【Ep.9 けんそうに ふる たいよう】②

「お前たちは下がってよい」


女王の間には、きらびやかな装飾があるかと思っていたが、ここもなんだか堅苦しかった。

勇者とともに通された間で、私たちは女王様の話を聞くことができた。


「長旅、ご苦労様でした」

「この町で、ゆっくりと休むといいでしょう」

「いきなり試すような真似をして申し訳ありませんでしたが、この城のしきたりでしてね」


そう話す女王様は、椅子にふんぞり返って統治するというよりも、戦の前線で今すぐにでも戦えそうな格好をしていた。

顔はにこやかだが、鋭さと厳しさも持ち合わせている。

私には、あの表情は真似できそうにない。




「ここらの魔物はとても強いから、このような格好をしているのです」

「私がここから一歩も出ず、指示だけ出すような横着者だったら、この城はここまで発展しなかったでしょうね」

「ここはとにかく『守り』に特化した城でね」

「だから、どこもかしこも石でできていたでしょう」


なるほど。

敵からの攻撃を防ぐため、町も城も石が中心ということなのね。


では、あの門番の二人は?

あれはなんだったのだろう。




「私が女王だからかねえ」

「城の警備に入ろうという者は、これまた女性が多くてね」

「だから、足りない力を補うため、魔法での防御に長けた者を、防衛隊長に置いているのです」


その防衛隊長さんも、女性だそうだ。

魔法での防御、というのと、先ほどの門番さんと、どうつながっているのだろうか。

あれは魔法人形だったのか?




