【Ep.5 きんにくと まほうの ファンタジー】①

「さて、と」

「次は、あっちですかね?」


収穫屋の男から聞いたところによると、湖の近いところに村があるらしい。

男は基本そこに滞在していて、たまに大きな町にマカナの実を卸しに行くそうだ。


「そういや、あの男はどうやって島に来たんだろうな?」

「え」

「船があるわけでもなし」

「確かに……なにかうまく湖を越えるテクニックがあるんでしょうかね」


実に詳しいこともあるし、もしかしたら魔法が使えるのかもしれない。

水の上を歩いたりする魔法があるのだったら、ぜひ教えてほしいところだが……


「ま、とりあえずは、前向いて進もうぜ」

「そうですね」




湖からほど近い村を無事に見つけ、宿を決め、私たちは夕食をとった。

結局町には戻らず、今日はここでゆっくり休んで、このまま西を目指して進むことにした。

今日はほとんど魔物と戦うことはなかったけれど、すごく疲れてしまった気がする。


「あのよ、もし夢を見なければ、どうなるんだろうな?」

「はい?」

「今日もしさ、あえて指輪を使わず寝て、夢を見なかったら」

「はあ……そしたら明日は魔法が使えませんね?」

「じゃなくて、今日の魔法、引き続き使えたり、しないのか?」

「ああ……」




「試してみましょうか?」

「やったことねえのか」

「ええ、まだ、試したことはないですね」

「いっつも指輪で眠ってたのか?」

「ええ、これ、母の形見なので、手放せません」


ずっと昔から、私の宝物。

母がずっとこれで、私をあやしてくれていたのだ。


「私はずっと、母にこれで眠らせてもらっていましたから」


どんな子守唄よりも、よく効いた。




「指輪がないと、眠れなかったり?」

「いや、どうでしょうね。うたた寝とかはしたことがありますから、大丈夫だと思いますけど……」

「じゃあ、今日は指輪禁止ってことで」

「はあ、勇者様がそう言うなら、仰せのままに」


もし、どうしても指輪で寝てはいけない状況がきたとしたら、慌てないように。

今まだ余裕があるときに、色々なことを試しておいたほうがいい。




……


「勇者様」

「なんだ」

「寝れません」

「……え」

「目を閉じているのに、暗いのに、眠いのに、なんだか頭がすっきりして眠れません」

「……」

「子守唄を、歌ってください」

「!?」




……


「ね、眠れー眠れー眠れー、ベッドの端に寝てはいけなーいー」

「勇者様」

「おう」

「気持ちがこもってません」

「うるさいな! 子守唄なんて歌ったことねえんだよ!」

「もっとこう、幼子を優しくあやすように」

「お前いい年してなに言ってんの!?」




……


「5人のー子どもーたちー、ひとりがー死んでー、残りはー4人ー」

「怖い」

「そういう歌詞なんだから仕方ないだろ」

「どうして死んだのか気になって眠れませんよ」

「子守唄ってのは少々怖いもんなんだよ!!」

「勇者様、こんな歌で子どものころ眠ってたんですか」

「そうだよ! 悪いかよ!」




……


「……」スゥスゥ


「……」モヤモヤ


「……」スゥスゥ


「……」イライラ


「……寝れない」


「……」


「……んー」




……


「おはよ」

「はい、おはようございます」


昨日は結局なかなか眠れなかった。

子守唄を歌っていた勇者は、さっさと寝ていたというのに。

やっぱり私は、指輪の効能がないとうまく眠れないらしい。

それを伝えると、勇者は少し申し訳なさそうな顔をして謝った。


「で、結局、夢は?」

「見ませんでした」


そう、特になんの夢も見なかった。

今までそんなことはなかったので、ちょっと変な気持ちだった。

指輪を使わないと、あんなふうな眠りになるのだと、初めて知った。




「じゃあ、早速外で昨日の魔法を使ってみないか」


簡単な朝食を宿でとった後、勇者は言った。

私としても、その効果を確かめてみたい気持ちが大きかったので、望むところだった。


「あれ」


頭の中で大事なことを探そうとして、うまくいかない。

なにか重要なことを忘れた気がする。


「私、昨日はどんな魔法を使いましたっけ?」

「おいおい、忘れたのかよ、風の魔法だよ」




風の魔法……


「私はそれで、なにをしたんでしたっけ?」

「おいおい、馬をふっ飛ばしたり、湖を越えたり、マカナの実を切り落としたりしたろ」

「馬を……」


あれ、なんだか記憶がおぼろげになっている。

そんなことをしたような気もするけれど、ずっと前のことのようにも感じる。

馬をふっ飛ばす?

