【Ep.4 ゆめまどうし そらをとぶ】③

ふいに、がさがさと木々が揺れる音がした。

魔物が攻めてきたか。

それとも刺客がまた襲ってきたか。

そう思って、私たちはそちらを振り向いた。


「おぉおぉおぉ! 密猟者かコラァ!?」

「てめぇら誰に断ってこの島に入ったぁ? ぁあん!?」

「俺様にしか収穫できねえマカナの実を荒らしに来やがったか!?」

「ふざけんなコラァ!! しばでゅほぉう!!」


派手な服の男が騒いでいたが、最後の言葉は聞き取れなかった。

私が風で飛ばした水筒が、スコーンと男のアゴを打ち抜いたから。




「すみません、あの、勇者様の一行とはつゆ知らず」

「あ、ぼく、ここで収穫を任されている者です、ええ、チンケな収穫屋です、はい」

「最近入り込む輩が増えてて、ええ、追っ払うのに苦労してまして、ええ」


派手な色の涼しそうな服。

その上にごちゃごちゃと物の入ったチョッキのようなものを着ている。

へらへらと笑う顔は、軽薄そうな印象を受けた。

先ほどの汚い言葉遣いも、無理していたようだ。


「いやあ、もう、お好きに実でもなんでも取ってってもらっても、ええ、ええ」




「いや、それがな、木の実を見つけられなくて」

「まあ、見た目を知らないっていうのもあるんですがー」

「お前、収穫屋なら実の形を知っているんだろう?」

「私、超ほしいんですよー、魔道士なので」


私たちの訴えを聞いた収穫屋のその男は、にやりと笑って言った。


「マカナの実はっすね、木の上のほうになるんですよ」

「上?」

「そう、すんげー上のほうに。だから誰も彼も怖がって、結局あきらめるんす」




「上、ねえ」


私たちは上を見上げる。

木々が生い茂っていてあまりよく見えないが、あの上のほうに実があるのだろう。

そりゃあ、見つからないわけだ。


「採ってきましょうか」


そう言って、収穫屋の男はひょいっと木に飛びついた。


「ちょっと待っててくださいね、っと」


そうしてチョッキのポケットから色々と取り出し、上手に木を登っていく。

腰にロープを回し、手にはいつの間にか大きなグローブが着けられている。

ロープをぐいぐいとひねりながら、大して力も込めず、あっという間に上がっていった。




「ほい、これっすわ」


彼が採ってきたのは、なんとも奇妙な実だった。

赤い実と青い実。

それが連なっている形は、少しさくらんぼに似ていた。


「変な実だな」

「まあ、珍しいですね。これね、同時に食べないと意味ないらしいですよ」


勇者と収穫屋の男は、二人して実の効能や食べ方について話している。

私はというと、木の上を見つめて、あることを企んでいた。

うまくいくだろうか。

でも、ちょっとやってみたい。




「風、立ち~、ぬ!」


―――ぶわぁあああっ


私の周りに風が集まる。

足元に渦を巻く。


「いよっ!」


―――ゴォォォォッ!!


それを上方向に爆発させ、私は垂直に空を飛んだ。


「いやぁっ! 気持ちいいっ!!」


木の上のほうまで、あっという間だった。

そして、よく見ると先ほど見た赤と青の実がいくつか見えた。




「つぶれません、よう、にっ!」


―――ゴォォッ!!

―――シュンッ!!

―――シュンッ!!


小さく鋭く尖らせた風の刃を、実に向かって放つ。

茎を少々切ったくらいでは風の刃の勢いは衰えないから、曲げて曲げて、たくさんの実を狙った。


―――ゴォォッ!!

―――シュンッ!!

―――シュンッ!!


「うふふ、なんだ私、うまいじゃん」


そして、ひゅーっと私は落ちてゆく。


「勇者様! うまく受け止めてくださいね!!」




「え、なに? なんだって!?」


勇者は慌てている。

隣で収穫屋の男も、おろおろとしている。


「受け止めて! くださいね!」

「お前を!? 実を!?」

「実ですよ実!! 私はちゃんと風で着地しますから!!」

「ああ、まあ、さすがに重くて受け止めきれないしね?」

「失礼!!」




無事に着地した私は、勇者のもとへ駆け寄った。


「どうですか!? すごいんじゃないですか私!?」

「いっぱい実を採ってきましたよ! しかもかなりのスピードで!」

「褒めて!! 褒めて!!」


べしっ


眉間に掌が来た。

痛くはないが、圧迫感がある。

ペットの気分である。


「わかったわかった、すごいすごい」

「二回言われると嘘っぽいですね」

「ただ、おれに相談してからやれよ」

「むぅ」




「心配するから」

「……はい」

「あんな高くまで飛んで、ちゃんと着地できる保証はないだろう?」

「や、でも、あの追い剥ぎと同じくらいの高さですし……」

「バカ、危ねえよ」


ちょっと怒られちゃったけれど、マカナの実はたくさんゲットできたし、いいよね?

