幕間【ハープの歌姫】

その小さな集落には、音楽家たちが立ち寄っていた。


そこかしこから、きれいな歌声や、珍しい楽器の音色が聴こえてくる。


「心地よい響きですね」

「ああ、お前のいびきとは雲泥の差だ」

「ちょ、ちょ、なんで私のいびきと比べて言うんですか!」

「おれが普段聴く音楽はそれくらいしかないからだよ」




私たちがハープを弾いている女性に近寄ったとき、ちょうど曲が終わったところだった。


「素晴らしい!」

「素敵!」

「ありがとうございます」


近くの人たちが口々に褒め称えている。

よほどいい歌だったようだ。

集まっている人数は少ないが、みな惜しみない拍手を送っている。


「残念、聴きたかったですね」

「まあ、まだやってくれるんじゃないか」


と、その女性がこちらを向いた。


「あら、もしかして、旅の勇者様では?」




「知り合いですか、勇者様?」

「いや、ハープ奏者に知り合いはいないはずだが」


まあ、こんな美人を忘れるはずはないだろう。


「いえ、お噂はかねがね」


噂になっていたのか。

照れるわね。


「噂になってるのはおれだろ、お前は照れる必要ないだろ」

「い、いいじゃないですか! ちょっとくらい有名人気分を味わったって!」


顔が熱くなる。

きっと赤くなっている。

照れとは違う感情で。




「ご一緒の魔道士様も、たいそう強くて可愛らしいと、噂になっていましたよ」

「ほ、ほら! 私も噂になってるらしいですよ!」


私は得意げになって言った。

「可愛い」というところが特に気になった。


「調子に乗るんじゃない」


勇者は冷静に私をたしなめる。

美人に褒められてこの冷静さ、普通じゃないわね。

僧なのかしら。




そんなふうに勇者を冷ややかに見ていたら、美人がとんでもない申し出をしてきた。


「勇者様、もしよろしければお二人の歌を作らせてはいただけませんか?」


私たちの歌を!? ただで!? え、そんな、逆にいいんですか!?


「ああ、景気のいいやつを、頼むよ」


だからなんでそんなにクールなんですか。

バラでも背負ってそうな顔してなんでそういうこと言えるんですか。


私なんて「うひょー! 私の可愛さを存分に褒め称える曲をよろしくお願いしまあああああす!!」とか言ってしまいそうなのに。平伏して土下座してお金払いそうなのに。




……


しばらく考え込んだ後、彼女はハープを弾き始めた。


ポロン

ポロン

ポロロロロン


「即興で歌いますので、細かいところはご容赦ください」


ポロン

ポロン

ポロロロロン


拍手が起こる。

私たちの歌を即興で作ってもらうなんて初めての経験だ。

とてもドキドキしている。




『その剣は 闇を切り裂く』


『その魔法で 世界に 光が射す』


『怯えよ 異形よ』


『称えよ 偉業を』


『さあ 時は来た 命を燃やせ』


『民衆よ 喜べ 平和はすぐそこに』


『その剣は 闇を切り裂く』


『その魔法で 世界に 光が射す』




「ぶ、ぶらぼー!!」


私は精いっぱいの拍手をした。

これが私たちの歌だなんて、なんて嬉しいのだろうか。


気づけば、みんなも同じように拍手を送っていた。

勇者も心なしか頬が紅潮している。


「い、い、いい歌でしたね!! 素敵でしたね!!」

「……ああ、嬉しいもんだな」

「頑張って魔王倒して、みんなを喜ばせたいって! そう思いましたよね!」

「……ああ、そうだな」

「この歌が色んな町で歌い継がれて、誰でも知っている歌になったら、嬉しいですよね!」

「……ああ」

「子どもも大人もお爺さんもお婆さんも、この歌を聴いて涙している姿が思い浮かびます……」

「……ああ……お前が全部喋ってくれるおかげで楽だわ」


興奮する私の横で、あくまで勇者は冷静さを保とうとしていたが、それでもやっぱり嬉しそうな様子がにじみ出ていた。


「ありがとうございます! 素敵な歌でした! きっと私たち、魔王を倒しますからね!」


ハープの歌姫も、なんだか嬉しそうだった。




それから、勇者は機嫌がいいときにはこの歌を鼻歌で歌っていることが多かった。


「~♪」


ちょっとへたくそだったけど、それは言わないでおいた。

私も、嬉しくなっていっしょに歌った。


「その剣は~闇を~切り裂く~う~♪」

「お前、下手だな」

「そ、そ、そんなことないです!!」


私も下手だったらしい。悔しい。


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