【Ep.4 ゆめまどうし そらをとぶ】①
「マカナの実がなる木があるって?」
それは私たちの心を躍らせる言葉だった。
マカナの実。
それは魔道士がみなほしがる木の実だった。
魔力を底上げし、滋養強壮に効果があり、町では高値で取引されている。
当然そんな高価なものは、私は食べたことがない。
町で情報収集をしている中で、果物屋の主人が教えてくれた情報だった。
この町から西の方へ行ったところにある大きな湖。
その中心に浮かぶ島には、大きな木がたくさん生えているのだという。
その中に、貴重なマカナの木があるらしい。
あくまで「らしい」という話だったが。
「どうする、行くか」
「行きたいです! 私は当然!」
旅の助けになるかもしれない。
そのためになることなら、なんでもしたい。
「よし、さしあたっては、それを目指すか」
そうして私たちは、西へ旅することに決めた。
もしかしたらほかにも貴重な木があるかもしれない。
勇者の力を高める効果がある木の実も、あるかもしれない。
でも、そんな貴重な木があることを、なぜ果物屋のご主人なんかが知っているのだろう。
そんな情報が出回っているのなら、みんな乱獲しに集まってしまいはしないだろうか。
ちょっと不安に思ったが、勇者はさっさと身支度を始めていた。
私も荷物をまとめる。
「そういえば、昨日の夢はなんだったんだ?」
「風です」
「風?」
「ええ、風で切り裂く魔法です」
硬い魔物には効果が薄いかもしれないが、風の魔法というものもあるのだ。
ちょっとスマートで格好いいと、個人的には思っている。
このあたりの草原でなら、特に気持ちよく魔法を振るえそうだ。
「面白いな、それ」
なにか、いい感じの魔物が襲ってこないかしら、と私は不謹慎なことを期待した。
ザクッザクッと音がして、私たちは振り向いた。
魔物か!? と期待したが、そこには馬に乗った旅人がいるだけだった。
ただ、人数がやたらと多かった。
「……止まれ」
そう低くつぶやいて、真っ黒な旅衣装に包んだ男が私たちの前に躍り出た。
他の旅人たちは、ゆっくりと私たちの周りを囲む。
なんだか穏やかでない。
「その荷物の中身を、こちらに渡してもらおうか」
「クリスタルが入っているだろう」
「おとなしく従えば、危害は加えないでやろう」
淡々と、黒い旅衣装の男が言う。
要するに、追い剥ぎというやつね。
「……くだらない」
勇者が吐き捨てた。
「そんなにほしければ、鉱山にでも潜ればいいんだ」
勇者は冷ややかな目で言い放った。
「それができない臆病者か、集団でしか動けない臆病者か、町中では襲ってこれない臆病者か」
勇者は畳みかける。
「昨日あの男から受け取った瞬間に襲ってくればいいものを、こんな人気のないところに来るまで待っていたのが、情けないな」
「馬には恨みがないので、降りてくれると斬りやすいんだが」
「まあ、それもできないだろうな、どうせ」
勇者が挑発している。
相手の男の表情は黒く巻いた布であまりよく見えないが、怒っているような気がする。
周りの男たちも、イライラしているようだ。
でも私は、勇者が世界を救うために振るう剣を、馬鹿な人間の血で汚したくないと思った。
悪人かもしれないが、真に斬るべきは人間よりも魔物のはずだ。
「……勇者様、ちょっと下がっていてください」
私は小声でつぶやいた。
そして、私はずいっと前に出る。
「あのね、あんたたち、勇者様は世界を救うのに忙しいの」
「この剣は魔物を斬るためにあるの」
「小市民を切り刻んで、馬の餌にするために剣を振るっているヒマはないの、わかる?」
私はこんな啖呵を切れる娘だっただろうか。
町から出ていなければ、こんな風に追い剥ぎに食ってかかるようなことはできなかったに違いない。
私はちょっと勇気がついたことを誇りに思った。
「馬は人肉なんて餌にしないと思うけどな」
後ろで勇者が小さく突っ込んだ。
男たちはガヤガヤと罵声を浴びせてきたが、私の耳には届かなかった。
「受け身くらいは、しっかり取りなさいよっ!」
私は昨日見た夢のことを思い出しながら、脳内詠唱を行う。
そういえば人間相手に攻撃的な魔法を放つのは初めてだなあ、と思った。
千年の眠り。
ひとかけらの千切れ雲。
揺れる楪、射す木洩れ日。
うねる空気、集束と発散。
時満ち足りて疾風の刃。
【夢魔法 風立ち~ぬ】
―――ゴォッ
疾風。
―――ゴォゥッ
刃になる。
―――ヒュンッ
男の顔を覆っていた布を切り裂く。
――――――シュッ
男たちが手に持つ短刀を叩き落す。
――――――キュンッ
そして……
――――――ゴォォォオオオオオオオオオオオッ
大きくうねる風の流れを作り出し、男たちを空高く吹き飛ばした。
馬とともに。
「うわああああああああああああっぁぁぁぁぁっぁっぁぁぁ……」
「ヒヒィィィィィイイイイィィィンンンンンン……」
「あーあー、馬は可哀想だな」
「ええ、私もそう思います」
私は両手に魔力を集中させ、風のクッションを作るべく手を動かした。
「……ぅぅぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁああああああああ!!」
男たちの悲鳴が落ちてくる。
私は丁寧に、風のクッションをたくさん作りだし、馬の落下地点に配置してやった。
「おお、器用なことをするな」
「えへへ、うまいでしょう?」
「追い剥ぎどもは?」
「まあ、落下して死んでも後味悪いですからね」
―――ゴォッ!!
私は男たちが落下する寸前に、横殴りの風を浴びせてやった。
横に吹っ飛ばされて痛いだろうけど、落ちて死ぬよりはマシだろう。
「馬、お借りしますねー」
比較的おとなしそうな馬を二頭選び、私たちはそれに跨った。
湖まで乗せていってもらおうと考えたのだ。
馬も、悪党に乗られるよりはマシだろうし。
「一応、狼煙を上げておくかな」
勇者は町の警備隊に見えるように、狼煙を上げた。
赤色だ。
赤色の狼煙は危険なことが起きたしるし。
この場に誰かが駆けつけてくれたら、きっと追い剥ぎたちを捕らえてくれるだろう。
ザクッザクッと小気味よい音が鳴る。
「馬のたてがみって、硬いんですね!」
体が上下に揺れるが、それも慣れると心地よい。
「悪党が使うにしては、立派な馬じゃないか?」
この分だと、湖まで楽に到達できそうだ。
もしかしたら、今日のうちに町へ戻れるかもしれない。
いや、でもその先の目的地を決めていないし、もしかしたらもっと先に進むことになるかもしれない。
「馬さん、便利だなー」
私たちはしばし、馬での快適な旅を楽しんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます