【Ep.7 このまほうは だれのために】②
……
夢を見ないのが3日続くと、いよいよ私たちは混乱し始めた。
もう大きな山は越えているから、夢を見るまで村で休む手もあるが、それもいつまで続くかはわからない。
昨日はへとへとで村にたどり着き、酒を一杯だけ飲んだ後、泥のように眠った。
もちろん指輪をかざすことは忘れなかったが、それでも、また夢が見られなかった。
「どうしましょう……」
「どうするって、お前、そりゃあ、えっと、どうしよう……」
「とりあえず今日は、様子を見ようか」
「……すみません……」
私はどうしようもなく自己嫌悪に陥っていた。
龍の泉で花を燃やし暴れたときも、【巻き戻~す】の夢が相談できなかったときも、これほどの気持ちにはならなかった。
私は全くの役立たずだ。
魔道士が毒草やこん棒を振り回して、いったいなにになるのだろう。
私は勇者のお供ではないのか?
なんのためにここにいる?
昨日のようなお供なら、おつかいの子どもにだって務まりそうなものだ。
ああ、ダメだ。
涙が我慢しきれなくなった。
「……泣くな」
勇者が寄り添ってきてくれる。
「……でも……」
私の涙は止まらなかった。
目が熱い。
勇者の服を濡らすほどに涙が溢れた。
どうしようもなく止められなかった。
「私……なんの役に……も……立ってな……」
ぐしゅぐしゅと、鼻水も出そうになる。
声が詰まって、言葉がめちゃくちゃになっていく。
「あんなの……続いたら……私……足……足で……足手まと……い」
「うあああ……ごめんなさい……ごめん……ケガ……させて……ひっ」
「私を守らせて……勇者なのに……私がお供なのに……うあっ……ひっく」
「これまでお前が見せてくれた魔法は、素晴らしかった」
勇者が慰めるように言った。
「おれの命を救った、大事な魔法だ」
「気に病むな」
「いつかきっと、また使えるようになる」
「だからほら、それまでは、おれに守らせてくれよ」
「お前は大事な大事な、おれのパートナーだからさ」
気がつくと、私は強い力で抱きしめられていた。
泣きじゃくって勇者の胸元はびしょびしょだったが、彼はそれを全く気にしないでいてくれた。
「お前ひとり満足に守れないで、なにが勇者だ」
その言葉は力強かった。
「昨日おれがケガをしたのは、おれの剣技がまだまだ未熟だからだ」
「おれの一撃がまだまだ弱いからだ」
「おれの動きがまだまだ遅いからだ」
「大きな剣でも、重い鎧でも、俊敏に敵を切り刻むことができていれば……」
「もっと楽に、お前をきちんと守れたのに、な」
私は幸せだ。
勇者にここまで言わせておいて、それに応えないなんて、ありえない。
勇者の気持ちに応えないといけない。
「私、ちょっと修行をしてきます」
朝食のあと、私はそう言って宿を出た。
勇者は情報を集めると言っていたけど、その間に、少しでもなにか掴もうと思って。
この状態でも魔法が使えないか。
夢を見るきっかけを得られないか。
私は水筒とマカナの実を一つだけ持って、村を出た。
昨日超えた山ではなく、反対側の森へ足を進めた。
魔物の少なそうな川沿いの開けた場所を探す。
こんな状態で、一人で襲われてはたまらない。
勇者のお供が勝手に一人で死ぬことは許されない。
「今日よ、今日が限度よ」
私は自分を奮い立たせる。
「今日解決させなければ、私は置いて行かれる」
「それくらいの覚悟をもって、私はこの問題を解決しなければならないわ」
静かな川のほとりで、私は腰を落ち着けた。
まずは、今まで通りのやり方を何度も繰り返すこと。
それから始めよう。
「指輪……効力がなくなっちゃったということも考えられるけど……」
指輪の中心のクリスタルは、相変わらず緑色に光っている。
ひびも汚れもない。
「でも、ちゃんと眠る効力は残っている」
「つまり、この状態は、指輪ではなく私が原因ってことよね……」
独り言をぶつぶつとつぶやく。
変に見られるかもしれないが、ここには人はいないから気にしない。
言葉にしているうちに、なにか解決策を思いつくかもしれない。
「一度眠ってみようか」
やはりまずはそれしかない。
私が原因だったとしても、夢を見ないことには始まらない。
自在に夢を見て最強の魔道士になるつもりなのに、「夢が見られない」ではお話にならない。
なんとか糸口を見つけ、そしていずれ自在に夢を見られるようにならなければ。
私はあたりを見回して、魔物の気配がないことを確認したのち、指輪を額にかざした。
……ものの数秒で、私の意識は眠りの中に落ちた。
……どこかで、懐かしい声が聞こえた気がした。
―――それじゃあ―――だめよ―――
―――もっと―――心を開かなくては―――
やはり夢は見られなかった。
何分くらい眠っていただろうか。
持ち歩ける時計は持っていないものだから、正確には分からない。
しかし何分寝ようと、何時間寝ようと、夢が見られないのでは意味がない。
「あの時聞こえた声は……誰だったかしら……」
頭の中にもやがかかっているようだ。
知っているはずの声。
どこかで聞いた懐かしい声。
だけど、私はすぐにその答えを見つけることができなかった。
「なんか、心を開けって聞こえた気がするわね」
誰にだろう。
私は誰に対して心を開けばいいんだろう?
