【Ep.9 けんそうに ふる たいよう】⑥
次の日、町はなんだか浮ついた様子だった。
商店街に活気はあるものの、なんだかわざとらしい。
昨日魔物の襲撃があったから、緊張しているのかしら?
「おい、早くついてこい」
勇者が急かす。
時間はまだたっぷりあるんだから、買い物くらいゆっくりすればいいのに。
「待ってくださいよー」
私は買い込んだ食料や荷物を抱えながら、よたよたと勇者の後を追った。
「ねえ、勇者様、気づいていますか?」
買い物の途中、木陰で休憩しながら私は勇者に尋ねてみた。
この町の違和感に気づいているか、聞きたかったのだ。
「……妙によそよそしい気がする」
「ですよね!」
やっぱり勇者も同じことを考えていた。
「昨日よりも視線を感じるし、なんか少し感じ悪い、っつーか」
「で、ですよね!」
視線か。
そういえばそんな気もする。
私も同じように気づいていたふりをした。
「今日も城に行ってみて、そこで聞いてみるか、この違和感の正体」
「どうせ、あれだろ、魔法教えてもらう約束してるんだろ」
「そのついでにおれも一緒に行くよ」
そうだった。
隊長さんに教えてもらうんだった。あのすごい魔法を。
確か【ヒノヒカリ】って言ってた。
てことは、太陽光を操る魔法?
でも、日の出ていない真夜中にあれだけの威力を発揮するとなると……
もしかしたらものすごい旅の助けになるかもしれない。
勇者の私への評価がハネ上がるかもしれない。
勇者に気づかれないよう、こっそり笑みを浮かべた。
「おい、変な顔してないで、行くぞ」
気づかれていた。
……
「妙な違和感……ですか」
隊長さんに魔法のことを聞く前に、勇者は今日感じた違和感について隊長さんに聞いていた。
「よそ者は珍しいのかもしれないが、昨日よりも露骨に見られるような気がして、な」
隊長さんは少し考えて、言った。
「それについては……ちょっと確証がありませんが、後でお伝えしようと思います」
「後で?」
「そう、このお嬢さんに魔法を伝授してから、ね」
そして私の方を見てにやりと笑った。
「あ、でも、私の方はそんなに急いでもらわなくても……」
「いえ、急いだ方がいいのかもしれません」
「?」
「いえ、こちらの話です。早速始めましょう」
まあ、教えてもらえるのなら逆らうこともない。
私と隊長さんは、昨日と同じ、城の中の広場へ向かった。
勇者は勇者で、昨日と同じく稽古をつけるのだと言って訓練場へ向かった。
「あの方は勇者だというのに、偉そうなところがなくて好感が持てますね」
「そうですか? 結構偉そうな口調だと思うんですけど」
「それはあなたとの信頼関係が築けているからですよ」
「そうかなあ……」
勇者との付きあいもずいぶん長くなってきたので、信頼関係はある程度築けているとは思う。そのおかげであの口調なんだとしたら、それは喜ぶべきだろうか。
まあ、なんにせよはじめの頃のようによそよそしいのは御免だ。
そう思えば、くだけた口調は受け入れるべきだろう。
「訪れた城の戦士に稽古をつけるというのは、なかなかできない芸当ですよ」
「私が過去に見たことのある勇者は、『もてなされて当然』『敬意を払われて当然』みたいな傲慢を絵にかいたような馬鹿者でした」
「はあ……そんな人もいるんですねえ」
「それと比べれば、可愛いと思いませんか?」
「……まあ、『嫌な人』でないことは確かですね」
そうか。他の勇者、か。
考えたことはなかったけれど、他にも王様に認められて旅をしている人たちがいるんだ。
旅の中で出会うこともあるかもしれない。
私よりも優秀な魔法使いを連れている勇者を見たら、ちょっと嫉妬してしまうかもしれない。
「さて、お喋りはこれくらいにして、昨日の魔法をお教えしましょう」
そう言って隊長さんは、昨日の魔法【ヒノヒカリ】について説明をしてくれた。
やっぱり太陽光を召還するような魔法だった。
鍛えれば真夜中でも使用可能らしい。
私がそこまでの威力を発揮できるかは不明だけど。
詠唱方法と、魔力の練り方も教わった。
隊長さんは、さすが一国の防衛隊長だけあって、指導の仕方も抜群にうまかった。
「思えばこの『詠唱』というものも、面白いと思いませんか?」
「面白い? ですか?」
「誰に語りかけているんでしょうね。自分ですか? それとも神?」
「さ、さあ……」
私の詠唱は母に教わったものばかりなので、あまり深く考えたことはなかった。
いつも学んだとおりの言葉を並べていただけだった。
母も、ただただ「この通り詠唱しなさい」としか言わなかった。
