【Ep.8 まのもり とまどい】②

チリン……


かすかな鈴の音がした。

私ははっとして、そちらを向く。

勇者も同じタイミングで鋭い目線を送った。


「もし、お困りかな?」


妙な男がこちらへ向かって歩いてきた。


私は宗教のことはよくわからないが、彼は修行僧というたぐいの人に見えた。

つまり、教会ではなく寺院にいる人?

そんな人がなぜこんな森の奥に?




「この森の魔法、あんたか?」


勇者が疑問を投げかける。

初対面で失礼かとも思ったが、確かに怪しい。


この妙な森で私たちの元にやってきて、「なにか困っているか」と聞くなんて。

私たちが困っているのが分かっている前提の質問ではないか。

それに長い布で頭全体を覆っている。

目が隠れている。

それも非常に怪しい(私個人の感想)。


「はて、魔法、魔法……」

「この森の不思議さを、魔法と例えるのなら、確かに魔法かもしれぬ」

「だが私の魔法ではないな、残念ながら」




なんだか妙なことをむにゃむにゃ言っている。


「目に映るもの、それを見たまま信じているから、迷うのだ」

「私のように、目を閉じれば迷わない」

「だが、まあ、私のこれは生まれつき。真似しろと言っても難しいだろう」


なんと、目の見えない人だったのか。

なのにふらつきもせず、私たちの方へ歩いてきたのは、どういう原理?




「目を閉じて歩くなんて、無理ですよね?」


私は小声で勇者に尋ねる。


「3歩でコケるだろうな」


勇者も小声で答える。


「ははは、試しに目を閉じてジャンプでもしてみるがよい」


目を閉じてジャンプを?

そんな技が必要になることがあるの?


とりあえず目を閉じてみる。

そしてそっとジャンプを……?


「え、ちょっと! 怖い! 跳べませんよこれ!」


跳び上がれない。

怖い。




「ははは、律儀に試してくれるとは、素直で優しいお嬢さんのようだ」


修行僧さんが笑っている。


「……で、これがどういう意味を持つんだ?」


勇者が困惑している。

目を閉じて歩けというのでもない。

そんなの無理だろ、ってことが証明されただけだった。


「目に見える道だけが道ではない」

「進むべき道は、見えないところにある」

「そういうことも、あるんじゃないか、という話だ」


むう。よけいわかりにくくなった。




「なあ、あんた、よければ道案内してくれたりは……」

「私はここに住んで長いが、まだ修行を終えていない。この森を出られない」


つれない返事だった。

こんなところで修行だなんて、よっぽど自分に厳しい人なのだろう。


「道は自分で切り開くがよい」


そう言って笑った。

確かにヒントはもらった。

後は自分で考えなければ。




「ありがとうございます、ヒントをいただいて」


私は笑ってそう言った。


勇者が怪訝な顔でこちらを見る。

私はおかしなことを言ったかしら?


「勇者様、例えば魔王城で道に迷ったとき、敵の魔物に道を聞きますか?」

「ご丁寧に魔王のいるところまで道標がありますか?」

「自分たちで打開していかないと、この先に進む資格は、ないってことですよ」

「ヒントがもらえただけでも大サービス、ってことでしょ」


私は勇者に持論をぶつける。

万が一修行僧さんが魔王の手先だったとしても、その可能性も含めて自分たちで切り開いていかなければならない。




「む、なかなか芯の通った、肝の座ったお嬢さんじゃないか」


修行僧さんが感心して私の方を見る。

いや、見えてはいないのだろうけど、こちらに顔を向けた。

私の声に反応したのだろう。


聴覚……

この森を抜けるのに、なにか関係あるだろうか。


「じゃあ坊さんよ、一つ教えてくれよ」


勇者が尋ねる。

なおもヒントをほしがるとは、なかなか図太い。

勇者とはこういう態度であるべきだろうか?

んー。

私には決められない。




「この森の『不思議さ』は、なにが原因なんだ?」

「原因か……それを知ってどうする」

「原因がわかれば、叩く。そうすれば迷わない」


確かに。

例えば森の奥にいる魔物の親玉が原因だとしたら、そいつを倒せばこの現象は解消される。

この修行僧さんが原因だとしたら、ここでぶっ倒せば解消される。

おっと、思想が過激になっている。


「それこそが、あんたがたの旅の目的ではないかね」


なんだか妙なことを言われた。




「魔力に流れがあるのは分かるかね? 空気中に滞在する魔力のことだが」


その質問に、勇者はこちらを見た。

自分ではよくわからん、てな顔だ。

私は、まあ、一応わかるので頷いた。


「それが留まる場所も、薄い場所もあるのも、知っているかね」


また勇者はこちらを見る。

私は一応頷く。

魔物が出る洞窟なんかは、魔力が濃い。

まあ、気のせいで片づけられる程度の微差だが。




「ここは、魔王城から流れてくる邪悪な魔力が留まりやすい場所になっておる」


それを聞いてはっとする。

そういえば、常に妙な気配があった。

それは姿を消す魔物のせいかと思っていたが、そもそも魔王の魔力の断片だったのか。


ずっと魔王の魔力に包まれて、私たちは森を進んできたのか。


「だから、原因があるとしたら、それは魔王の邪悪な魔力だ」


では、ここでそれを解消することはできない。

そして、魔王の討伐自体が私たちの旅の目的である、というのも、修行僧さんの言ったとおりだ。




「んー、つまり、八方塞がりか」


勇者が情けない声を出す。

魔力をあまり感じられないからか、不思議さが際立って感じられるのだろう。

しかし、私は魔力についての知識はそれなりにあるので、少し目の前が明るくなったように感じられた。


この辺りは、剣士と魔道士の意識の違いだろう。


「ご武運を祈る」


そう言い残して、修行僧さんはすたすたと道を歩いて行ってしまった。

私の作品(高尚な! ウサギの!)にもぶつからず、とてもスムーズに。




「さて、どうする」


勇者はこちらをうかがう。

私に進路の決定権がゆだねられるのは、なんだか嬉しいしくすぐったかった。


「とりあえず、魔王の魔力が原因ということが分かったので、色々試してみましょう」

「試すって、例えば?」

「例えば、こういうことです!」


私はがさがさと草むらに突進した。

「道」にこだわらなければ、道が開けるかもしれない。

道なき道を進む。

おお、なんか格好いいじゃないか。


「おい! 待てって!」


勇者が慌てて後をついてきた。

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