【Ep.4 ゆめまどうし そらをとぶ】②

……


「おお、でかいな」


見事な湖だった。

円に近い形をしている。


「馬では渡れませんねー」

「当たり前だろ、バカ」

「あの小さな島が、例の木が生えてるっていうところですかね」

「らしいな」


島は岸からでも見えたが、なかなか距離があるように思えた。




「近くに小舟とかもねえなあ」

「ないですねえ」


岸には誰もいない。

船もない。

警備している人間がいるわけでもない。


「本当にあそこにマカナの木があるなら、みんな渡りたいだろうに」

「ですよねえ」

「あれか、罠か」

「ありえますねえ」




もしかしたら先ほどの追い剥ぎどもは、王の使いかもしれない。

マカナの木の情報をくれた果物屋の主人は、誰かの手先かもしれない。


疑おうと思えば、疑える。


「クリスタルの欠片を持っていることを知った王様が、ケチって取り戻そうとしたとか」

「ありえる」

「人気のないところに向かわせて、さらに襲うつもり、だとか」

「ありえる」

「じゃあ、どうします?」

「行くに決まってる」




ですよね。

勇者がこんなちっぽけな罠で足踏みしていてはいけない。


さあて、しかし、この湖を渡るには……


「私の魔法で飛ぶしかないですよね」

「お手柔らかに頼むぜ」


自分たちを飛ばすとなると、また違ったコントロールが必要ね。

勇者を負傷させてはいけないし。

かといって魔力が足りず、途中で湖にドボンってことにもしたくない。




「あ、馬はどうしましょう」

「手近なところにつないで……」

「……」

「無理だなあ」

「ですね」


いい感じの柵や木が、近くには全くなかった。

仕方なく馬はそこに放しておくことにした。

もしお利口なら、帰ってくる頃までここで待っていてくれるだろう。


「ヒヒンッ」

「ヒヒィンッ!」


手を綱から離した瞬間に、二頭とも脱兎のごとく逃げ出した。


「……賢いですね、ある意味」

「……まあ、風の魔法で吹き飛ばす奴らのそばには、いたくないだろうしな」





気を取り直して、私はゆっくりと脳内詠唱をしながら、イメージを強めた。

できるだけ周りを傷つけない風の羽。

私たちを纏うように。

誰かを攻撃するためのものではなく、空を自在に飛び回るための風の羽を。


 千年の眠り。

 ひとかけらの千切れ雲。

 揺れる楪、射す木洩れ日。

 うねる空気、集束と発散。

 時満ち足りて疾風の刃。


【夢魔法 風立ち~ぬ】


―――ゴォッ




勇者は、私を信用してくれるようになっている気がした。


「うおお、少々怖いな、これは」


私の手を握り、虚勢を張る。


「頼むぜ、切り刻むなよ、落とすなよ」


そうは言いながらも、冗談っぽいニュアンスを含む。

旅を始めたころよりも、私の魔法に素直に頼ってくれている。

そんな気がする。


「高い、高い、もっと低くていい」


私は細心の注意を払いながら、空を飛ぶ。

コントロールが難しいけれど、泣き言は言ってられない。


「お前、聞いてる? ねえ、聞いてる?」




……


「はぁ~おっきいですねえ」


島に生える木々は、それはそれは高かった。

人が住むことのない島だからだろうか。

大自然が伸び伸びと成長した、そんな風に見える。


「どれだ、マカナ」


勇者は空の旅の恐怖を振り払おうとしているのか、剣を振り回しながらずんずん奥へ進む。


「私も実物は見たことがありませんので……」

「まあ、そっか。そうだよな」


とりあえず木の実を探そう。

そこから始めることにした。




「ねえな」

「ないですね」

「担がれたか」

「ハメられたか、ですね」


しばらく散策したが、木の実らしきものは全然なかった。

高い木々は私たちの視界を奪い危険だったが、特に魔物が出てくるでもなく、単なる散策に終始した。

しかしそれでも、木の実を見つけることはできなかった。


「……うーむ、どうしましょうか」

「どうするったってなあ」

「とりあえず、ここでお昼にしましょうか」

「……そうだな、少し疲れた」


町で購入していたパンや果物を取り出し、簡易の昼食をとることにした。

クルミを練り込んだものが私のお気に入りだったが、ブドウのパンも捨てがたい。


「勇者様、どっちにします?」

「どっちでもいい」

「半分こします?」

「どっちでもいい」

「もう! 困る回答ですね」

「じゃあ、クルミ」

「だめです! どっちも半分ずつ食べたいんです! 私は!」


結局私たちは、半分こして食べることになった。

うんうん、どっちも美味しそう。




「お前、ほんと礼儀を失ったよな」


パンをほおばりながら、勇者が言う。


「まあ、カチカチに緊張されても困るんだけど」


そういえば、私は最初、もっと礼儀正しかったっけ。

もう、そのころのことを忘れかけている。


「それはきっと、勇者様が親しみやすい方だからですよ」

「……そうか」


ちょっと照れている。




「しかし、罠のわりには誰も攻めてこないな」

「ですねえ」

「あいつらを蹴散らしたから、怖気づいたか?」

「それなら、もう誰も襲ってこないかもしれませんね」

「仕掛けてくる奴らが、同じ場合だけ、な」

「あ、そうか、複数の仕掛け人がいるかもしれませんもんね」


私は納得しながら、ぐびりと水筒の水を飲んだ。




勇者の旅には、困難が付きまとう。

応援、支援してくれる者もいるが、邪魔してくる人間も少なからずいるようだ。


恨み、妬み、嫉妬。

魔王軍の息がかかったもの。

近しい人を魔物に殺された者。


「なぜちやほやされるんだ、妬ましい」


「なぜ私の弟が魔物に襲われているときは助けに来てくれなかったんだ」


「魔王軍に逆らうよりも、取り入った方がマシな人生が送れる」


そんな感情が、たまに存在する。


それはもう、勇者の一行として旅をする限りは、仕方のないことなのだ。

私はそうやって、割り切るしかできなかった。


手の中の水筒を見つめながら、少し暗い気持ちになってしまった。


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