘にも容赦がない。


「妹は見込んだようだが、おれとしてはこの先へ進むことに賛成できねえな」

「悪いことは言わねえからここで引き返せ」

「ちゃんとした回復魔法を身につけてから、もう一度来るんだな」


私はなにも言い返せなかった。




「おいおい所長さんよ、うちの魔道士をいじめないでやってくれないか」


突然会話に割り込んできた声があった。

戸口に、いつの間にか勇者が立っていた。


「そいつは確かに自在に回復魔法が使えないが、おれが信頼を置いている優秀な魔道士だ」

「回復できないのに優秀だってのかい?」

「おれがマヌケなケガをしなけりゃあ、回復魔法も不要だろう?」

「この嬢ちゃんはケガをしていたが?」

「そりゃあこいつがマヌケだからだ」


ん?

なんか私をかばう発言のはずが、いつの間にか悪口にすり替わっている気がする。




「こいつは岩石要塞の防衛隊長様の魔法も一日でマスターしちまったんだ」

「それを優秀と言わずして、なんだ?」

「まあおれは実際の威力を見ていないが、あの人の様子からして、ちゃんと使えていたはずだ」

「な? そうだろ?」


そう言って私の方を見る。

私はこくこくと頷く。

隊長さんは確かに、私の魔法を褒めてくれた。

あれは社交辞令ではなかったはずだ。


所長さんが、呆然とした顔でもごもごとつぶやいている。

「あの魔法を? 一日で? 覚えた? 使った?」みたいなことだったように思う。




「なあ、あんたさえ良ければ、あの魔法も、こいつに教えてやってくれないか」

「なんだったかな、【ツキアカリ】とか言ったか」

「あれがこいつに使えるなら、こいつの実力も認めてもらえるだろう?」

「おれたちも回復魔法が手に入るなら、万々歳だ」


勇者が無謀な取引を仕掛けている。

こちらの一方的なお願いなのに、あちら側の利益でもあるかのように言っている。

ずるくないですか、それ。


「妹の魔法を使った、というのは本当か」


所長さんが私に聞く。

私は頷く。


「じゃあ、今それを見せてくれるか、証明として」




……


私たちは外に出て、手近な魔物を探した。


回復魔法のおかげで体調は万全だ。

【ヒノヒカリ】の威力は十分に発揮できると思うけれど、少し緊張する。


防衛隊長さんのお兄さんに見られているなんて。


まるでテストのようだ。


勇者に初めて魔法を見せた日を思い出す。


「お、あいつにしよう」


岩場から鳥と蛇が合体したような魔物が現れた。

特段脅威にはなりそうもないサイズだ。




「おれたちは見てるから、さ、頑張れ」


勇者は後ろで腕を組んでいる。

所長さんは品定めをするように私を見ている。


「うう……頑張ります」


私は魔物に相対する。

所長さんに認められるよう、ちゃんとできるところを見せなければ。


「行きますっ!!」




 天に昇るは神の眼。

 濁流を飲み込み炎炎と燃え盛れ。

 死者は棺に生者は炭に。

 果てしなく赫く。

 その名を灯せ。


【天候魔法 ヒノヒカリ】


―――カァン!!


強い光が当たりを包む。

決して目を逸らさず。

光の刃を魔物に向かって振り下ろす。


「はぁっっ!!!」


―――カァン!!




「ど、どうでしょうか」


私はおずおずと後ろを振り向いた。

勇者と所長さんの顔色を窺うために。


「わ、わりとうまくできたかなー、と思うんですけど、あの、その」


二人とも無言だ。


「あ、もちろん隊長さんには懇切丁寧に教えていただいて、その、ほんと教え上手で」

「私なんかに秘蔵の魔法を惜しげもなく教えてくれて、ほんとお世話になったっていうか」

「あの、ほんと素敵な女性で、背も高くて格好良くって、さ、さすが一国の防衛隊長さんだなあって感じで」


無言がつらい。

かつてこれまで私が一人で場をつなぐことがあっただろうか。

口下手で人見知りの私が会話を盛り上げて場をつなぐということが。


無言がつらい。




「よし、関所に戻るぞ、嬢ちゃん」


所長さんが背を向け、関所の方へ戻っていく。


「とっととおれの【ツキアカリ】マスターしちまえ」

「そんでとっとと魔王、ぶっ倒してくれよな」


歩きながら、そんな言葉をかけてくれた。

え?

ということは?


「合格、だってよ」


勇者がにやりと笑った。

嬉しそうだ。

そっか、よかった。

私の魔法は二人を納得させられるだけの威力はあったわけだ。


私たちはさっきまで魔物がいた「黒い穴」を後にして、関所へと戻った。


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