【Ep.9 けんそうに ふる たいよう】③

広場で私たちは、魔法について熱く語りあった。


「私は内なる魔力を練るよりも、空気中から生成する方が性に合っているようでね」

「あ、私はどちらかというと、自分の魔力を指輪で増幅して練り上げるタイプですかね」

「ほう、その指輪は?」

「母の形見です。眠りの指輪といって、私がこれで眠ると必ず夢を見るんです」

「なるほど、それで昨日はあの、弱体化の夢を見たと」

「ええ、そういうことです」


今まで、勇者以外に対して自分の魔法についてこんなに語ったことはなかった。

いつもはたどたどしく喋る私でも、夢魔法についてならすらすら会話ができると知った。




「前に【弱くな~る】を使った時は、魔物相手じゃなくて酒場の酔っ払い相手だったんですよ」

「酒場の酔っ払い……ね。絡まれたのですか」

「ええ、そうなんです。だから椅子の足を壊して転げさせたり、酒瓶の硬度を弱めて割ったりしました」

「なんと! そんなことまでできるのですか……」


隊長さんは私の言葉に驚いていた。

酒瓶や椅子の足に限定して魔力をコントロールすることは、かなりの鍛錬がいるはずだ、と。

それから柔軟なイメージ力、剣に纏わりつかせるコントロールも、褒めてくれた。


「やはり、勇者の一行ともなると、素晴らしい魔道士が帯同しているものですね」

「少し侮っていました、申し訳ない」


隊長さんは、きらめく金髪を揺らして、深々とお辞儀した。

女性としても、戦士としても、とても素敵だと思った。




それにしても、私はそれほどの魔道士なのだろうか?

まだまだ未熟だと思うし、くぐった修羅場なんかは隊長さんの方が多いだろうに。


「それはきっと、指輪の効力が大きいでしょうね」

「指輪の?」

「そう、夢を見るという制限がブーストになり、あなたの実力以上のことが可能になっているのでしょう」

「じゃあ……私の実力は夢を見なかった時の魔法程度ってことですか?」

「どうかな、指輪は魔力を増幅させるといわれるけれど、あなたに素質がなければ、指輪は応えてくれないはずですよ」




それから私たちは、魔法を披露しあった。


鉄の盾を弱体化させると、私が軽く触れただけでぐにゃりと曲がった。

許可を得て隊長さんを「日光に弱く」してみると、とたんに隊長さんはぐらりと倒れ込んだ。

すぐに日陰に避難させたけど。


「あーいかん、くらくらする、鍛錬が足りんな、あー」

「すみません、お水どうぞ、10分くらいで元に戻りますからね」


隊長さんの遠隔操作は、鎧人形に限らなかった。

剣に意思を持たせたように、あり得ない動きで宙を舞わせたり、木のつたに私を捕縛させたりした。

ぎゅっと縛られると、ちょっと妙な気分になった。


「あうっ」

「ふふふ、カラダを封じれば妙な魔法も出せないでしょう」


隊長さん、すごいイキイキしてた。




鎧人形の扱い方も詳しく教えてくれた。


対象の物体と同じ大きさ、同じ形に魔力を練り上げ、ぴったり重ねる。

隅々まで意思を通わせる。

自分の意識とシンクロさせる。

そして、簡単な指示を与える、らしい。


「百体に、ずっとそんなことをしているんですか?」

「いえ、普段は休ませてあります」

「じゃあ、いざというときには……」

「ええ、百体みんな、出撃しますよ」


すごい。

それはとてつもない魔力量と、コントロール技能だと思う。


「今日、私たち3体ほど斬っちゃいましたが……」

「それは大丈夫。たまには新しく作り直さないと、私の魔法の腕も鈍りますからね。ちょうどよかった」




そういえば、門番の二体よりも、勇者が訓練場で戦った鎧人形の方が早くて強かったけど、あれは……


「ええ、もちろん自分の目の前で動かせば、細かいこともできますし、両手で集中して操作すればもっと、ね」


あれよりももっと早くなるのか……

もし私の使える魔法がもっと使い勝手の悪いものだったら、勝てていただろうか。

たとえば【風立ち~ぬ】とか【神鳴~る】だったら、効果がなかったかもしれない。


「もし門番を無理に倒して侵入しようとする輩がいれば、私に連絡が入ります」

「あ、あのずらっと並んだ鎧人形さんたちが……」

「そう、私の操作で暴れ回ります」


わあ、それは怖い。

無理に入らなくて、ほんとによかった。




「あれ? あの鎧人形は、もし倒すとしたら、どうすればいいんでしょうか?」


今回は弱体化魔法が相性よく、勇者の剣で斬り裂くことができたけど、魔法でも倒せるのだろうか。

もし魔法が効かないなら、訓練場の腕試し以前に、私たちは城にすら入れなかったかもしれない。


「元の形をイメージしているのでね、形が大きく変わってしまったら魔力が霧散してしまうのです」

「形が?」

「ええ、ちょっとへこんだり、兜が落ちたりするくらいなら大丈夫ですが、真っ二つにされるとさすがに復活させられません」

「あ、すみません……」

「いやいや、勇者の一行の実力がはっきりわかったのです、あれくらいなんとも」




操作系の魔法を教えてもらえたら、すごく旅の助けになると思った。

だけど、これは一般的に普及している魔法ではなく、隊長さん独自の魔力のコントロールだった。

私が「夢を見て現実にする」という魔法の使い方をしているのと同じようなものだ。

だから私にはとても扱えない。


「もし明日時間があれば、あなたの助けになるような秘伝の魔法をお教えしましょう」

「え!? ほんとですか!?」

「ええ、勇者様の旅の補助をするのは、人類の務め」


そして、隊長さんは意味深な笑みを寄越した。




……


訓練場に戻ると、勇者が汗をかきながら女戦士たちに体さばきを教えていた。


「肩の開きが早い!! 目線だけ向けて、ぐっとこらえろ!!」

「踏み込みが弱い!! もう一歩前だ!!」

「体重は両足に均等にかけろ!! 片方に体重を預けてるとそっちからの攻撃に対応できねえって!!」

「そう!! それだ!! もっと早くできるぞ!!」


訓練場はすごい熱気でいっぱいだった。

誰もが勇者の言葉を聞いて発奮している。

勇者もすごく指導に熱が入っているし、指示がうまくいくととても嬉しそうにしている。


「なかなか熱血ですね、あなたの勇者様は」


隊長さんが私にだけ聞こえる声でつぶやいた。




……


「勇者様、初対面の人たちに指導する言葉遣いじゃなかったと思うんですけど」


指導が一区切りしたころを見計らって、一応くぎを刺しておく。


「お、おお、そうか。すまん、こいつにいつも言ってるみたいな感じでやっちまった」


はは、と無邪気に笑う勇者。

でも、それを不快に思っている人は一人もいないみたいだ。

勇者の周りを取り囲む女戦士たちは、みなさわやかな笑顔だった。


「いやあ、しかしさすがのメンバーだ。飲み込みの早いこと早いこと」


勇者はすごく嬉しそうに言った。


「どこかのおっちょこちょいのどんくさい魔道士様とは一味違う」


そう言ってこちらをにやにやと見つめる。

私はほっぺたがぷーっと膨らむのを感じた。




「おやおや、勇者様は女性の扱いは不得手と見える」

「でっしょお!? いっつもあの人、私の扱い悪いんですよ!! この間も……」


私の愚痴を隊長さんは笑って聞いてくれる。

勇者も女戦士さんたちも笑って聞いている。


とても素敵だ。


とても素敵な空間だった。


ここでしばらく暮らしたい。


そう思えるほどだった。




夕食を城の食堂でいただいた後、隊長さんが手配してくれていた町の宿に泊まった。


「好きなだけ滞在してくれていいし、必要なものがあれば言ってくださいね」


なにからなにまでお世話になっている。

申し訳ないと思う一方、それを恩返しするには、なにより魔王討伐が一番だと実感した。


「わー、ベッド広いですよー」

「あんまバタバタすんなよ」

「えへへー」

「ゴロゴロもすんなよ」


私たちは、これからのことを話しあった。

泊めてもらえる恩もあるから、ここのためになることをしようと。

たとえば今日みたいな、立ち回りを教えたり、魔法の交流をしたり。

自分たちのためにもなるし、城にも還元できることを。




「隊長さん、魔力のコントロールがすごく上手でしたから、【強くな~る】とか使いこなせそうですけどねえ」

「ああ、それを戦士たちに使えば、攻め込まれた時にも役立ちそうだな」

「門の耐久力を上げてカチンコチンにしてしまうというのもいいですね」

「ああ、あれな、物体にも使えるのか」

「できるはずですよ?」


それから、町に出て日持ちのする食料や、旅の道具を調達しないとな、と話しあった。

薬草や調味料、それからテントのための丈夫な布やロープも傷んでいたので新しいのがほしいところだ。


「ま、明日一日使って、整えようぜ」


そう言って勇者はベッドに潜り込んだ。

私も、今日の疲れをとるべく布団をかぶった。


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