【Ep.5 きんにくと まほうの ファンタジー】②

「後ろ!! まだ魔物がいますよ!!」


―――ぶぅん


―――グシャッ!


「上!! まだ狙っていますよ!!」


―――ぶぅん


―――グシャッ!




今日は剣がいらない。

勇者が腕を振り回せば、それで魔物は砕け散るからだ。


鎧もいらない。

あの肉体には邪魔だからだ。


私はただ、効果が切れるたびにドーピングのように魔法をかける。

そして、敵がどこにいるのかを指示すればよかった。


「弱点はしっぽみたいですよ! 後ろに回り込んで!」

「そんな細かい芸当できねえよ!!」


―――ぶぅん


―――グチャアッ


「うえ、グロッ」




「なあ、強化魔法ってことは、耐久力を上げたりもできるのか?」

「耐久力……ですか」


それは考えていなかった。

だけど、面白いかもしれない。


私はイメージを変えながら、脳内詠唱を行う。


「強くな~る!!」


―――カチーンッ!!




「……」


「……」


「……動けます?」


「……」


「動けないんですか?」


「……」


べしっべしっ


「痛いですか?」


「……」


カキンッ


「石でも痛くないですか?」


「……」


「……呼吸できてますか?」


「……」




……


「耐久力はだめだ」

「だめですね、使いどころがちょっと思いつきませんね」

「お前、ちょっと好き勝手やりすぎじゃねえか、おい」

「いえ、その、耐久力を試すために、はい」


他にも脚力とか、判断力とか、いろいろ試してみたものの、結局一番有用なのは筋力だということが分かった。

勇者はいやそうな顔をしていたけど、これが一番強いのだから、仕方ない。


夕暮れまで、魔物狩りは続いた。




村の周辺の魔物を一通り狩り終え、私たちは酒場でゆっくり休んでいた。

私も勇者も、なんだかんだでお酒は好きだった。


狩った魔物の骨や皮は、あまりお金にならなかったが、それでもしばらく困らないくらいの蓄えはできた。


「もう少しうまいこと素材を残してくれないと、だめじゃないですか」

「難しいんだよ、原形を留めたまま殺すってことが」


穏やかじゃないセリフだ。

勇者の言う通り、あの筋肉の破壊力はすさまじく、最初は粉々に魔物を粉砕してしまっていた。

魔物の数を減らすことはできるが、それでは素材が売れない。


「もう少し強敵が現れた時に使いたかったもんだな」


私が自在に夢を見られるようになれば、今日の魔法はなかなか役に立つかもしれない。

それくらい、強力だった。




「ここからは西へずっと進む旅になる」

「山を二つほど越えて、大きな魔の森を抜けて……」

「そうすればこの大陸の端の方に、大きな王都がある」

「王都なら、魔王の情報も集まるだろうし、魔法の手練れもいるだろう」

「え、私、用済みですか!?」


私は驚いて言った。

魔法の手練れ!?

まさかここにきてパーティーの変更!?


「バカ、お前の魔法の役に立つようなことを、教えてもらえるかも、ってことだよ」


なんだ……

ちょっとびっくりした。


「勇者の一行が、そんな自信のないようなことを言うんじゃねえよ」




ガタンッ!


「勇者の一行だぁ!?」


その時だった。

近くにいたガラの悪そうな男たちが、「勇者」という言葉に反応した。


「なんだなんだ、テメエ勇者様かよぉ、おぉ!?」


とたんに取り囲まれる。

なんだか雰囲気が悪い。

周りの客たちも、怯えながらこちらをうかがっている。


いつの間にか、周りは静かになっていた。




「テメエ、勇者を名乗ってるってことは、王に認められて旅してるってことだよなあ?」

「ああ、そうだ」


勇者は落ち着いた顔で、応対している。

私はおろおろしながら、このガラの悪い男の言葉を聞いていた。


「世界を救うんだよな? 魔物を退治してくれるんだよな?」

「ああ、そのつもりだ」


ぐびり、とグラスの酒をあおる。


「それがどうか気に障ったのか?」


あくまで勇者は落ち着いている。




―――ガチャン!!


勇者のグラスが叩き落された。


「ずいぶんと酒が好きなようだな、ええ?」

「おれの店が魔物に襲われてるときも、優雅に酒を飲んでたのかい、ええ!?」

「なんの話だ?」


言いがかりだ。

勇者が酒を飲んではいけないのだろうか。




「おれたちがこの村に着いた時、魔物などいなかった」

「今日、おれたちはこの周辺の魔物をあらかた退治した」

「おれが酒を飲むのは疲れを癒すためだ。あんたみたいにべろべろに絡むほど、酔っちゃいない」


勇者はあくまでも冷静だ。

酒に飲まれてもいない。

淡々と男に説明をしている。


しかし、相手は酒をしこたま飲んだ後のようで、余計に逆上させてしまったようだった。




「うるっせえんだよ!! そんな貧相なナリで、なあにが勇者だコラァ!!」


―――ガシャアン!!