考えてもわからない。
それなら次にやることは決まっている。
私はとりあえず、ありったけの知識で魔法を唱え始めた。
……
「はぁ……はぁ……」
燃えカスになって転がる枝。
磁気を帯びた石。
パリパリに凍った葉っぱ。
しかし私の求める魔法の威力とは程遠い。
「使えないことはない、こともない……か……」
前よりも「不発」ではなくなっている気がする。
しかしこんな威力では使わないほうがマシだ。
魔法を覚えたての子どもでも、もう少し威力の高い魔法を放てるだろう。
「私の魔力の底は上がっている……はず……」
「クリスタルは魔法と相性がいい……はず……」
「ローブも新調した……」
「マカナの実も食べた……」
―――あとは―――心の開き方を知ること―――
「!」
また声が聞こえた、気がした。
「私は心を閉ざしているの?」
「勇者に?」
「そんなことない、私は勇者に対して素直に誠実に接しているつもり」
「でも……」
「閉ざしている部分も、ある?」
あるだろうか。
自分に嘘をついていないか。
勇者に隠し事はないか。
私の魔法が不安定になるほどの、なにか。
……あるじゃないか。
……私は勇者に対して、誠実じゃない部分があるじゃないか。
「私は―――ッ!!」
「なんのために魔法を使うのかッ!!」
「そんなの、決まってる!!」
「魔法が使えないと、なぜ困るのかッ!!」
「そんなの―――決まってるッ!!」
「……魔王を倒すためじゃない」
「……世界の人々を救うためじゃない」
「……それは建前」
「私はただ、勇者に傷ついてほしくないッ!!」
「あの人が無事に旅を終えてほしい!!」
「そのために魔法を振るうのよ!!」
スッ、と、胸のつかえがとれた。
思考がクリアになった。
「…………ふぅ」
……それから、今の恥ずかしい言葉を誰かに聞かれてやしないかと、あたりをキョロキョロ見回した。
……
―――パキィン!!
「うんうん、好調好調」
―――パキィンッ!!
―――パキンッ!!
「うふふふふ、一時のスランプなんて、どうってことなかったわね」
―――パキィンッ!!
―――パキンッ!!
「見よ、この威力!! 川の上流までさかのぼって凍らせる!!」
私の心のありかを改めて考えた後、私はもう一度指輪を試してみた。
すぐに眠りについたが、そのとき短い夢を見ることができた。
久しぶりに夢を見た気がする。
勇者と出会ったあの日と同じような、氷の夢。
そして、【よく冷え~る】は、あのころよりも強くなっていた。
「うむうむ、修行の成果が出たぞ」
私は満足して、村へ帰ろうとした。
「……む、待てよ」
と、私は足を止める。
なにか大事なことを忘れている気がする。
「私、村に、帰る」
「スランプ脱出!! 万歳!! 魔法が使えますよ!!」
「と言う」
「すると勇者が」
「おお、よかったな、原因はなんだったんだ?」
「と聞く」
「……」
「なんて答える?」
「……」
「無理っ!! むーりー!!」
「言えるか恥ずかしい!!」
「無理無理無理!! ぜったいむーりー!!」
「乙女心なめるな勇者コノヤロウ!!」
どうしようどうしよう。
勇者のために魔法を使いたいのは事実。
でもそれを勇者に伝えられるかどうかは別問題である。
「茶化すか」
「誤魔化すか」
「正直に言うか」
「……」
やっぱり正直には言えない。
そんな愛の告白めいた言葉を、どんな顔して言えというのだ。
「……よし、茶化そう」
「笑って切り抜けよう」
結局私は、村に帰ったとたん「あっはっは、生理不順が原因でした!」と言い放った。
その時の勇者の微妙すぎる表情を、忘れられそうにない。
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