「魔法をつかさどる神様がいるとしたら、それは『魔王』だという気がしませんか?」
「……え?」
なんだかいやな言葉を聞いた気がする。
「魔法なんてものはね、魔王がこの世にあらわれるまで、存在しなかったはずなんですよ」
「そうなんですか?」
「『魔法』や『魔力』という名前自体、魔王や魔物を連想させるでしょう」
「た、確かに……」
「魔法が使える我々は、魔物の末裔だという気がしてならないんです」
「そんな……」
そんな怖い話をここで聞くとは。
でも、あり得るかもしれない。
「とはいえ、人類は長い間かけて独自の魔法や魔力の有効活用法を見出してきたのです」
「たとえ私たちに魔王の血が流れていたとしても、それが魔王を滅ぼすとすれば、正真正銘の人類の勝利だと思いませんか?」
そう言って隊長さんは笑った。
「私は勇者の剣ではなく、魔道士の魔法が魔王を倒すと信じているのです」
「ですから、私の伝えた魔法が魔王討伐に役立つなら、こんなに嬉しいことはありません」
私は期待されている。
勇者のサポートという形ではなく、魔王討伐の大きな一撃として、私の魔法が期待されている。
「き、きっと、私が魔法で倒します!」
その時、ズズンと地響きのようなものが聞こえた。
「!!」
広場に緊張が走る。
近くの戦士さんたちが隊長さんに駆け寄る。
「なんの音だ! どこからだ!」
「おそらく町の方です!」
「あ! あちらから煙が!」
町の方を見ると、騒ぎが聞こえてくる。
煙が立ち上っている場所もあるようだ。
なにが起こっている!?
私にできることは?
見張り台に向かうと、町の方を見張っていた戦士さんが報告してくれた。
「大通り商店街にて騒ぎが起こっています!」
「具体的な敵の姿は確認できませんが、魔物のようです!」
「住民が苦しんでいます! 倒れている人数はおよそ10!」
姿は確認できず?
住民が苦しんでいる?
もしかして。
「私に任せろ」
私が過去の魔物を思い出して対処法を思い出そうとしている間に、隊長さんが見張り台に上っていた。
「あなたも、早く」
隊長さんがこちらを見て手招きしている。
「先ほどの魔法の試し運転のチャンスです、急いで」
そうか。
あのときみたいな【神鳴~る】は夢に見ていないから使えないが、【ヒノヒカリ】なら。
「は、はいっ!!」
私はローブの裾をまくりあげて見張り台によじ登った。
隊長さんと肩を並べて魔法を撃つ。
それは光栄なことであり、緊張することでもあった。
「さあ、いきますよ」
「はいっ!!」
先ほど教えてもらった詠唱をつぶやく。
早く、でも正確に。
天に昇るは神の眼。
濁流を飲み込み炎炎と燃え盛れ。
死者は棺に生者は炭に。
果てしなく赫く。
その名を灯せ。
【天候魔法 ヒノヒカリ】
そして手を高く掲げた。
―――カッ!!
空が裂かれ、光の刃が伸びる。
でも、住民を攻撃してはいけない。
町の方へ目を凝らす。
逃げ惑う住民。
纏わりつく、姿を消す魔物たち。
魔法で照らされ、おぼろげながら魔物の姿が見える。
あのときは無我夢中で海に向かって魔法を撃った。
だけど今は、多くの人の中に魔法を撃ちこまないといけない。
正確なコントロールと速さ。
住民を苦しませないため、素早く一撃で魔物を焼き尽くす威力。
すべてを満たさなければいけない。
「はぁぁっ!!」
目を見開いたまま、指先を町へ向けた。
―――カァンッ!!
光の筋が魔物を貫く。
―――カァンッ!!
目を走らせ、魔物を捉える。
―――カァンッ!!
乾いた音が、光の刃に遅れて届く。
無意識に私は、10本の指をピアノでも弾くように広げていた。
「はあああぁっ!!」
光に飲まれた魔物たちは、どろどろと醜い姿を晒して倒れていた。
住民たちは驚き戸惑いながらも、自分たちの足元に転がる異形の者がもう動かないことに安堵しているようだった。
勇者は結局訓練場から出て来なかったのだろうか?
町の魔物はおそらくすべて倒したと思うが、安心するのは早い。
私は町の方へ目を凝らし、倒し損ねた魔物がいないか確かめていた。
ふと気づくと、隊長さんが私の方を見て目を見開いていた。
「?」
どうしたんですか、と聞こうとして、やめた。
隊長さんはただ驚いているんじゃない。
私に対する色んな感情が渦巻いていて、それを整理するのが難しい、そんな表情に思えたからだ。
例えば、そう、「恐れ」だとか「疑い」だとか。
そんな感情だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます