【Ep.6 ふたたび くろいりゅうのしれん】②

「うああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


私は声の限りに叫んだ。


チリンチリン、と場違いな鈴の音が響いた。


「ゆ、勇者……様……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ」


私は叫びながら、昨日の夢を呪った。

やっぱり現実になるんじゃないか。

どんなに避けたいことも、夢に見れば必ず起こる。

小さな頃からそうだったじゃないか。

だから私はまだ大人になれないのだ。

こんな単純明快な等式が、いまだに受け入れられないのだから。




 千年の眠り。

 ひとすくいの憂鬱。

 現象から目を背け、神の理を嗤う。

 引き千切れる現実、塗り替えられる虚偽の壁。

 時満ち足りて混沌の時流。


【夢魔法 巻き戻~す】


世界がうねる。

振動が音をかき消し、時間が巻き戻っていく。


私は涙に濡れた目で、勇者が立ち上がるのを見た。

それから黒い雨が地面から立ち上るのを。

龍が空へ吸い込まれていくのを。


その瞬間、力を抜いた。




「勇者様、私のそばへ!!」


私は力いっぱい叫ぶと、勇者の前へ躍り出た。

そして、空を見据える。


「え?」


勇者は呆けているが、私の迫力に押されたのか、同じように空を見上げたようだ。


「なんだ? あれ」

「黒い龍が来ます!! 剣を空へ向けて!!」


その瞬間、真上から圧力が、そして再び黒い雨が降り注ぐ。

私はローブで、私の体と、勇者の体を雨から隠した。




―――ズンッ


圧力はあるが、ローブと剣のおかげで威力は削れているようだ。

さっきのような圧倒的絶望感は少ない。


不意打ちだったから。

勇者が一撃でやられてしまったから。

実力差があると思い込んでしまったから。


だからあんなにも、及び腰になったのだ。


だけど、まともにやりあえば互角に戦えるはずだ。

私も勇者も、ここまで強くなってきたのだから。

もう二度と、あんな絶望はしたくない。してはいけない。


こんな龍ごときに、後れを取っている場合じゃない!!




びりびりとした圧力が止むと、ローブの裾から見える龍を確認し、すぐに勇者へ指示を出した。


「まずしっぽです! 目は私が閃光玉でくらませますから、とにかく斬りかかって!!」

「あ、ああ」


私はローブを翻すと、黒龍の右手に走り込んだ。

木々に身を隠さなければ、すぐにしっぽにやられてしまう。

私はロープを使い、身軽に木の上へ這い上がった。

あの収穫屋の男の真似事だ。だけど、それなりに様になっているのじゃないだろうか。


チリンチリン


ああ、もう、うるさいなこの鈴は!!


勇者は黒龍と対峙している。

龍の注意は私にも向けられているだろうが、やるなら序盤しかない。


私は閃光玉を取り出し、手のひらに魔力を込め、投げつけた。




「勇者様、目をつぶって!!」


―――ボンッ


龍の目の前で弾けた玉は、強い光を放ち、目を射し、しばらく視力を奪うはずだ。

その間に勇者が斬りつけてくれれば、勝機はある。

と、勇者が叫ぶ声が聞こえた。


「言うの遅いんだよ、バカ!!」

「え、まさか勇者様、食らったんですか!?」

「食らうわけないだろ、バカ!!」

「バカバカ言わないでください! それよりも早く、しっぽ!」

「わかってるよ!!」




目の見えなくなった龍が、おとなしくしている保証などない。

むしろ怒って暴れだす。

そしてその怒りは、しっぽによって表現されることがほとんどだ。


―――ガキィン!!


「かってえ!!」


―――ガキンッ


―――ガキィンッ!!


「おら!! 斬れろ、ボケ!!」


―――ガキィン!!


勇者が、およそ勇者らしくない乱暴な口調でしっぽを相手に格闘している。

私は、閃光玉によって目が見えない。

でも、音でわかるのだ。

もうすぐ、斬れる。




―――ザシュッ!!


―――ドスゥン!!


しっぽが斬り落とされる音がした。


キィィィィィィィイイイイイイイ―――


ィィィィィィイイイイイイインン―――


苦しんでいるような声。

周りの木々に体が当たるような音。


「勇者様! 次は目です!」

「目は閃光玉で奪えているだろう!?」

「でも、もうすぐ復活しちゃいますよ!!」

「なんでわかるんだよ、そんなことが!!」

「だって、私、ちょっと目が見えるようになってきましたから!!」

「バカ!! おま、ほんとお前バカ!!」




ズブッ、といやな音がして、龍の鳴き声が一層激しくなった。

勇者の剣が龍の目を奪ったのだろう。

これでいける、と思ったが、現実はそう甘くなかった。


―――ズズゥン……


少し見えるようになった私の目がとらえたのは、私のほうに倒れてくる黒い龍だった。

うろこが間近に見えた。

このうろこなら、きっといい鎧が作れる。


―――ズズゥン……




……


「おい!! 目を覚ませ!! おい!!」


勇者の声が聞こえる。

頭がガンガンする。


「おい!! しっかりしろ!! おいって!!」


右肩に勇者の温もりを感じる。

抱き寄せられているようだ。

うふふ、勇者ったら大胆なんだから……


「おい!! 起きてるんだろ!! 変な顔でにやけてないで起きろったら!!」


失礼な。

起きますよ、はいはい、起きればいいんでしょう?




