【Ep.9 けんそうに ふる たいよう】①

その城壁は、今まで見た中で、一番大きかった。

そして、一番怖かった。


「なんか、入っちゃだめな雰囲気ムンムンじゃないですか?」

「……そんなことないさ」

「あ、そんなこと言って、勇者様もちょっと怖気づいてるじゃないですか」

「そんなことない」

「ほら、甲冑着た門番さんが、こっち威嚇してますよ」

「お、お前先行け」

「なんでですか、いやですよ」




ガシャン!

ガシャン!


甲冑の門番が行く手を阻む。


「旅の勇者だ、王にお会いしたい」


勇者が緊張しながら門番に言う。

特に用もないが、これだけ大きな城だ。

きっと有益な情報や、旅の助けになることがあるはずだ。


しかし、門番はなにも言わない。

反応がない。




「あの、薬草や食料が少し足りないんです」

「ここで少し補給させていただけたら嬉しいんですけども」


私も合いの手を入れてみたが、反応がない。

なにか入城のための暗号でもあるのだろうか。


大きな槍と斧を交差させて、門番さんは黙って私たちの行く手を阻んでいる。




その時、橋の向こうの門から、声が聞こえてきた。


「あんたら、この城になんの用だい!?」


それは威嚇ではなく、私たちに尋ねる言葉だった。

ただ少々距離があるので、大声になってしまうのは仕方ないことなのだろう。


「旅の勇者です!! この城の王にお会いしたい!!」


勇者も負けじと叫ぶ。

長い橋の向こうの誰かに聞こえるように。


「勇者か!! 勇者!! そりゃあいい!!」

「じゃあ、その門番を倒してみろ!! バラバラにするか、堀に落とせばお前たちの勝ちだ!!」




堀に?

確かに橋がかかっている堀が周囲にある。

でもこんな深いところに落としたら、門番さん、死んじゃうんじゃ?


私は、そっと堀の方を覗いてみた。


「……勇者様、なんか、魔物がいます」

「あん?」

「お堀を元気に泳ぐ、なんか狂暴そうな魔物がいます」

「げげ」

「数え切れないくらい」

「げげげ」




「こいつらを倒したら、城に入れてくれるのか!?」


勇者がまた叫ぶ。


「ああ!! 手加減すんなよ!! お前たちが堀に落ちたら死ぬぞ!!」


門からまた声がする。

言葉は荒いが、女性の声のように聞こえる。

いったい誰だろう?


「よし、じゃあ、やるか。まだやれるだろう?」


勇者が私の頭に手を乗せる。

この城の付近の魔物はとても強かったが、私たちはまだ戦える元気がある。


「はい!! ちゃちゃっと無力化しましょう!!」

「おっしゃ!!」




 千年の眠り。

 ひとかけらの恐怖。

 罵倒と罵声、削られる精神。

 張りつめた糸の千切れる音。

 時満ち足りて崩れ落ちる背骨。


【夢魔法 弱くな~る】


私は【弱くな~る】の魔法を、勇者の剣に向かって放った。


ぶうん、と剣が淡く光り、私の魔力を纏う。


「どんなに鎧が固くっても、こいつの魔力よりは弱いだろう!?」


―――ガシュッ!!


一閃!!


勇者の剣が、鎧を裂く!!




「おりゃ!! もういっちょ!!」


―――ガシュッ!!


―――ガランガラン!!