「肝心な時に助けてもくれねえくせに、余裕ぶって酒飲んでんじゃねえぞ!!」


―――ガタン!!


―――パリィン!!


男が暴れだした。

周りの奴らの中にも、同調している者がいる。

きっと魔物の被害に遭った人たちなんだろう。

そう思うと、可哀想な気もする。

だけど、勇者が責められる筋合いは、ない。


私は、少し酒に酔った頭で、ちょっと勢い余って、脳内詠唱を終えていた。


「強く……な……る……!」


―――ムキムキィ!!


「うわあああああああああああああああ、化け物だあああああああああああああああ」




「店のものを壊すんじゃねえ!!」

「静かに飲んでる客にも店にも、迷惑だろうがあ!!」

「お前のやってることは、魔物と同じじゃねえか!!」


上半身が異常に発達した勇者が、説教を垂れている。

暴力は振るわない。

そこは偉い。

だけど、この筋肉に見下ろされたら、とてつもない圧力だろう。


「あ、ああ……あああ……」


さんざん罵倒していた男たちも、少し気圧されたようだった。

椅子に座りこむ者や、離れていく者もいた。




私はふと、夢の中身を思い出していた。


なんだろう。


なにか違和感があった。


あの夢の中で、酒瓶が割れていなかったか?


なぜ割れた?


勇者が腕を振り回したから?


いや、なにもしていなかったのに、破裂したように割れたんじゃなかったか?




そういえば、夢の中では椅子も壊れていた。

男たちも、勇者に触れる前に崩れ落ちていた。

もしかしてあれも、魔法だったんじゃないだろうか。

気づかないまま、二種類の夢を見ていたんじゃないだろうか。


だとしたら、あの夢は……


私はこの思いつきを確かめるべく、もう一つの魔法を試してみることにした。


 千年の眠り。

 ひとかけらの恐怖。

 罵倒と罵声、削られる精神。

 張りつめた糸の千切れる音。

 時満ち足りて崩れ落ちる背骨。


【夢魔法 弱くな~る】




―――ガタァン!!


男の座っていた椅子の足が、砕けた。


―――パリィン!!


棚に置かれていただけの酒瓶が、中身の酒の圧力に負けて砕け散った。


「あはは、こういうことだったんだ」


私は魔力を頑張ってコントロールし、男たちの戦意を喪失させていった。

椅子の足を弱らせて壊し、男たちの足を弱らせてへたり込ませた。


「うふふふふ、勇者様にいちゃもんをつけるならず者は、私が成敗して差し上げますわ」


両手を広げ、男たちの前に立ちふさがる。

なめられてたまるか。

酔っ払いにバカにされたままじゃおさまらない。




「あなた、さっき散々勇者様のことをバカにしてくれましたよね?」

「ひ、ひぃ」

「お酒に酔っていたとはいえ、まるで勇者様があなたのお店を壊したかのような言いがかり」

「……」

「楽しく飲んでいた人もいるだろうに、気分が悪いったらありゃあしませんわ」


私も酒が回ってきているようだ。

いつもより饒舌だ。

勇者もムキムキの体でにらみを利かせている。




「あなたには、ちょっとお仕置きが必要ですね」

「ひ、ひぃ、勘弁してくれ、おれが悪かった……」

「うふふふ、弱くな~る!!」


私は満面の笑みで、魔力を男に放った。

人間に向かって魔法を放つというのはあまり気持ちの良いことではないけれど、私の勢いは止まらなかった。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


―――バタァン!


男は床に寝転がってしまった。

少し心が痛むが、まあ、この場をおさめるためには仕方ない、と思わなくては。




「なにしたんだ?」


勇者が少し不安げにこちらに問いかけてくる。

まだ魔法が解けていないので、なんだかアンバランスだ。


「お酒に、弱くなってもらいました♪」

「はあ、なるほどね」


すでに摂取した酒で、ぶっ倒れてしまったというわけだ。


しかし、酒場はすっかり白けてしまった。

もう、私たちに文句を言ってくるものはいなかった。

一番絡んできた男は伸びているし、他の人たちは酔いが醒めてしまったようだった。


マスターに、割ってしまった酒瓶や壊してしまった椅子の弁償代を払った後、私たちは宿に戻った。


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