【Ep.6 ふたたび くろいりゅうのしれん】①

いやな夢を見た。


現実に起こってほしくない夢。

でも、今までこの指輪を使って見た夢で、現実に起こらなかったことがあっただろうか。


……覚えていないけど、多分ない。

……夢に見たことは、すべて現実になった。


「おはよ」


勇者が眠そうな顔を見せる。


「おはようございます、勇者様」


私はうまく笑えただろうか。

それが少し心配だ。




「今日はどこへ?」

「お前、昨日の話を聞いてなかったのか?」


勇者に呆れた顔を向けられる。

昨日、なんて話していたっけ。

今日はどこに行くって決めていたっけ。


「『龍の巣』だろ」

「あ、ああ、そうでしたそうでした」


良質な鎧を作るためには、強い龍のうろこが必要だ。

それもとびっきり硬くて新しい、うろこ。




「世界を救う勇者様」の装備としては、今の鎧は不十分だ。

確かに軽くて動きやすいかもしれないが、それでは魔物や魔王の強力な攻撃に耐えられない。

魔法にも、打撃にも、十分耐えうる装備が必要だ。


だけど、昨日の夢を思い出すと、気が進まない。

明日ではだめだろうか。


「なにを言ってるんだ、おれたちにそんな余裕はない」


ですよね。


「一日も早く、民を魔王の恐怖から、魔王の支配から、救わなくてはいけない」


ですよね。

至極真っ当なご意見。

勇者は私の心配なんて紙切れほども感じず、やる気に満ち溢れた瞳で語る。


仕方ない。

行くしかない。




チリンチリン


山道に、滑稽な音が響く。


チリンチリン


「緊張感のない音だな」

「そうですね」

「もうちょっと静かに歩け」

「でもそれだと、龍が出てこないかもしれませんよ?」


龍を引き寄せるおまじないだそうだ。

どれだけ効果があるかは知らないが、この山で龍と戦いたいという命知らずは、みなこの鈴を買っていくそうだ。


「雑貨屋のおばちゃんに担がれたかな」

「そうかもしれませんね」




昨日着いた村では、村人は龍の被害に困っていた。

他の町に行くために山道を通るときは、集団で行くか、用心棒を雇うかしないといけない。

ただでさえ山に囲まれた村で移動に困るのに、さらに龍に怯えなければいけないようだった。


幸い優秀な鎧職人がいたので、龍を倒してうろこを取ってきたら、鎧を作ってもらう約束を取り付けておいた。


しかし、村人はみんな「そう言って、みんなやられて帰ってくるんだよなあ」とでも言いたげだった。


宿屋の主人も、酒場ののんべえも、掃き掃除をしていた女性も、みんなそんな目で見た。


悔しいので見返したい。

そういう思いが少しあるのは致し方ない。


でも……昨日見た夢は、私を憂鬱にさせた。




「龍に効果的な攻撃は」


勇者が問いかけてくる。

質問というよりも、確認といった感じだった。


「まずしっぽですね。ここの龍はしっぽに毒があったり棘があったりするらしいですから」

「斬り落とせるかな」

「うろこの生え際を、根元に向かって斬りつけ続ければ、おそらく」

「で、次は」

「目ですね。龍は嗅覚も鋭いですが、目に頼ることが多いので」

「目くらまし、か」


頼りにしてるぞ、とでも言うように、勇者はポン、と私の頭を撫でた。

私はローブの内側に仕込んである、閃光玉をぎゅっと握りしめた。

今日は魔法に、あまり頼れない。

だけど、それは言えない。




「お、ちっちゃいのが出たぞ!」


勇者の声に顔を上げると、二匹の小さな龍が木々の隙間から現れたところだった。

翼はないが、鋭い爪と牙を持っているようだ。

しっぽも大きい。


「下がってろ、これくらいならおれ一人で」


そう言うが早いか、勇者は体勢を低くし、剣を抜いた。

二匹の龍も首を低くして構えている。

しばらく睨みあった後、先に動いたのは龍だった。




ヒュンッ


龍の振る大きなしっぽが、空を切る。


ヒュンッ ヒュンッ


小さいながらも棘がついていて、当たると痛そうだ。

筋肉も発達していて、並の人間ではとても力で敵わないだろう。

勇者は機敏な動きでしっぽによる攻撃を避けながら、剣で首を裂く機会をうかがっている。


