【Ep.7 このまほうは だれのために】①

その目覚めは、とてつもなく怖かった。

指輪を使ったのに「夢を見ない」という経験は、この旅を始めてから一度もなかったことだった。


私は勇者にこのことを相談するべきかどうか、迷った。

一瞬だけ。


相談するべきだ。


私はそう決断した。

【巻き戻~す】の夢を見たとき、相談しなかったことを勇者に怒られたことを思い出したからだ。


私たちはなんでも共有できるパートナーでなければいけない。




「ああ、そういう日もあるだろうなとは、思ってた」


勇者の返答はあっさりしたものだった。


「指輪は? 昨日はちゃんとかざしたのか?」


そして私の昨日の行動を尋ねてくる。

それは厳しい口調ではなく、どこか優しいものだった。


「はい、昨日もいつも通り指輪をかざして寝たんですけど……」




旅に出てから、基本的に指輪で寝ない日はなかった。

あのべろべろに酔った日でも。

寝る前に指輪をかざすのは私の癖になっている。


「まあ、今日一日くらい、大丈夫だろ」

「おれが注意して剣技だけで切り抜けられたらいい話だ」

「幸い今日通る山道は、恐ろしい魔物の情報が入っていない」

「お前は道具を駆使してバックアップをしてくれたら、それでいいから」


私は曖昧に頷いた。

そんなバックアップなら、私でなくても十分にやれる。

私には私にしかできない魔法でバックアップをしたい。




大きな山を越える道中。


山道は平和だった。


前のように恐ろしい黒龍が現れることもなかった。


時々現れる山賊と小さな魔物の相手をするだけでよかった。


「張り合いがねえな」


勇者も不満そうなくらい、平和な旅路だった。


「まあ、お前が夢を見ない日がこんな日で、ちょうどよかったよ」


そう慰めてくれる。

励ましてくれる。




昼頃に休憩しているときに、私は指輪を額にかざしてみた。

しかし、寝るには寝たが、夢は見なかった。

ただふわふわと暖かなうたた寝をしただけだった。


「お前はほんと幸せそうな顔して寝るよな」


勇者にあきれ顔で言われた。




この山道は険しくはないし、凶暴な魔物も出ないが、長いのだけが大変だった。

とても一日では抜け切れない。


大きな飛行船か龍の背に乗るくらいでないと、飛び越えられないのだ。

だから皆、この山を越えるときは野営をするつもりで挑むそうだ。

私たちは一方通行だからいいけれど、旅の商人さんとかは大変だと思う。


「ここで、キャンプを張るぞ」

「はあい♪」


私たちは、ちょうどいい感じの木陰を見つけ、今日はそこで休むことにした。




木があれば、屋根を張るのも簡単だ。

魔物が現れたときも、隠れやすい。


夕食には、途中で狩ったオオコウモリの腹の肉と、木になっていた果実を食べた。

オオコウモリは見た目こそ気持ちが悪いが、腹の肉は意外といける。


ずっとあの町で暮らしていたら、きっとそんなことも知らずにいただろう。

木陰で次の日を迎えることもなかっただろう。

コウモリの血の抜き方も、味付けの仕方も。

いや、それ以前に、木に登って果実を取ることすらしなかったかもしれない。




「オオコウモリ、おいしいですね、意外とね」

「だろ? おれは昔、山にこもって修行していたときは、これが主食だったよ」

「毎日食べられるほど、飽きがこないんですか?」

「いや、他に食えるものがあまりなかった」

「へえ」

「オオムカデ、ダイオウバチ、モルフォーン、毒ミミズ……」

「あ、もうその辺で」


驚くほど急激に食欲が失せていった。




「オオムカデは特におぞましいほどに不味かった」

「もういいです知りたくないですそんな話!!」

「あの見るだけでぞわぞわとする足が」

「やめて!!」

「あと毒ミミズな、あれはマジでやめとけ」

「食べませんよ絶対に!!」

「口の周りが腫れ上がって腹下して吐きまくって大変だった」

「毒っつってんのになんで食べようと思ったんですか!!」




……


「……明日は夢が見られるといいな」


そう勇者は言って、眠りについた。

たき火はわずかだけ残し、即席のテントの中に体を縮めて眠る。

私は今日の旅が無事に終わったことに感謝し、指輪を額に当てた。


「今日が無事に終わったからといって、明日もそうとは限らないわ」

「役立たずの私は嫌、勇者の役に立てないのは嫌、後ろにずっと守られているのは嫌」

「……いい夢が見られますように」


そう呟いて、私は眠りに落ちた。

勇者の寝息が、すぐそばに聞こえた気がした。




……


「え、今日もか?」


やはり、勇者の顔には昨日よりも落胆の表情があった。

二日続けて夢を見ないとなると、ちょっと心配になってくる。


「まあ、ちょっと不調が続いているだけさ」

「今日も旅路に強力な魔物はいないだろうから、それが不幸中の幸いだな」

「うんうん、そういうときもあるって、大丈夫だって」


勇者は早口で私を慰めてくれる。

私は期待に応えられないことを痛感しながら、早くこの状況を打破する方法を考えなければ、と思った。


「もしかしてあれか、生理の周期とかと関係あるのかな」


は?


「お前、最近ど」


その先の言葉は、私のアッパーカットと共に宙に飛んでいった。




今日は昨日ほど楽な道のりではなかった。


勇者は背後の敵にも注意して戦うことができるが、それでも今日は数が多かった。


オオコウモリが昨日の敵を討つかのように大量に頭上に現れたかと思うと、地中からはヘドロ魔人が現れた。

昨日はいなかった種族だ。


次々現れては私たちを襲う魔物に、勇者は苦戦を強いられていた。

それもこれも、私が魔法を使えないことと、私を守る必要があるせいだ。


いっそ彼一人の方が、楽に戦えたかもしれない。




私は毒草でオオコウモリを追い払いながら、いつか買っておいたこん棒を振り回し、ヘドロ魔人を叩いた。

しかし、そんな攻撃はほとんど効いていなかったようだ。


癒しの薬を勇者に飲ませながら、私の気持ちはどんどん沈んでいった。


「きついな」


勇者のそんな一言も、私の心に深く刺さった。


「早く山を越えて、村で一休みしたいな」


勇者は笑って言いながら、先を急いだ。

私はケガ一つしなかったが、それは勇者が上手く立ち回ってくれたおかげだ。

全部私のためだ。

だから悲しいんだ。


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