【Ep.9 けんそうに ふる たいよう】⑤

私は町中を駆けずり回りながら、苦戦している鎧人形や女戦士さんたちを助けていった。

鎧人形は槍や剣で攻撃している。これは効くはずで、問題ない。

女戦士さんたちは、剣か、もしくは毒草で戦っていた。これもある程度効果がありそうだった。


走り回っている間、誰の死体も見かけなかったが、一つ気になるものがあった。


倒れている鎧人形だ。


どう見ても「大きく形を崩された」感じはしないのに、ピクリとも動かない、それ。


もしかして隊長さんが遠隔操作を解いたのか、とも思ったが、決まって傍には戦ったであろうガマグチの魔物がいた。

だいたい女戦士さんにとどめを刺されていたが。


「戦っているガマグチがいれば、なあ」


その場を見たい。

そうすれば、対処法が見えてくるかもしれない。




「やあ、すみませんね、手伝っていただいて」


のんきな声が響いた。

防衛隊長さんだ。


「あれ、こんな前線に出てくるんですね」

「言ったでしょう? 私の鎧人形は……」


隊長さんが手刀を振ると、ものすごいスピードで鎧人形たちが隊列を組んだ。

こんなに、どこに隠れていたのか。


「手で操れば強くなる、と」


ビュンッ


鎧人形たちが、町中を駆け抜けた。




「あ、あの、隊長さん、ちょっと気になることが」

「なんでしょう?」

「ここに来るまでに、倒れている鎧人形を数体見ました」

「ええ、やられていましたね」

「妙じゃないですか?」

「なにがです?」

「鎧、崩されていませんでしたよ?」

「ふうむ」


隊長さんは落ち着いていた。

倒されることも想定しての「百体」なのかもしれない。




「あの、私は今炎の魔法が使えるんですが、単純に火球にして放つと、飲み込まれるんです」

「ほう、火を食べるということですか?」

「いえ、火を、というよりも、魔力を。現に松明の火は怖がりましたから」

「なるほど、となると……」


私の言いたいことが伝わるだろうか?

同じ魔道士として(隊長さんは戦士っぽいけど)、考えることは近いだろうか?




「私の鎧人形は、相性が良くないかもしれませんね」

「魔力を吸い取るように食べるのであれば、簡単に無力化されてしまいます」

「となれば……」

「一体だけ残して、帰還させましょう」


やっぱり!

隊長さんはきっと私と同じことを考えている。


「どうして一体残すんです?」


私は一応聞いてみる。

考え方が一緒なら、私はとても嬉しくなるだろう。


「そりゃあもちろん、どうやって魔力を食べるか見てみたいからですよ」


その答えは、私の期待通りのものだった。




「あなたの火球を食べたときは、どんな様子でしたか?」

「えっとですね、ボシュッと音がして、火が掻き消えました」

「口の中に入る前に?」

「いえ、口に放ったのも悪かったんですが、大きな口に包まれて、消えました」

「吸収は……」

「基本全部口からです、そのための大きな口でしょう」

「そのあとは……」

「体の膨張は、ほとんど見られませんでした。身体能力が上がった感じもしませんでした」

「なるほど」




私は、隊長さんが私の言いたいことをしっかりと聞いてくれることに、本当に嬉しくなった。

魔道士として、勇者のサポートとして。

魔道士として、城と町の警護として。

どこを見てなにを考えるかの基準が、これほど一致するとは。


私たちは鎧人形一人を連れ、まだ大きな音の響いている広場へと進んだ。


私たちの会話を、一人の女戦士さんが聞いていたが、妙な表情をしていた。

会ったばかりの者同士が、以心伝心であることが、理解できないのだろう。




広場。

真ん中にガマグチがいる。

取り囲む女戦士さん、鎧人形。


「下がれ!!」


隊長さんは、全員を下がらせた。

それから、そこにいた鎧人形たちはそのまま広場を出て行った。


「ようし、色々と試してみましょう」


そういう隊長さんは、これまたイキイキとして見えた。


「まずは私の火球から行ってみましょうか」

「ええ、やってみてください」


自分以外の魔道士と共闘するというのは初めてだったが、私はとても高揚していた。

町が襲われているというシチュエーションでなければ、もっとよかったのに。




「よく燃え~る!!」


私は勢いよく火球を練り上げた。

同時に二つ。

今回は試しだ。だから最初と同じことをもう一度やってみる。

後ろで隊長さんが「……やはり妙な魔法名だ」とつぶやいていたのが聞こえたけど、無視する。


―――ゴォッ


―――ボシュッ


やはり大きな口で吸収されてしまう。

もう一球は、あえて外してみる。


「はっ」


―――ゴォッ


―――ボシュッ


側面から体を狙ったが、意外と素早い身のこなしで、食いつかれてしまった。




「……なるほど、そういう風に食うのですか」


隊長さんが観察している。


「では、あなたの魔法では倒せないのですか?」

「いえ、それは……」


私たちは、ガマグチから目を離さず、話を進める。

私はさっきガマグチを倒した方法を説明した。


「なるほど、やはりあなたは魔力のコントロールに長けているようですね」


褒められた。

勇者にはコントロールが甘いってさんざん言われるけど、少しは成長しているということかしらね。

隊長さんのリップサービスでないといいのだけれど。




「では次は私が」


そう言って隊長さんは、ずい、と前へ出た。

もちろん鎧人形も一緒だ。


鎧人形が間合いを詰める。

気のせいかもしれないが、魔物は少し嬉しそうな表情になった。


ビュンッ


鎧人形の剣がうなる。


ビュンッ


ガキィン!!


ガマグチは相変わらず「らしくない」身のこなしで、それを避ける。


―――ギュゴッ!!




妙な音が響いた。

そして、鎧人形が崩れ落ちた。


ガラァ……ン……


「素早い」


隊長さんがつぶやく。

今、あの魔物は「鎧のわずかな隙間から」魔力を吸い取ったのだ。

かなりの早業、かつ恐ろしい能力だった。

魔の森では、そんな様子なかったのに。


「あの一瞬のスキをついて魔力を吸い取るわけか」


さて、次にやるべきことは……


「さて、まだ火球を作り出す魔力は残っていますか?」


ですよね、そうこなくっちゃ。




「はっ!!」


私は火球を生み出しては投げつける。


「はっ!! はっ!!」


そのたびにボシュッと音がし、ガマグチに飲み込まれる。


「まだまだ!!」


―――ゴォッ!


―――ゴォッ!


―――ゴォッ!




「ううむ、特に外見、能力に変化なし、ですね」


だめか。

こういう「○○を吸収する」タイプの魔物は、吸収しすぎて自滅することがよくある。

だけど、今回はだめみたいだ。


また、「吸収して体を大きくするタイプ」「吸収して強くなるタイプ」もいるが、そうでもないらしい。


「よし、こんなもんでしょう」


隊長さんのOKが出た。

もう倒してしまっていいかしら。


「最後は、私に任せてください」




隊長さんは、前に出てきて、ぶつぶつと詠唱を行った。


「天候魔法……ヒノヒカリ……」


そう言って手を頭上に掲げる。

すると、夜なのに、空から一筋の明るい光が伸びた。


「はぁっ!!!!」


―――ジュァッ!


隊長さんの手の動きに合わせて、その光の刃は魔物を焼き尽くした。


それこそ、「吸収するヒマもないくらい」早く鮮やかな一撃だった。




「……すごい」


隊長さんは、まだこんな切り札を残していたのか。

一国の防衛を預かる立場の人としては、当然なのかもしれない。

それにしても、すごい。


「この魔法、便利だから覚えてみる気はありませんか?」

「え?」

「明日、これを教えてあげようと思っていたんです」


この魔法を、私が使う?

それはとても素敵な提案だ。

だけど、夢も見ずにこの魔法がうまく使えるのだろうか。




「明日を楽しみにしていてください」


そう言い残して、隊長さんは他の場所へ行ってしまった。

戦士さんたちが戦っているところの加勢に行ったのだろう。


私のいる広場では、すでに倒した魔物の解体が始まっている。

もう、危ない場面はほとんど切り抜けたのだろう。

私も、もっと力になれたらよかったのに。

少し、物足りない気がした。


私たちは町の防衛に役立っただろうか?


