幕間【勇者の父の話】
「勇者様の剣技は、どこで習得されたのですか?」
旅の途中、木陰で休みながら私は勇者に尋ねてみた。
あまり大きな魔物も出ず、比較的楽な道中だった。
「親父に習ったんだ」
「へえ、お父上に」
意外だった。
勇者というのは父というよりも「師匠」「マスター」みたいな立場の人に師事しているものと思っていた。
「お父上は、名のある剣豪だったのですか?」
「いいや、ただの鍛冶屋だよ」
鍛冶屋?
鍛冶職人が剣技を教えた?
「自分が打った剣を適当に扱われたらいやだ、という理由で自分でも剣技を磨いた人だったんだ」
「はああ~、それは高い志ですね」
じゃがいもを育てた農民が一番じゃがいもをおいしく調理できるようになるようなものだろうか。
ちょっと違うか。
「では、お父上が勇者の洗礼を受けてもよかったのでは?」
「いや、そこまでの気概はなかったみたいだ」
勇者は生まれついてのものではなく、戦闘における素養と、人柄や野心などを総合的に見て、教会や城で洗礼を受けることでなれる職業だ。
だから、やろうと思えば私も勇者になれるのだ。
「お気楽な思考といやしさで落とされると思う」
「な、なんてこと言うんですか!!」
「親父は背後の敵に敏感だった」
「敵には腹を見せるな、腹を刺される」
「背中を見せるな、背中を刺される」
「そう教わったよ」
確かに勇者は、囲まれたときも冷静に立ち回るのがうまい。
「では、敵にはどう向き合うのですか?」
「側面だけ見せろ、そう口酸っぱく言われたな」
半身になって敵と向き合う、ということか。
そう言われてみれば、今までの勇者の立ち合いで敵に正面を向けている姿が思い浮かばない。
「私も参考にしますね」
「お前は前衛じゃないから別にいいんだよ」
「いやいや、そうは言われましても、私も敵に囲まれたとき気をつけておくに越したことはないでしょう?」
「余計なこと考えずにおれの後ろで魔力を練っててくれたらいいんだよ」
「むうう」
まあ、近接戦闘はからっきしなので、勇者の言うとおりではある。
「そもそもが少人数パーティなんだから、得意を生かす立ち回りでいいんだよ」
まあ、そうよね。
無理に私が勇者の真似をする必要もないか。
「そういえば、鍛冶を教わったわけではなかったんですか?」
鍛冶屋の息子なら、跡を継がせたいと思われていたのでは?
「そうだな、特にそういうことを言われたことはなかったな」
「へえ、なんか、珍しい気もしますね」
「好きに育てばいいと言ってくれていたし、勇者をめざしたいと言ったときも応援してくれたし」
「いいお父上じゃないですか」
「……そうだな」
勇者が少し遠い目をした。
あれ、今少し間があったような気もするし。
あまり触れるべきではない話題だったのだろうか。
まさかすでに故人だったりとか……
「おれが初めに使っていた剣、親父が打ってくれたやつだったんだ」
それは……
私が魔法を纏わせてボロボロにしてしまったやつでは……
お父上の遺作をあんな荒い使い方させてしまった責任を感じる。
「まさか魔法を纏って使うなんて思ってなかったから」
「う……」
「ばれたら怒られちまうな」
「え?」
「『魔法を纏うなら先に言っとけ! それ専用で作ってやったのに!』とかどやされちまう」
生きてんのかい!
「……なんか失礼なこと思ってねえか」
口に出なくてよかった! でも伝わってそう!
「親父がもう死んでてあの剣が遺作だとか勘違いしてたんじゃないのか?」
ほぼばれてる!
「さ、さあ、そろそろ出発しましょう!」
「あんまり長居してると、魔物が寄ってくるかもしれませんし!」
私は慌てて立ち上がる。
「もう休憩はいいのか?」
「はい! 回復しました!」
「おやつまだ残ってんぞ」
「い、いいですいいです、残りは勇者様が食べちゃってください」
「珍しいな、卑しさの権化みたいなお前が残すなんて」
言い返したかったけど、そっぽを向いた。
いつか私の母の話をしよう。
勇者のお父上の話を聞かせてもらったお返しに。
「さ、行きますよ!」
私は顔を見られないように、ずんずん進んだ。
ため息がほんのり聞こえた気がしたが、気にしないことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます