【Ep.5 きんにくと まほうの ファンタジー】③

宿で私たちは、興奮気味に語り合った。


「ちょっと重要だと思うんですよ、これ」

「ああ、そうだな」

「初めてですもん、二つの種類の夢を見るってことが」

「あれが二種類と言えるのかは微妙なところだが、確かにどちらもちゃんと効果があったな」

「ええ、強化魔法と弱体化魔法という、まあセットのような感じですが」

「それなら、炎と氷の魔法を同時に夢に見るということも、ありえなくはない、と」

「ええ、その調子で複数の夢が見られれば……」

「確かに前進しているぞ、おれたち」

「ええ!」




もしかしたら、このケースだけかもしれない。

だけど、二種類の魔法がちゃんと使えた。

その事実は、私たちを勇気づけた。


「でも、すみません、夢を見たときは、それが二種類だなんて気づかなかったんです」

「まあ、そういうこともあるさ」


ほろ酔いの気分も相まって、私たちはずっとお喋りをしながら過ごした。




「お前の夢の中ってのは、どんな世界なんだ?」


勇者は、あまり夢を見ることがないらしい。

しかも、夢を見たはずなのに起きたら覚えてないことがよくあるらしい。

私からしたら、「夢を見ない日がある」なんてことがまず驚きなのに。

私は、覚えている限り、夢の中のことを教えてあげた。


「まずですね、色がおかしいんですよ」

「本来黄色のはずのものが、夢の中では緑色だったり」

「それから、色があんまり鮮やかじゃなかったりするんです」

「灰色とか、なんか薄暗い感じの色のときが多いですね」

「そうそう、この指輪も、そうですね」


「指輪がどうしたんだ?」




「この指輪のクリスタル、緑色をしてるじゃないですか」

「だけど、夢の中では、必ず赤色に光るんです」


だから、私は夢の中のことを覚えておけるのだ。

だから、私は夢か現実か、わからなくなったりしないのだ。


「それがお前の道標になっているってわけか」


勇者が感心したように言う。


「ええ、赤色に光っているのを見ると、ああ、私は今夢の中にいるんだな、ってわかるんです」




「あと、普通に考えたらありえないことも、夢の中では変に感じなかったり、しますね」

「ん? 例えば?」

「そうですねえ、町中を歩いているのに服を着ていなかったり?」

「ほお」

「実は知らない人が、知っている人として登場したり?」

「へえ」

「目が覚めた後考えると、なんで違和感を感じなかったんだろうってことも、平気で信じてたりするんですよ」

「そういうもんか」




「一回さ、おれもそれで眠ってみたいんだけど」


なんか勇者が変なことを言い出した。


「もしかしたら、おれも夢で見た内容を、魔法で使えるかもしれないし」

「だから、さ、今日だけ、ちょっと一回」


少年のように期待に満ちた目。

キラキラと輝く目。

酒場でガラの悪い男どもににらみを利かせていたのと同じ人だとは思えない。


「仕方ないですねえ……」




「じゃあ、えっと、目を瞑ってください」

「お、おう」

「で、もうコロッと寝るので、ベッドに寄りかかる感じで」

「お、おう、ちょっと緊張するな」

「さ、いきますよー」


勇者の額に、指輪をかざす。

とろんと、勇者の表情が緩む。


「おやすみなさーい」


指輪で誰かを眠らせるなんて、初めてね。

私もすぐに寝床に入り、指輪を額にかざした。




……


「おっはよう!」

「お、おはようございます」


なんだか勇者のテンションがおかしい。

いまだかつてこんなことがあっただろうか。


「夢! 見たぞ! 面白かった!」


ああ、それでテンションが高いんですねえ。


「お前の体をムッキムキのバッキバキに鍛え上げる魔法だった!!」

「え?」

「あれ、【強くな~る】だよな? だよな? 詠唱方法を教えてくれ!」

「え?」




「ほら、ほらほら、詠唱方法とさ、魔力の練り上げ方を、さ」

「いやです!! 絶対嫌です!!」

「なんでだよ、今日はお前が魔物どもを砕け散らす番だぞ!!」

「絶対嫌ですー!!」

「腕を振り回すだけでいいんだぞ!!」

「無理っ!! むーりー!! 私だって乙女なんですからね!!」


絶対に教えるもんかと、私は宿の中を逃げ回った。

満面の笑みで追いかけてくる勇者は、とても怖かった。




【強くな~る】と【弱くな~る】は、それからあまり夢に見る機会がなかったけれど、使い方によっては強力な魔法となりそうだった。

勇者はムキムキになることを少し嫌がっていたけれど、いざとなればとても強い。

私のコントロール次第では、様々なものをピンポイントで壊したり弱らせたりすることができる。


「魔王を金属アレルギーにしてしまえば、おれの一撃で倒せるな」

「旅の終わりがそんなんでいいんですか勇者様!」

「酒場の男を『酒に弱く』できたんだから、魔王を金属に弱く……」

「それをほいほいと食らってくれる保証はありません!」

「いっそ『酸素に弱く』してしまえば、陸に上がった魚のようにのたうち回るだろうか」

「口パクパクしてる魔王も情けなくて見たくありません!」




……


それからしばらく、平凡な旅が続いた。


大きなけがもなく、集落や村をつなぐように歩き、大陸を少しずつ移動していった。


私の魔法は順調に使えていたし、少しずつコントロールも褒められるようになっていった。


威力はもともと勇者も褒めてくれていたが、私も満足できる手応えが時々あって、嬉しくなった。


小さな町で杖を買ってもらったものの、特に使わないものだから「無駄遣いだったな」と勇者に呆れられたりした。


装備品が使い込まれてきて、そろそろ新しい鎧がほしいな、なんて勇者がこぼしていたころ。




いやな夢を見た。


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