幕間【瞬間移動の代償】

「ゆ、勇者様!! 凄い夢をみました!! 起きてください!!」

「んー、もうちょっと寝かせろ……」

「起きてくださいよう!! 早く早く!!」

「んん……」


私がこんなにも必死に勇者を起こすのにはわけがある。

昨日の夢はレアだ。大当たりだ。

スーパー・スペシャル・スゴイやつだ。


「S級魔法なんですよ!! 今日の魔法!!」




……


勇者はまだ少し眠そうにしているが、私の言葉を聞いて一応起きてくれた。


「で、なんだって、S級? いつものやつよりも強力なのか?」

「はい、そうです! 格別ですよ! 別格ですよ!」


この旅で、はじめて見た夢だ。

例外を除いて、ほぼすべての夢魔法には「S級」がある。

いつもの夢魔法よりもずっと強力だ。

もちろん、魔力を練るのもずっと難しいが。


しかしそれでも、私がこの魔法を使える日が来たということが、素直に嬉しかった。


「で、なんの魔法?」

「身が軽くなる魔法です!」




かろな~る】という名前だ。

俊敏性を大きく上げる魔法だ。

しかもS級だ。

いったいどれほど素早く動けるようになるんだろう。


「頭痛薬の名前か?」

「違いますよ!」


手早く朝食を取って、私は勇者を引っぱって広い草原まで出た。




「ま、まずはですね、普通の夢魔法をかけてみます」


いきなりS級では怖い。

慣らし運転だ。


 千年の眠り。

 ひとかけらの斥力。

 浮雲と羽毛、消えゆく泡沫。

 光を背に一寸先は闇。

 時満ち足りて疾風の如し。


【夢魔法 かろな~る】


杖を勇者に向け、魔力で全身を覆う。


シュウン……


「お、おお……!?」




「どうですか?」

「すごい、自分の体の重さをほとんど感じない」


鎧を着ていても、腕の動かし方がやけに軽そうだ。


「ほっ」


勇者が消えた。


「え!?」


と、驚いている間に、目の前にまた現れた。


「ど、どうやったんですか? 今の」

「いや、単純に真上に飛んでみただけだ。でも着地も楽でいいな、これ」

「どれくらい飛べました?」

「風の魔法でお前が木の実を落としてたときくらいの高さじゃねえかな」


着地の音もほとんどなかった。

身軽というか、重力に反しているような動きだった。

なかなか使えそうだ。




「じゃ、じゃあ、S級いきますよ?」

「おう、楽しみだ」


S級魔法は詠唱がいつもより長い。

間違えないように、一度おさらいしてから、唱え始めた。


 千年の眠りでは飽き足らず。

 ひとかけらの斥力を掻き集め。

 浮雲と羽毛、消えゆく泡沫。

 光を背に一寸先は闇。

 スーパー・スペシャル・スゴイやつ。

 居住まいを正し括目せよ。

 時満ち足りて疾風の如し。


【S級夢魔法 スゴイ・かろな~る】


「おいなんか途中ふざけてないかその詠唱」


シュゥゥウウウン……




「……ど、どうですか?」

「……」


勇者は体を少し動かして確認するのみだ。

肘を曲げたり、手を握ったり開いたり。


「……軽いですか?」


ふっと勇者がこちらを見る。

そしてにやりと笑った。


「え?」




「どっち見てんだよ、こっちだよ、こっち」

「ひっ!!」


背後から声がして、私は文字通り飛び上がって驚いた。


「はっはっは、それはおれの残像だ」


悪役みたいな台詞を吐きながら、勇者が笑って立っていた。


「え? え?」


前にも勇者がいる。


「すごい高速で動きながら、行ったり来たりしたら、残像が残るんだな」

「いや、すごいな、これ」

「まあおれの技術があってこそだが」

「これなら魔物を惑わしながら楽に戦闘ができそうだ」


前後の勇者が交互に喋る。

いったいどうやっているんだろう。




「S級魔法、なかなか……」


そこまで喋って、急に勇者が倒れ込んだ。

背後の勇者は消えていた。


「え! ど、どうしたんですか、勇者様!」


「……」


なぜか息も絶え絶えだ。

体力が持たなかったのだろうか?

それともなにか、副作用が……?


「……熱い……」

「え?」

「全……身が……熱いぃぃぃぃいいいいい!!!!」

「ええええええ!?」

「暑い! 熱い! 暑い! 熱い! うがああああああああああ!!!!」




……


近くの小川に勇者を放り込んで、ようやく勇者は落ち着いた。


「ほんとお前、おれを、勇者と思ってない扱いするよね、ね」


全身に水をかぶった勇者は、恨みがましい目で私を睨みつけていた。


「いやあ、あはは、あはあは」

「笑ってごまかすな」


つまり、目で追えないくらい素早く動くことで、空気と体の摩擦が一瞬で起きてしまったと。

そしてそれをくり返したものだから、全身が熱くなってしまったと。

どうやらそういうことらしい。


風の魔法で空を飛んだときも「空気の圧力」は全身で感じていたから、イメージできる。

むしろ空気の刃で切り刻まれなくてよかったくらいだ。




「で、この魔法で、どうやって魔物を倒す?」

「え、ええっと……」

「相手にかけて、調子に乗らせて、全身を熱くさせる?」

「そ、そんな都合よくいかないかと……」


使い方がとても難しい。


「魔物に魔法をかけて、すぐに勇者様が蹴り飛ばし、そのすきに逃げるというのはどうでしょう?」

「すごい速さで追いかけてきたらどうすんだよ」

「あ、そっか」


なにかいい使い方を思いつかないと、せっかくのS級魔法が宝の持ち腐れになってしまう。


「相手の頭にだけ魔法をかけて、頭を斬り飛ばすというのは」

「普通に斬り落とすのとどう違うんだ」

「むむ……」




いろいろ考えた結果、「勇者の鎧と剣を軽くする」という使い道に落ち着いた。


「地味! はじめてのS級魔法、すごい地味!」

「いいじゃねえか、戦いやすいぜ?」


かっこつかないなあ。

いつかまたS級魔法が使える日がきたら、もっと頑張ろう、と心に誓った。


「普通の方でいいぞ? S級、なんか強力すぎて逆に使いづらい」

「んんー!! 悔しい!!」


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