【Ep.8 まのもり とまどい】①
大きな森を抜ける。
それがこの先に進むための最短ルートだった。
しかし、私は気が進まない。
なぜなら、その森は「魔の森」と呼ばれ、近隣のものは決して近づかないところだからだ。
「ねえ勇者様、どうして『魔の森』だなんて呼ばれているんでしょうね」
「強い魔物が出るからだろ」
「じゃあどうして、周りの人たちはここのことを口にすると怯えるのでしょう」
「魔物が怖いからだろ?」
「それだけでしょうか……」
私はやっぱり嫌な予感がしていた。
確かにここの魔物は強い。
集団で襲ってくるし、しつこい。
千年の眠り。
ひとかけらの罅割れ。
衝動と焦燥、本能の震動。
空を仰ぎ、地を這う羽虫。
時満ち足りて大地の深呼吸。
【夢魔法 土砂崩れ~る】
―――ズズゥン!!
「ガッ!!」
しかし、足元を崩す魔法であっけなく土に埋まっていく。
「よし! 上出来だ!!」
―――ザシュッ!!
―――ビシャァッ!!
勇者が埋まった魔物を斬り裂いていく。
それは見事な連携だった。
魔物の体液が飛び散る。
―――ザシュッ!!
―――ザシュッ!!
「はっは!! おれの剣の前ではその皮膚も無力だな!! はっはっは!!」
魔の森に出るのは、羽のある大きなカエルだった。
粘着質の液体を飛ばしてくるし、意外と素早いし、皮膚はぬめぬめで打撃は効きそうにない。
しかし、あっけなくやられていく。
「ガッ……」
大きなガマグチからびちゃびちゃと涎を垂らして死んでいく。
「うえ、気持ちわりっ」
勇者が体液を避けながら斬り裂いて回る。
こんなものだろうか。
魔の森なんて恐れられているのに。
……
「まあ、それだけおれたちも強くなったってことだ」
勇者はパンを頬張りながら、気楽そうに言った。
しばらく魔物が出なかったので、木陰で休憩をしている。
「お前のスランプも抜けた」
「夢に見る魔法も多彩になった」
「装備も充実してきた」
「まあ、普通の冒険者ならここでつまずくのかもしれないが、おれたちには大したことない森だったってことだろ」
私もパンを口にしながら、頷く。
確かに私たちは強くなった。
たくさんの魔物を倒してきた。
だけど……本当に?
「心配しすぎなんだよ」
ぽんぽん、と私の頭をはたいて、勇者は立ち上がった。
「ほれ、今日中に半分は進まねえと、抜けられねえぞ、この森」
「まだ今日は奥まで進むからな」
それも心配の種だった。
森の最深部まで進まないと、二日で抜けられないのだ。
しかし近隣の村の人たちは、誰も最深部がどうなっているのかを知らなかった。
「恐ろしい魔物でもいるんでしょうか」
「……ま、いるだろうな、なにかが」
「なにかって……」
「まだおれたちの知らないような、なにかだ」
土塊の魔人、ぬるぬるのガマグチ、大鷲など、今まであまり見なかった魔物が多い。
しかし魔人とガマグチは【土砂崩れ~る】で足元から崩せば倒せたし、大鷲は急滑降してきたところを斬り裂けた。
これらの親玉が、奥にいるのだろうか。
村人が知らない「なにか」が住んでいるのだろうか。
ざわざわと、気配がする。
常に周りに魔物がいる気配がする。
気持ちが悪い。
「あれ? 明るいな、あっち」
前方が明るい。
え、まさか、森を抜ける?