そんな可哀想なことをしたっけ?




「指輪を使わなかったから、記憶が変になっているのか?」


勇者が心配そうな顔をしている。


「ああ、いえいえ、ご心配なさらず」

「ちゃんと詠唱は覚えていますから」


さあさあ、と勇者を押して、宿を出る。

なんだか少し、いやな予感がしていた。




……


予想通り、【風立ち~ぬ】は効果が薄かった。

自然に吹いているそよ風と、大して変わらなかった。

「お、ちょっと涼しいな、さわやかだな」といった程度だった。


「ううむ、前の夢を唱えるのとさして変わらないな」

「これじゃあ使い物にならないですね……」


ということは、今日は使える魔法がない。

あれ、それはまずい。


「ちょっとこのままでは旅に支障をきたしますので、今から寝ます」

「は?」


私は勇者の返事も待たず、指輪を額にかざした。




―――

――――――

―――――――――


騒がしい酒場。

周りを取り囲む屈強な男たち。

ガヤガヤと話し声が聞こえるが、私たちには伝わらない言語だ。


勇者に向かって、私は手をかざす。


勇者の体が、みるみる大きくなってゆく。


どよめきが起こる。


勇者はゆっくりと腕を振り回す。


ガシャンガシャン!


風景が壊れてゆく。


ガシャンガシャン!


酒瓶が破裂する。椅子が砕け散る。大男が崩れる。


―――――――――

――――――

―――




「ふはっ」


まぶしい。

朝日がまぶしい。

昨日はこんなに窓を開けて寝たかしら?


「おはようございます、姫」


勇者がうやうやしく礼をする。


「晴天の草原で大口を開けてお眠りになるとは、はしたない」


にやにやとこちらを見ながら、嫌味を言う。

そうか、私、外で二度寝したんだった。

ここはまだ草原のど真ん中だった。




「一応、夢、見られましたけど……」

「おう」

「なんか、微妙な夢でした」

「?」


まあいいか、と思って、とりあえず脳内で詠唱してみる。

多分、この魔法だと思う。


 千年の眠り。

 ひとかけらの勇気。

 群衆の雄叫び、鉄壁の鎧。

 腹に括った一本の槍。

 時満ち足りて覚醒の遺伝子。


【夢魔法 強くな~る】




両手に込めた魔力を、勇者の方に向ける。


「おい、ちょっと」


構わず私は、勇者の腕をめがけて魔力を放つ。


「なに!? これなに!? 痛くない? 大丈夫?」


勇者は時々情けない。

怖がらなくたって、いいのに。


すると、むくむくと勇者の右腕が膨張した。

屈強な海の男も裸足で逃げ出しそうな、立派な筋肉の塊だ。


「気持ち悪くない!? これ気持ち悪くない!? 右腕だけムキムキって気持ち悪くない!?」




「強化の魔法です」

「こんな限定的な強化なのか!?」

「体全体をムキムキにすることもできますよ?」

「あ、いや、遠慮しようかな」

「まあ、遠慮せずに」


―――ムキムキィ!!


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ」




……


「そんな、情けない顔しないでくださいよ」

「……」

「これならどんな相手が来ても、筋力で解決できますよ?」

「勇者って感じがしない……」

「泣き言を言わないでください、ほら、胸を張って」

「故郷に帰ってもきっと気づいてもらえない……」

「大丈夫ですって、多分」




しばらくたつと、効果が切れるのが分かった。

およそ10分くらいだろうか。

心底ほっとしたような勇者の顔。

ずっとあの姿だと思ったようだ。そうならなくて、よかった。


「さあ、今日はたくさん魔物を狩りましょうね!」


びくっと、勇者がこちらを見る。


「さあさあ、今日はパワーみなぎる戦いができますからね! 爽快ですよ、きっと!」


不安いっぱいな顔で、こちらを見ている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る