そう思って横を見ると、あの男はまだぽかんと私たちのことを見ていた。




「……すごいっすね」

「なんか、勇者様の一行って言っても、たった二人かよ、とか思っちゃったんすけど」

「今の一瞬で、そのすごさの片鱗見せつけられたってか」

「あんな高さまで魔法でひとっ飛びする魔法使いがいるなんて、ってびっくりしたし」

「なんか、関係も、素敵だし」


もごもごと男は私たちを評している。

まあ、要するに褒めてくれているんだろうけど、なんだか歯切れが悪い。

本当は内気で、素直な人なんだろう。

そう思うと、なんだか可愛く見えてきた。




「収穫屋、これで取り引きといこう」


勇者はそう言って、クリスタルのかけらをじゃらっと取り出した。


「全部はやれないが、少しだけ」

「これで、マカナの実をいくつか譲ってほしい」

「もちろん、もらう分はちゃんと自分たちで採る」

「な?」


私はぶんぶんと頷いた。


「どうだ?」

「どうですか?」


収穫屋は、またも口をぽかんと開けて、反応に困っていた。




……


「いや、勇者様の一行ってのは、謙虚でもあるんですねえ」

「なんの話だ?」


私はあの後、何回か飛び上がって、マカナの実を切り落としていった。

思ったよりも実はたくさんあって、私はそれを切り落とすのが楽しかった。

風の刃のコントロール練習にもなったし。

いいことずくめだ。


「お代がもらえるとは思ってなかったもんで」

「はは、ただでもらっていったら、盗賊と変わらんだろう」

「いや、でも過去には結構、横暴で横柄な勇者もいたって聞きますから」

「じゃあおれたちは、そんなんじゃないって示しながら旅をしないといけないな」

「やあ、伝わりましたよ、ほんと」




かごいっぱいの実を、私たちは受け取った。

彼は、結局ほんのひとかけらしか、クリスタルを受け取らなかった。


「あ、忠告なんすけど、マカナの実は一日一回だけ、っす」

「二個食べても威力は上がらないっていうか、魔力がしぼんじゃうらしいんで」

「なんか逆境になると、二個食って限界を超えた魔力を! とかいう人が多いんですけど」

「そううまくはいかないらしくって、気を付けてくださいね」

「あと、片方でもだめっす、両方一緒に食ってください」


収穫屋の男は、島で私たちを見送ってくれた。

まだ卸す分を採っていくのだという。




―――ゴォォォォッ


「なあ」

「はい?」

「おれたちは、勇者の一行として、おごらず、焦らず、胸張って先に進もうぜ」

「ええ、『取り引きだ』って言ってた勇者様、格好よかったですよ」

「だろ?」

「『これはもらっていくぜ、フハハハハ』とか言わなくて、ほんとよかったです」

「だろ?」




―――ゴォォォォッ


「で、やせ我慢も勇者には必要なわけだが、ちょっと言わせてくれ」

「はあ」

「お前の風、痛い!」

「え」

「おればっか切り刻んでくるから! 行きと違って痛いから!」

「はあ、勇者にはおごりも焦りも禁物、って」

「我慢の限界だから! お前なに涼しい顔してんの!? 勇者をボロボロにしながら空飛んで、なに涼しい顔してんの!?」

「いやあ、ちょっと空飛ぶコツ掴んだかなーって、慢心ですかね?」

「行きの繊細さ思い出して!? いや行きも繊細とは程遠かったけど!?」




湖のほとりに無事に着いた私たちは……


「おい! 無事じゃねえぞ! 嵐を抜けたみたいにズタズタになってんぞ! 主におれが!」


湖のほとりに無事に着いた私と、なぜかズタズタに切り裂かれた勇者は……


「なぜか、じゃねえよこのタコ!!」


湖のほとりで休んだ後、近くの小さな村を目指して歩いていた。


「今日のダメージ、全部お前からだよ!!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る