「やけに早いな、二日かかるんじゃなかったのか」
私も驚いた。
まさか、私たちは歩くスピードもずっと速くなっているのだろうか。
「……拍子抜けの森だったなあ」
勇者がつぶやく。
私も同感だ。
まだ周りを取り巻く魔物の気配は消えない。
気持ち悪い粘着質の視線のような気配は消えない。
しかしそれも思い過ごしだったのだろうか。
心配しすぎなのだろうか。
まあ、なにはともあれ。
「よっしゃ!! 抜けたぞ!!」
勇者のかけ声に合わせて、森を抜けた。
気持ちの良い空が広がっている。
私たちは無事、森の入り口に戻っていた。
「は!? 入り口!?」
「え? え? ここ入ってきたとこですよね!?」
「なんで!? え? 入り口そっくりの出口!?」
「いやいやいや、あの木、見覚えがありますよ!?」
「どこで!? どこで間違えた!? おれ!? お前!?」
「私は勇者様にずっとついて歩いてたじゃないですか!?」
訳が分からなかった。
私たちはずっと森の最深部目指して、進んでいたはずだ。
引き返すこともなかった。
方向感覚も狂っていなかったはずだ。
「……化かされたか……」
「畜生!! もう一回行くぞ!!」
「え、行くんですか!?」
「おれたちはこんなところで迷っている場合じゃない!」
ずんずんと進む勇者。
私はそれに従うしかない。
「もー、無謀じゃないですかあ」
私たちの方向感覚がおかしいのでなければ、きっとこれには理由がある。
私は通ってきた道を覚えるために、思いついたことを試してみることにした。
……
「なんだそれ」
「えへへ、目印です」
私は通った道の脇に、土で作った「人形」を残すことにした。
「今日はせっかくの土の魔法ですからね、こうやって有効利用しようかと」
「なるほどな、効率が悪い気もするが、まあ目印は必要だな」
ぽつぽつと人形を残しながら、先を急ぐ。
もう休憩している余裕はない。
魔物と全部戦う気もない。
この妙な「魔の森」を抜けられなければ、先へと進めないのだから。
余計なことに気を取られず、とにかく先へ。
「おい、ナメクジの人形の完成度が下がってきてるぞ」
「ウサギです!!」
……
「……なんでだ……」
ナメクジの、もとい、ウサギの人形の前で勇者が膝をつく。
これで何度目だろうか。
私たちの行く道の先に、私が作ったはずの人形が姿を現す。
「おれたち、まっすぐ進んだはずだよな?」
「そのはずです」
「方向も合ってるよな?」
「問題ありません」
「じゃあなんでお前のナメクジが前に現れるんだよ!?」
「ウサギですよ!!」
魔物の力だろうか。
なんにせよ、この森には人を迷わせる魔法がかかっているようだ。
「そういやあ、しばらく魔物が出ないな」
それも怪しい。
最初はあんなに魔物が襲ってきていたのに、今は姿を現さない。
「進むべきか、否か」
「……なんにせよ対策が必要ですよね」
「対策か……」
野営の準備をしながら、私は人形の出来をよく見てみた。
「……確かに……私の作ったものの気がする」
私たちが迷う理由として考えられることは大きく分けて二つ。
私たち自身に魔法をかけるか、道に魔法をかけるかだ。
人形がコピーではなく確かに私の作ったものならば、魔法は私たち自身にかけられていると考えられる。
私が作ったものではないとしたら、道に、もしくはこの森全体に魔法がかかっているということだ。
「今度はなにか特徴をつけて人形を作ってみるってのはどうだ?」
「だから、わかりやすくウサギにしたんですけどねえ」
「触角を3本とか4本にしてみるってのは?」
「触角ってなんですか!? 耳ですよ耳!!」
妙な気配は消えない。
でも魔物は見えない。
「確かにここは……魔の森ですね……」
土で作った高い壁の中で、私たちは眠った。
―――
――――――
―――――――――
ふわりと空に浮く感覚。
足元が崩れていく。
―――だめよ――――――その魔法では―――
誰かの声がする。
魔物たちが土に埋もれていく。
難なく魔物を蹴散らしていける。
しかし、あたりを見回すと、どちらから来たのかさえ分からなくなってしまった。
――――――真実に―――正しい道に―――目を―――向けるのよ―――
――――――道という言葉にすら―――とらわれては―――いけない―――
なんだか聞いたことのあるような声で、諭される。
―――――――――
――――――
―――
高い土壁の中で、私は目を覚ました。
どうやら魔物は襲ってこなかったようだ。
ただ、すごい圧迫感である。
よくこんなところで寝れたな。
「おはよう」
勇者が起きだしてきた。
私と同じように、土壁の圧迫感に少し気圧されているようだった。
「あ、そうか、昨日、この中で寝たんだった……」
きょろきょろと見回す。
当然出口などはない。
「……今日の夢はなんだった?」
幸いにも、見た夢がまた土の魔法だったので、再び土壁を崩して外に出ることができた。
そうじゃなかったらどうしていただろう。
もう一度土の魔法の夢を見るまで何度も寝ただろうか。
「ああ、素晴らしき開放感」
伸びをする。
やはり密閉された空間というのはどうも息がつまる。
はやく青空の下に辿り着きたいと思った。
と、勇者が深刻そうな声でこちらに話しかけてきた。
「……おい、あれ見ろ」
「なんですか? ぎゃっ!!」
右の道にも、左の道にも、私の作った人形があった。
「お前のナメクジが増えている」
「ええ、ええ、もうナメクジでいいですよ、この際ね」
正直に言って、ウサギとはどういう形だったのか忘れそうだ。
「私たち、どっちから来ましたっけ」
「多分こっちだ」
「でも、そっちにも人形があるんですよね」
「ああ、どちらかが偽物だ」
「でも、どっちも偽物って可能性も」
「む?」
「そもそもこんなに近くに作りましたっけ?」
私たちは人形を見つめながら朝食をとった。
立往生だ。
打開策を考えつくまではこの場所を動けない。
「どう見ても私の作品ですね……」
「作品とか言うな、そんな高尚な物じゃない」
「ちょっと! 私がなんと呼ぼうと勝手じゃないですか!?」
「すべての芸術家に謝れ」
「それちょっと言い過ぎでは!?」
あまり議論は進まなかった。
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