勇者がこの付近の魔物のことや、西の大陸への移動のこと、魔王城の情報などを女王様から聞き出している間、私は少しヒマになった。


いつも情報を整理するのは、勇者がやってくれていた。

私の頭では、あまり整理ができないからだ。

そのせいで勇者に迷惑をかけてしまったことも多々あった。

だけど、私は私のできることを頑張るしかない。


ヒマなので見回してみると、女王の間の壁に大きな槍がかかっているのを見つけた。

装飾も見事だが、使い込まれた様子からすると、女王様はこれを振り回して戦うこともあるようだ。

武器を使いこなす女性というのも、とても格好がいい。

私はこん棒くらいしか振り回せないから、ちょっと憧れる。




「今日はもう休みますか? それとも、城を案内でもさせましょうか」

「どうする?」


勇者が私を振り向いて聞く。


「わ、私、あの門番さんのことをもっと知りたいです」


あれがもし魔法で動いていたのなら、とてつもない魔法だ。

しかも、あの女性の門番さんが防衛隊長ということではないだろう。

ならば、城の中から操作していた人がいるのだろう。

それを、私は知りたいと思った。


「よろしい、では我が城の防衛隊長を紹介することにしよう」


女王様はパチンと指を鳴らした。

それは女性には珍しいしぐさで、これまた格好いいなと感じてしまった。


そそくさと、道化の二人組がまた現れた。




「隊長殿は、訓練場にいらっしゃいます」

「部下の指導をしておられる時間です」


入り組んだ廊下を歩きながら、道化さんが説明してくれる。

ここもすべて石でできている。

少し暗くて怖いが、ちょっとやそっとの火では落とせそうにない城だ。


私たちが来たことはすでに伝わっているらしく、廊下をすれ違う人たちに、にこやかに会釈されることが多かった。


「やっぱり勇者の一行というのは、好意的に受け入れてもらっているんでしょうか」

「まあ、とんでもなく強いとは思われているだろうな」

「悪意はあまり向けられませんね」

「勇者を目の敵にするような城なら、そもそも門で追い返されているだろうな」

「あ、そうか」




……


「たぁっ!!」

「はっ!!」


訓練場には、戦士たちの威勢のいい声が響いていた。


「いやぁっ!!」

「うぁぁっ!!」


誰も彼も、武器を振り回し、立ち回り、恐ろしいスピードで動いている。

ひゅんっと風を切る音が心地よい。


そこにいたのは、全員女性だった。




「ああ、あなたが勇者様ですね」


いち早くこちらに気付いた女性が、訓練を止めた。

あの人が「防衛隊長」さんだろうか。

背が高くてとても格好いい。

長い金髪と鎧が、アンバランスなようでいて均衡が保たれている。


「ようこそ、我らが城へ」

「見学でしょうか?」


みんな興味深そうにこちらを見ている。

これだけの視線が集まると、ちょっと怖い。


「お招きありがとう」

「こいつがね、ちょっと魔法に興味があるっていうものだから」

「門のところで動いていた、あのがらんどうの鎧の戦士は、誰が動かしていたのかな、と」




勇者はさすがに、私の興味を正確に汲み取っていてくれていた。

私の代わりに、すべて聞いてくれた。


「ああ、あれですか」


隊長さんは微笑んで、こちらに話しかけてくれた。


「あれは私の遠隔魔法で動いている、鎧人形です」

「あ、あの、何体くらいいるんですか?」

「ちょうど百です。でも、毎日百体動かしているわけじゃないけれど」

「ひゃ、ひゃく!?」


驚いた。

もしかしてそこら中に配置されているのだろうか。

門の向こうの二体を倒しても、百体が集まって来ればきっと勝てなかっただろう。




私のそのリアクションがおかしかったのか、みな笑った。


「あなたは魔道士? 勇者様の一行なのだから、あなたにも立派な魔法があるのだと思いますが」

「あ、はい、夢魔道士です」

「夢魔道士?」

「えっと、夢に見た魔法が使えて、えっと、たとえば今日は弱体化の魔法なんですけど」

「へえ、世の中には珍しい魔道士さんもいるのですね」


あのすごい遠隔魔法を持つ人に感心されると、なんだか照れてしまう。




「この方の魔法を勇者様の剣に纏わせておられました」

「鎧人形がいとも簡単に斬り裂かれました」

「そう、まるでゼリーのように」

「ゼリーのように!」


道化さんたちが報告している。

掛け合いがなんだかおかしい。


「へえ、あの鎧を斬り裂いた、と」


隊長さんも感心している。




「よし、せっかくだから、ちょっと魔法を見せてくれませんか」

「あなたに素質があるなら、私から伝授できるものもきっとあるだろうから」


いつの間にか、訓練場に鎧人形が入ってきていた。

いったいどこから来たのだろう?


「この鎧人形を相手に、立ち回りを見せてもらえませんか」

「ここで鍛錬している者たちは、まだまだ新入りなもんだから」


まあ、人間に斬りかかるよりは鎧人形の方がためらわずに済む。


「橋のところでやった感じでいいですかね?」

「ああ、それでいこう」


勇者がガチャリと剣を抜く。




「弱くな~る!!」


ぶうん、と魔力を放出。

勇者の剣に向かって放つ。

淡い光が訓練場の暗い室内を照らし出す。


「さ、いつでもどうぞ」


くいくい、と勇者が手招きする。

門のところであっさり二体倒したものだから、余裕の表情だ。


「さあ、お手並み拝見といきましょう」


隊長さんがにやりと笑うと、鎧人形が襲い掛かってきた。


とんでもないスピードで。




―――ガキィン!!


「どわっ!! なんだこのスピード!!」


―――キィン!!


鎧人形の持つ斧が、床に打ち付けられる。


「速い速い速い!! 門番の比じゃねえぞこれ!!」


―――ガキィン!!


とは言いつつも、勇者は身軽に斧を避け続ける。

口ではふざけていても、目は鋭く鎧人形を見つめたままだ。

あの黒龍と戦った時から、勇者は「回避」に意識を集めるのを怠らなかった。


「門のところの鎧人形は、私の目が届きませんからね」

「だけど、目の前で操れば、これくらいのスピードは出せるんですよ」


隊長さんは手を細かく素早く動かし続ける。

喋りながらでも、その眼は鎧人形を見つめ続けていた。

凄い集中力だった。




「はっ!!」


―――ガシュッ!!


しかし、勝負は一瞬でついた。

門の時と同じく、勇者の剣が鎧を切り裂いた。


今回は中に人がいないこともわかっていたから、ためらいなく真っ二つにしていた。

これが人間だったら、こんなに踏み込んで斬れないだろう。


その鮮やかな一閃に、私の体はぶるっと震えた。

残念ながら胸は揺れなかった。




「ほぉぉ、お見事」


パチパチパチ、と周りから拍手が起こった。


「妙な魔法ですね」

「こんな細身の剣で、鎧人形を真っ二つにするとは」


私の攻撃魔法は、勇者の剣を痛めつけてしまう。

だけど、【弱くな~る】は剣への負担が少ない。

ここ数日の旅で、私たちはそれに気付いたのだ。


そして、この魔法剣は楽に戦うのにもってこいだということが分かっていた。




「わ、私は立ち回りが下手です」

「勇者様にご迷惑ばかりかけています」

「だけど、場に合った魔法で、勇者様の戦いを楽に進められるように、サポートします」


ぎゅっとローブの端を握る。

私の魔法は、隊長さんを失望させなかっただろうか。

勇者の一行のわりに、しょぼいな、なんて思われなかっただろうか。


「素晴らしい魔道士と勇者に拍手!!」


隊長さんの号令に、大きな拍手が起こった。

私はびっくりして、隊長さんを見つめてしまった。




「わ、私の魔法、期待外れではなかったですか」

「そんなことありません」

「で、でも、火とか氷とかでバーン! の方がよかったんじゃないか、って不安で」

「いやいや、これは十分驚異の魔法です」


その証拠に、と隊長さんは周りの女戦士たちを見回して言った。


「この勇者様たちがこの城を攻めてきたと考えてみろ」

「鎧人形も、石の城も、いとも簡単に斬り裂かれていただろう」

「そう、それこそ……」


道化さんたちがババッと前に出てきて嬉しそうに言った。


「ゼリーのように!!」

「ゼリーのように!!」

「そう、ゼリーのように、だ」




私たちは、好意的に受け入れてもらえたようだ。


みんな、にこやかに話しかけてくれるようになった。


そこには、「こいつらが敵でなくてよかった」という安心感も、少しあったに違いない。


「勇者様、このお嬢さん、ちょっと借りますね」


隊長さんは私を訓練場から連れ出し、城の中の広場に案内してくれた。


「勇者様、もしまだ元気があれば、この子たちに立ち回りを教えてやってほしいのです」

「この城の基本は、盾での防御なのですが、あなたみたいにうまく回避できれば、それに越したことはないですから」


勇者は快く引き受け、訓練場に残った。

女戦士たちのきゃいきゃい言う雰囲気が、ちょっと気になったけど。


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