「がんばれ! 勇者様!」


私の声援は、チリンチリンという鈴の音とともに、木々に吸い込まれていった。




……


「その鈴、やっぱり緊張感がないな」

「ですよね」


小さな龍を見事倒した勇者に、私は駆け寄った。


「でも、お見事です。なんにも心配いりませんね」

「お前に心配されるとは、な」

「あ、いえ、別に……」


心配なのは確かだ。

だけど、それは口にするべきではなかった。

私は無事に今日の冒険を終えたい。


勇者の傷つく姿なんて、できれば見たくない。




「お前、今日はどんな魔法が使えるんだ?」

「……言えません」

「え?」


私は立ち止った。

勇者も立ち止まった。


「昨日、夢を見なかったのか?」

「いえ、見ました」

「じゃあ、言えないって、どういうことだ?」


心がざわざわする。

言えない。

だけど、言えない理由もうまく言えない。




「……」

「あれか、今まで以上に魔法名が変なのか」

「違います、失礼な」

「使いどころがない魔法なのか?」

「……」

「当たりか」


私は沈黙した。

それを肯定と受け取った勇者は、またくるりと向きを変えて歩き出した。

近い、かもしれない。

使わなくていいなら、それに越したことはない。

あんな場面を見なくて済む。

でも、その代わり、今日の私は魔法がなにも使えない。




「指輪でもう一度眠って、リセットするってのは?」

「……」

「あ、もう試したのか?」

「……一応」

「リセットできなかったのか」

「……はい」


そうなのだ。

いやな夢だから、実現してほしくない夢だから、もう一度眠ったのだ。

だけど、全く同じ夢を見た。

なにも変わらなかった。

変えられなかった。




「まあ、そんな日もあるだろうとは思ってたよ」


勇者は私に背を向け、歩き出した。

そのまま、気楽そうに話を続けている。


「なにしろ夢に頼るんだからな、まだお前は自在に夢を見れないってわけだ」

「だったらこれから少しずつ、理想の夢を見られるように訓練していかなくちゃならない」

「おれ自身も、お前が使える魔法がなんであれ、同じように魔物を倒せるようにならなくちゃならない」

「強い鎧を作るってのは、そのためにも必要だしな」


勇者は一方的に話している。

いつもよりなんだか早口だ。


でも、私は気づいた。

彼は私を励ましてくれているんだと。

「昨日見た夢の魔法がしょうもなかったからへこんでいる私」を励まそうとしているのだと。




そんな彼に、なにも言わないのは卑怯じゃないか。

長く旅するパートナーに対して不誠実ではないか。


「あの、実は」


一人で悩まずに、ぶちまけるのもありだ。

勇者なら、きっと聞いてくれるのではないだろうか。

そう思って口を開いた瞬間、世界が黒く塗りつぶされた。


―――ズンッ


上からとてつもない圧力を感じた。

意味不明な音も聞こえた気がした。

しかしそれよりも、黒い雨が降ったように目の前が醜く汚れたことで、視界を奪われてしまった。


なにが起こった?




キィィィィイイイイ―――


ィィィィイイイイイ―――


ノイズが脳を刺激する。

聞いたことはないが、これは龍の威嚇音ではないか。

勇者はどこだ。

龍はどこだ。


ィィィィイイイイン―――


ふいに音が止んだ。

視界が明るくなった。

黒くて大きな龍が目の前にいた。




この龍が先ほどの音を……

いや、音だけじゃない。

視界を奪った黒い雨も、体に感じた圧力も、この龍のせいだ。

勝てない。

今の私たちでは勝てない。


「ゆ、勇者様、逃げましょう」


私はぶるぶる震える膝をかばいながら、そう話しかけた。

勇者に。


……勇者に?


……勇者はどこだ?


「下がってろ」って言いながら、私を守ってくれるはずの勇者はどこにいる?


まさか、龍の足元に転がっている赤黒い肉片が勇者なわけがない。


そんなわけがない。


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