門番さんたちの鎧が崩れ落ちた。

そして、中の体が露わに……

ならなかった。


中は空洞だった。


「あれ?」


血も出ないし肉片も飛び散らなかった。

まあ、もしそんなことになってしまっていたら意気揚々と入る気にはならなかっただろうけれど。




「なんだこいつら? がらんどうじゃないか」

「魔物か?」


勇者はガンガンと、転がる鎧を蹴っ飛ばしている。

一瞬で勝負はついたようだが、相手が何者かよくわからないうちに終わってしまった。

私も、ポカンとしている。




「おぉっ!! やるじゃないか!!」

「OKOK、渡ってきな!! 門を開けてやるよ!!」


そう声がした。

私たちは空洞の鎧に戸惑いながらも、橋を進んだ。


「あれ、魔物でしょうかね?」

「ううん、そんな気もするが、普通に城を守っているのは、おかしい気がする」

「ここがそもそも、魔物の城であるとか?」

「……その想定はしてなかったな」




門に近づくと、上の覗き窓から女性の顔が出ているのに気がついた。


「あっはっは、勇者ってのは伊達じゃないみたいだね!!」

「試すような真似をして悪かった!!」

「すぐ開けっから、ちょっと待ちな!!」


そういうと、顔がすっと引っ込んだ。

そして、ギギギ、と音を立てて門が開いた。


「引き返すなら、今のうちだが」

「もう開いちゃいましたから、観念しましょ」




門の向こうには、広い石畳と、町並みが見えた。


「ようこそ勇者様、我らが城へ」

「ここは女王が統治する要塞、と、その城下町さ」


門番(?)の女性が招き入れながら言う。

門の横には、先ほど倒した甲冑の門番と同じ格好をした人たちが、ずらりと並んでいた。

だけど、微動だにしない。

もしかしたら、この人たちも、空洞かもしれない。


「あー、門番さんよ、聞きたいことが色々とあるんだが」

「悪いね、あたしは下っ端なもんで、大したことは言えねえ」


下っ端と言いつつも、しっかり武装をしているし、女性とはいえすごく引き締まった筋肉をしている。

私が戦ったら、すぐにのされてしまいそうだ。


「案内はそいつらがするから」


門番の女性が顎をしゃくった先には、赤い帽子と青い帽子の、なんだか道化みたいな二人組がいた。




「ようこそ、我らが城へ」


赤い帽子の男が言う。


「ようこそ、我らが城へ」


青い帽子の男が言う。


ていうか、おんなじこと言うならハモりなさいよ。

なんで分けて言うのよ。


「城下町でお買い物ですか?」

「それともお食事ですか?」


観光か!!

旅の勇者だって言ったでしょ!!




「王にお会いしたい」

「旅に有益な情報、食料、それから旅の用意を調達したい」

「可能なら何日か滞在したい」


勇者が簡潔に言う。

後ろを見ると、門番の女性がまた門を閉めていた。


そういえば、橋の向こうの二人は、あのままにしておいていいんだろうか?

「二人」とカウントするのかどうかも、怪しいんだけれど。




「では、どうぞこちらへ」

「まず女王にお会いしていただきましょう」


道化の二人は、すたすたと道をまっすぐ進んでいく。

ついて来いということらしい。

私はちょっと一休みしてお茶してからでもいいかなーなんて思っていたが、もう、すぐにお城に向かうみたいだ。


……お城、だいぶ向こうに見えるけど。


「遠いですね」

「遠いな」

「これ全部囲ってる城壁があるってことですよね」

「今まで見た中で、一番でかい城だ」

「同感です」




道はまっすぐだったが、かなりの距離を歩く必要があった。


城下町はとても栄えていて、絶えず人の声が聞こえていた。


私は、店先に出ている果物や可愛らしいアクセサリーや、服やお茶やご飯のにおいを我慢するのに苦労した。


「おい、よだれ」

「おい、まっすぐ歩け」

「おい、そんなもん買う金がどこにあるんだ」

「おい!! 前向いて歩けって!! 幼児か!!」




私は、町並みを見ながらあることに気が付いていた。


「勇者様、この町、石ばかりです」

「ああ、おれもそこが気になっていた」


店も、家も、道も、みな石でできていたのだ。

木造の建築物が、ほとんどない。

緑はそこかしこにあるものの、なんだか堅苦しい印象を受けた。


「それは、また女王からお話があるでしょう」

「この町は、難攻不落の岩石要塞でございますから」


道化さんたちが言った。

岩石要塞。

確かにそんな印象だ。


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