「おい、大丈夫か!?」

「大丈夫ですよう、大きな声出さないでください」

「で、でも」

「それより、龍は倒せたんですか? まさか、まだなのに悠長に私を抱きしめているんじゃないでしょうね?」

「なんでお前そんな偉そうなんだよ、それより足見ろバカ」

「足?」


私の足は、龍のうろこで切れたのか、ズッタズタだった。

一切ローブで防げてない。

もうズッタズタのボッロボロだった。




「い、いいい痛い!! 痛い痛い痛い!! 私のきれいな足が!! 足があああああ!!」

「ほ、ほら全然大丈夫じゃねえじゃねえか! どうすんだよ! 泉の水くらいじゃ……」

「ああああがががががが、痛い痛い痛い!! 勇者様、手を握っててくださいぃぃ!!」

「は? なんで手を?」

「い、いいから早く!!」

「あ、ああ」


私は差し出された右手を左手で強く握り、頭の中で必死に詠唱した。


「ま……巻き戻~す……うぅっ」




私の足を汚していた血は、空に消えていく。

深く足を傷つけていた傷は、小さくなっていく。


「ああ……よかった、私のきれいな足♪」

「なんだ、今の」

「あ、時空魔法の【巻き戻~す】です」

「それが、昨日見た夢の魔法か?」

「あ、ええ」

「なんでこれが、言えなかったんだ?」

「そ、それは……ですね……」




私は正直に話をした。

夢の中で勇者がバラバラに殺されてしまったこと。

その事実を巻き戻す魔法で、救うこと。

だけどそれを素直に伝えて、勇者に嫌な思いをさせたくなかったこと。

もしかしたら、魔法を使わずに済むかもしれない、と望んだこと。


「じゃあおれは、一回あいつにやられたわけか」


勇者は難しそうな顔で考え込み、小さくつぶやいた。


「やっぱり、おれはまだまだ弱いな」




弱い?

聞き間違いだろうか。

ほとんど独力で龍を倒したじゃないか。


「いえ、そんな、だって黒龍を見事に倒したじゃ……」

「いや、そういうことじゃなくてさ」


勇者は、難しそうな、恥ずかしそうな、妙な表情のまま言った。


「お前との信頼関係を、まだ築けていないことが、だよ」

「夢の内容を、おれに言えなかったわけだろ」

「旅を共にするパートナーなら、それがなんであれ、旅に関係することはすべて共有するべきだ」

「おれも茶化したりせずに、まじめに考えるべきだった」

「だから……まだまだ弱いな、と、そう思ったんだ」


勇者はつらつらと、恥ずかしいセリフを吐いた。

私は赤面して、目を逸らせた。

「お供」の立場の私が、勇者に気を遣わせてどうするんだ。

自己嫌悪に陥りながら、「私の自己嫌悪は、龍絡みが多いな」と思った。




「できるだけ茶化さないようにするよ、だから、不安な点も、なんでも言ってくれ」

「わかりました」

「おれも、お前の魔法なしでは龍を倒せなかった、だから……」

「わかりました、勇者様、早速ですね」

「あん?」

「魔力を結構消費しましたのでお腹が空きました」

「……」

「お腹が」

「お腹が、ね」


そのときタイミングよく、ぐぅっと、盛大な腹の虫が鳴いた。




勇者は私の腹の音を聞いて笑ったあと、倒した黒龍から柔らかそうなところを切り出し、焼いてくれた。

香草とか、塩とか胡椒とか、便利そうなものをいっぱい持っていた。

めっちゃくちゃ、おいしそうだった。

トカゲなんかよりもずっと「美味しそうな肉!」って感じだった。


「そういえば野外で飯を食うことは少なかったな」

「トカゲくらいでしたよね」

「魔物や動物を食うときに使えそうだと思って、香草とか調味料をそろえておいたんだ」

「便利すぎます! 尊敬します!」

「さあて、いい感じに焼けたぞ」

「うぉぉほほほほ、涎が出ます」

「がっつくな、こら」


せえの、で、「いただきます」の声が高らかに響いた。


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