【Ep.6 ふたたび くろいりゅうのしれん】④

―――カランコロン


小気味いい鐘の音が鳴り、私たちは酒場に足を踏み入れた。


「おお、勇者様のお越しじゃ!!」

「いよぉっ!! 勇者様!!」

「ケガはねえかい!?」

「酒飲め酒!! 今日はおれらのおごりじゃからね!!」


大きな歓声に迎え入れられ、私たちはしばし呆然とした。

なんだろう、この雰囲気は。

龍を倒したから? たくさん倒したから?




「今までいろんな奴が挑んではやられて帰ってきた、あの黒い龍を倒してくれた礼だよ」


そう言いながら、みんな私たちに酒を注いだ。


「これで隣町に行くときに、ビクビクせんで済むってもんじゃね」


みんな顔が赤い。

すでに喜びの酒がずいぶん入っているようだ。


「おう、嬢ちゃん、あんたもたいそうすごい魔道士みたいじゃないか」

「そりゃあ勇者様の一行なんだから、よっぽどすげえ魔力を持ってるんだろうよ」

「まあまあ、英気を養っておくれよ。鎧ができるまでのここの飲み代は、村人みんなで出すからよ」


どうやら私たちのことは知れ渡っているらしい。

龍のことも、鎧のことも知られているとは。




「嬢ちゃん、なんか魔法使ってみてくれよ」

「おお、そりゃあいい、おれたちが見たこともねえすげえ魔法とか、ねえのかい?」


のんべえたちが、はしゃぎだした。

私は正直疲れ切っていたが、お酒をおごってくれる村人に対してつれない態度をとるのもなあ、と思った。


「おいおい、こいつは今日たくさん魔法を使って疲れてんだ、勘弁してやってくれ」

「あ、いいんですいいんです、ちょっとだけならお見せできますよ」


勇者がかばってくれるのは嬉しいが、私はサービス精神を見せることにした。


「じゃあ皆さん、グラスをお酒で満たしてください」




みんな、首をかしげながら、グラスを酒で満たしていった。


「みなさん、お酒ありますね? それじゃあ……」


私は、コホンと咳ばらいをし、乾杯の音頭をとってみる。

暮らしていた町でこんなことをしたことはなかったけど、勇者と旅をするうちに、度胸がどんどんついてきた気がする。


「私たちの出会いに! 龍の恐怖をめっちゃ減らした功績に! これからの人生に!」


『乾杯!!』


みな妙な表情を浮かべながらも、おいしそうに酒を飲んだ。

私もグイッと飲んだ。

いやあ、この村のお酒はおいしいわね。ほんと。

「こいつほんと酒好きだな」みたいな顔で勇者が私を見ている気がしたが、気にしない。




「みなさん、飲みましたね?」

「飲んだけどよ、これが魔法になんか関係あんのかい?」

「ええ、それはこれからお見せしますよ♪」


そして私は【巻き戻~す】を唱えた。

戻しすぎないように、注意して。

この酒場の中の時間を戻し、グラスが空になる前に戻す。

このくらいなら、大した魔力も使わないから、大丈夫。


たぶん。




「おお、どういうこっちゃ、これは」


みんな驚いている。

飲んだはずのお酒が戻っている。


「どういう魔法だい?」

「狐に化かされた気分だ」

「すげえや、初めて見る種類の魔法じゃね」


みんな喜んでくれたようだ。

私もニコニコで、またお酒を飲む。

今日はちょっと飲みすぎているような気がするが、まあ、今日くらいはいいよね。


……ん?

……なにかが頭の片隅に引っかかっている気がした。

……ん?




……


それからのことは、あまり覚えていない。

気がついたら、勇者におんぶしてもらい、宿屋に戻るところだった。


「あ、ゆうしゃさまー、ごくろうかけますー、おもいですか? だいじょうぶですか? うふふ」


私の呂律は絶好調だった。

あれだけ飲んで一つも噛まなかった。


「飲みすぎだ、バカ」


勇者の言葉は短かった。


「ばかっていわないでくださいー、きょうはわたし、すっごいがんばったでしょお?」

「……それは、そうだけど」

「でしょおー、うふふふふふー」




月明かりがきれいだ。

風も心地よい。


勇者は文句も言わず、私を宿屋まで連れてきてくれた。

やっぱり、優しい。

酔っぱらってなければ、月を見ながら愛を語らうのも素敵かもしれない。

なんちゃって。


「あの魔法で、記憶まで消せるわけじゃないことを、次は忘れないように」


勇者がポツリとつぶやいた。


「えー? なんですかー?」

「さ、着いたぞ、さっさと寝ろ」


それから私はベッドに投げ出され、あっという間に眠りに落ちていった。




……


龍の素材で作った鎧と盾は、勇者の体によく合った。

見た目も格好いいし、なにより硬さと柔軟性が同居していて、なんかもう、最高だった。


「なんかもう、最高ですね」


私は貧相な語彙でそれを褒めた。


「お前のそれも、なんつうか、こう、いい感じだな」


勇者も貧相な語彙で私のマントを褒めてくれた。

私のは、重すぎず薄すぎず、龍の力強さを備えた強いマントだった。


「これ、そんなに重くないんですけど心強くって、素敵です」


装備が充実して、私たちはとても嬉しくなってはしゃいでいた。

村の人たちも、とても喜んでくれた。




ここ数日の間、私たちは使える魔法を総動員して龍の残党を狩っていた。

あんなに強力な魔法を使える日はもうなかったけど、意外と【よく冷え~る】が効いた。


龍の素材は残らず村に寄付したし、龍の肉は毎日食堂で調理してもらった。

村人みんなの分を補って余りある量だった。


夜になると酒場で酒盛りをした。


素敵な毎日だった。


「もう行っちまうのか……さみしくなるな」

「本当に助かったよ、勇者様方」

「ありがとう。本当にありがとう」


わかりやすく褒めたたえてもらえるというのは、嬉しい反面なんだか気恥ずかしいものだ。

私たちはおごることなく、控えめに村を後にした。




「よし、もう一山、越えるぞ」

「私たち、強くなってますよね!」

「ああ、おれの剣技も、お前の強力な魔法も、装備も、強くなってきてる!」

「だったら、山を越えるのなんて、朝飯前ですよね!」

「お、おい、ちょっと……」

「朝飯前ぇぇえええええ!! うりゃー!!」


私は駆け出した。

楽しかった。

旅が充実することが。

勇者の死を間近で見て、そう日が経っていないというのに。




うまくいっている。


すべてがうまくいっている。


この調子で進めば、きっと魔王なんて簡単に倒せる。


あの黒い龍も、コテンパンにやっつけたんだから。


「バカ! 速いって!」


勇者が後ろから追いかけてくる。


「へへーん! 悔しかったら追いついてみてくださーい!」

「また龍の残りが出てきたらどうすんだって……」


言いながら、悠々と抜いていく勇者。


あれ?




「ただでさえどんくさいんだから、おれの後ろにいろよ?」

「今日の魔法はなんだっけ? とりあえずサポートしてくれればいいから、さ」

「無理すんなって、な?」

「……おい? 聞いてんの?」


振り向いた勇者は、はるか後方で、肩で息をしている運動不足の魔道士を目にした。


「威勢だけかい」

「……ちょ……ま……って……くださ……」


早く追いつかねば。勢いよく飛び出したのにこんな状態では情けなさすぎる。


そのあとは、ゆっくり歩いて山越えを続けた。

面目ない。


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