【Ep.9 けんそうに ふる たいよう】⑦
「作戦室」と札のかかった部屋で、私と勇者は隊長さんと顔を合わせていた。
結局勇者たちは稽古に夢中で、外の様子に気づかなかったそうだ。
まあ、大丈夫だったけど、私としてはちょっと不満だ。
町の一大事には駆けつけないと。
それが勇者たる振る舞いじゃないかしら?
でも思っていても言わなかった。
勇者がそわそわしているので、それで十分。
「さて、先ほど勇者様から聞かれていた『違和感』についてお話ししましょう」
隊長さんはそう切り出した。
「確かにこの町はよそ者に敏感です」
「ただ、ちゃんと門から入ってきた以上、それは私の許しを得ているということなので、町の者も不審がりません」
「では今日と昨日でなにが違ったのか」
「昨日好意的だった町の者が、今日になってよそよそしくなったとしたら、なにが原因だったのか?」
そこで、少し言葉を切った。
私たちの反応を待っている。
私は考えながら、昨日のことを思い出していた。
「夜中に魔物が襲ってきた?」
「そう、その通りです」
「でも、それは偶然で……」
「おそらくそうでしょう。私もそう考えていました」
ただ……と、言いにくそうに、隊長さんは続けた。
「魔物が襲ってきたのは、実に2年ぶりのことなのです」
「!?」
それは予想外だった。
あんなに「防御」に徹している町や城の姿を見ていたから、無意識に考えていたのかもしれない。
「ここはよく魔物に襲われるところなのだ」と。
「確かにここは難攻不落の岩石要塞。防御に徹する町です」
「しかしそれを知っている他国や魔物がたびたび襲ってくることはなかったのです」
「『攻めようとも思わない』という意味で、堅い守りの町だったのです」
「それが……」
その先は私もわかる。
そんな堅い守りの町が、魔物に襲われた。
「勇者が訪れた日に」魔物に襲われた。
それは確かに、住民にとって気持ちのいい出来事ではなかっただろう。
「あ、だから……」
だから、隊長さんはあのガマグチを初めて見たような態度だったのだろう。
わざわざ魔の森に入らなければ、出くわすこともないだろうから。
あのガマグチはたびたびこの町を襲っていたと、そう勝手に勘違いしていたのだ。
「あなたに対して、よくないうわさを流す者もいました」
隊長さんがこちらを見て言った。
「魔物に魔力を食わせ、魔物は喜んでいた、と」
「火は怖がるくせにあなたの火の魔法は食べていましたからね」
「私の鎧人形に相性のいいタイプの魔物であったことからも、『勇者の一行が魔物を迎え入れた』と考えたのでしょう」
そんな!
そう叫びたかったが、知らない者から見たらそう映ったのかもしれない。
「さらに二日連続で魔物が現れた」
「こんなことは、私が防衛隊長に就いてから一度もなかったことです」
「こうなってはもう言い訳は難しいでしょう」
「もちろん私はあなた方が魔物をおびき寄せたとは考えていません」
「あなた方の戦いを間近で見ていますし、人柄もこの二日で知れました」
「しかし、町の者はそうは考えてくれないかもしれない」
隊長さんは辛そうな表情でうつむいた。
私たちがおびき寄せたわけではなくても、魔物たちが勝手に私たちに寄ってきたのだとしても。
私たちは早急に立ち去らなくてはならないだろう。
「おれが稽古をつけていて戦闘に加わらなかったことも、悪く取られてしまうかもしれない」
「そうですね、この城の戦力をわざと割いた、とも取れなくない」
「私が昨日隊長さんに、鎧人形の倒し方を聞いたことも……」
「それに合わせて相性のいい魔物を呼ぶためだった、とも考えられる」
「私たちのふるまい、取りようによっては最悪ですね」
「この要塞を崩すための布石を打ってきたようにも見えてしまう……か」
3人とも、暗い表情でうつむいた。
もちろん私たちにそんな考えはない。
隊長さんも私たちを信頼してくれている。
でも、ここまで積み上げた悪い印象を納得して解消してもらうのは、難しいだろう。
「すぐ発とう、荷物をまとめろ」
「……はい」
私は宿に戻ればすぐにでも発てる。
勇者も、大した荷物があるわけではない。
買い物も済ませてある。
「申し訳ありません、こんなことになって……」
「いえ、隊長さんが謝る必要はありません!」
「世話になった。恩を仇で返す様なことになって申し訳ない」
隊長さんに付き添われて、私たちは女王にあいさつを済ませた。
女王は少し驚いて別れを惜しんでくれたが、やはり昨日よりも少しよそよそしいように感じた。
隊長さんが付き添ってくれているのは、私たちにとっては心強いが、周りから見たら「見張られている」ように見えるかもしれない。
なにごとも取り方ひとつで大きく変わるものだ。
私たちは憂鬱な気分で城を後にした。
「おれたちは疫病神なのかもしれんな」
「勇者様がそんな弱気なことを言わないでください」
門のところで、隊長さんは耳飾りを片方外して渡してくれた。
「これを」
「なんですか?」
「この先、大陸と大陸のつなぎ目に位置する『関所』があります」
そう言って隊長さんは平野の向こうを指し示した。
「そこの長をやっているのは私の兄でしてね。これを渡せばよくしてくれるでしょう」
「そんなことまで……本当に、ありがとうございます」
隊長さんには計り知れない恩がある。
魔法の伝授、町での取り計らい、そして疑わしい私たちをかばってくれた。
「関所を越えれば、魔王城までわずかです」
「城の近くは、とても強力な魔物がうじゃうじゃいます」
「重々気を付けて旅をお続けください」
「あなたの【ヒノヒカリ】……見事でした」
「あんな短時間であれだけものにするとは……本当に……」
隊長さんは心なしか涙ぐんでいるようだった。
私も目頭が熱くなる。
そこへ、たくさんの黄色い声が飛び込んできた。
「勇者様! け、稽古をつけていただいて、ありがとうございましたぁっ!!」
「また来てくださいっ!!」
「剣の腕、磨いておきますっ!!」
女戦士さんたちが、門からたくさん飛び出してきた。
むむ、頬を赤らめている人もいるぞ。
勇者はそれを少し恥ずかしそうに見つめ、
「ああ」
とだけ返した。
……
「いーいですね、勇者様はおモテになって」
「王様に認められた勇者様は女の子の視線を独り占めなんですねー」
私は毒づいた。
「あのお城にお姫様でもいたら、それも勇者様にくらっときちゃうんですかねー」
自分でもわかってる。
これは嫉妬だ。
醜い嫉妬心だ。
それも勇者のお供としての魔道士の力量とかそういうんではなくて、単なる……
「なんだ、やきもちか」
キーッ!!
見抜かれとる!!
「バカなこと言ってないで、今日中に関所に着くぞ」
「はいはい、どうせ私はバカですよーっ」
私は恥ずかしさを隠すように、駆け出した。
関所を目指して。
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