私たちなんかいなくても、この町は安全だった。


勇者の一行として、それは少し情けない気持ちだった。


「いよう、無事だったな」


後ろからぶっきらぼうで優しい声がした。




「魔物、どれくらい倒せましたか?」

「ん? おれか? 数えてないな」

「そうですか……」

「ほれ、あらかた倒し終わったらしい。おれたちも一応行くぞ」

「行くって、どこへ?」

「隊長様のいる広場だよ」


伝令が飛び交っている。

隊長さんから指示があるのだろう。

私たちも、みんなが向かっている広場へ行くことにした。




……


「ああ、ご苦労だったな、みんな」


隊長さんが前に立ち、ねぎらいの言葉をかけている。

女戦士さんたちはきれいに隊列を組んでいる。

よく見ると、男の人も結構いるようだ。

今まで気づかなかった。


私たちは、ちょっと離れたところに目立たないように立っていた。


「戦果報告!」


次々と魔物の討伐数が報告されていく。

私たちの倒した分も計算されているのだろうか。

少しでも防衛に役立てていたのならいいんだけれど。


「よろしい! 素晴らしい活躍だった!」


やっぱり、さすが隊長というだけある。

先ほど私とともに生き生きと魔物を分析していた時とは表情が違う。

きりっとしていて、いかにも隊長らしい。一国の警備を一手に任されている人の言葉は広場によく響いた。




「防衛軍以外での怪我人ゼロ!」

「死者ゼロ!」

「よくやった!」

「普段の鍛錬の賜物だ! 今後もこのような不測の事態に備え鍛錬を怠らないように!」


隊長さんの言葉が続く。

厳しそうでもあるけれど、そう称える姿は、きっと普段から慕われているんだろうなあと思わせた。




「あ、そういえば、ですね」


私は、先ほど隊長さんが魔法を教えてくれるという話を勇者にした。


「それ、夢にうまく見れるのか?」

「いや、それはどうなんでしょう」


魔法を教わるというのも、母以来のことだ。

上手くいくか自信がない。




「明日、聞いてみないとわかりませんねえ」

「まあ、戦闘の幅が広がることはいいことだ」


勇者は私の魔法を信頼してくれている。

さっきだって、一人前の戦闘員として私を送り出してくれた。

そして、「無事だったか」と声をかけてくれた。


だから、私は勇者のために、できることはなんでもやりたい。

さっきの隊長さんのすごい魔法も、身につけたい。


「すっごいんですよ、太陽が魔物を焼き尽くす感じで」

「太陽出てないじゃねえか」

「違うんですよ、なんかこう、太陽を召還するみたいで」

「ああ、そういや一瞬明るくなったなあ」

「それですそれです!」




私たちの会話は、隊長さんの言葉で途切れた。


「全員回れ、右!!」


戦士さんたちが、みなこちらを向いていた。


「我らが城のために、町のために、ともに戦ってくれた勇者様と、魔道士様に、礼!!」


その合図で、みんな一斉に、敬礼をした。

私たちは、ぽかんと立ち尽くすだけだった。


「ああ、いや、大したことはしてないので……」


勇者も、そう返すので精いっぱいだった。




「あんなふうに感謝されたことって、そういやなかったな」

「ですね」


黒龍を倒した時も、酒場の人たちは感謝してくれたけど、こうやって公の人が隊列を組んでお礼を言ってくれるっていうのは、珍しい。


そのあと、町を一通り見回って、私たちは宿に戻った。


少し目が冴えて眠れそうになかったので、もう一度指輪を使うことにした。


眠るまでの少しだけの時間、私は考え事をしていた。

魔の森はここからそう遠くないはずなのに、隊長さんがあのガマグチのことを知らない感じだったのが、なんだか引っかかっていた。

あの「天候魔法」というものが、とても魅力的で、だけど私に扱えるか、不安だった。

それからそれから……


明日は買い物をして、魔法を教えてもらって、それから……


私は眠りに落ちていった。


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