【Ep.3 みえないてきと ほうしゅう】②

……


ギィ、ギィとオールを漕ぐ音。

大男さんの子分たちが船を漕いでくれている。


私と勇者は、船にちょこんと乗せてもらっている。

しかし、この人、大きい。

ごちゃごちゃと道具をたくさん携えているが、これがまた一つひとつ大きい。


「いやあ、勇者とはな、驚いた」

「そっちも、商人には見えないね」

「嬢ちゃんも、そんなちっこいナリしてすげえ魔法使いじゃねえか」

「ちっこいは余計です」

「がはは、すまんすまん、しかしなんにしても助かったぜ!!」




雷がやんだ後、大男さんは岸に引き返してきてくれた。

そしてお礼を言って、私たちを乗せてくれたのだ。


「行きはあんなことなかったんだけどよぉ」

「ここ数日続いていたと言ってましたね」


何隻も船が沈められたと言っていた。

魔物が積極的に人を襲うのは、確かに最近では珍しい。


「魔物が活性化してんのかねえ」

「誰かが怒らせるようなことしたんだろう」

「魔物を?」

「ああ、眠っていたのを無理矢理呼び起こす、とかな」




「海の魔物ってのは、ただ通るだけの船には寛容だが、海を荒らす者には容赦しない」

「おそらく船で通った誰かが、悪いことでもしたんだろうよ」


さすが、勇者は博識だ。

私は「海の魔物」なんてものを、全くと言っていいほど知らない。

あの霧状のやつらも、海の魔物なんだろうか。

精霊というやつだろうか?


なんにせよ、怒らせた上に魔法で無理やり押さえつけたわけだから、相手が魔物とはいえあまり気分のいいものではない。


私はなんとなく、海へ向かって祈っておいた。


なんとなく、ごめんなさい、という感じで。




「例えば海で小便なんかしたら、海の魔物は怒るのかねえ?」


商人の大男さんが気楽そうに言う。


「ああ、そうだな。そんなバカがいれば、きっと海の魔物や精霊は怒るだろうな」

「……」


勇者がそういうと、黙り込んでしまった。

え、まさか。


「え、あんた、そんなことしたのか?」

「海が荒れてたのはあなたたちのせいだったの!?」

「なんて罰当たりな!」

「そうだそうだ!」


商人さん一行は、気まずそうにうつむいていた。




さすがに何日も旅をする大型船だと、排泄物の処理は大変だろう。

海に流すこともあるんだろう。


だけどこんな小さな船で、こんな短い航海で、それをすると……


「まあ、ちょうど精霊の目の前でやっちまったんじゃねえかな」


タイミングが悪かった、ということかしら。


「……今度から気をつけよう」


ま、反省しているようなので、私もあまりこれ以上言わないようにしよう。





「そもそもだ、この海自体、すごく汚れているじゃないか」


確かに。

大して深くないはずの海なのに、透明感がまったくない。


「この近隣の人たちの、海の使い方が悪かったのでしょうか」

「ああ、それもあって、海の精霊たちの怒りが爆発したのかもな」


すみかを脅かされていたのなら、精霊たちには同情してしまう。


「あんたたち、反省してるのなら、これから会う王様にでもかけあって、海の使い方の向上を進言しときな」

「ああ……そうしよう」





「そういえば、王様に届けるものって、なんだったんですか?」


私は重そうな布袋の中身が気になっていたので、気を取り直して聞いてみた。


「あ? これか? これは西の地下鉱山で掘り出したクリスタルだ」


大男さんはごそごそと、それを取り出して見せてくれた。

きらきらと白く、青く輝いている。


「わ、すごい、きれい!」

「へえ、こんな量のクリスタルとは、珍しい」

「い、いくら命の恩人とはいえ、これはやれないからな!!」

「……半分」

「おい、勇者の一行がそんな卑しい真似するな」


ベシッ


勇者にはたかれてしまった。




「西の地下鉱山といえば、かなり迷いやすいうえに厄介な魔物も多くて、冒険者は避けるんじゃなかったか」

「冒険者はな。でもおれたちは商人だ。価値のある物のためなら、どこへだって行くさ」

「はあ、すげえな」

「おれたち商人からすれば、あんたら勇者の一行ってのもすげえと思うぜ」

「どうして」

「おれたちゃあ金のためさ、でもあんたらは名誉や平和のために体を張ってる」

「……」


大男さんの言葉に、嘘はないようだった。

お金のために(王様のために?)危険を冒して鉱山へ潜るのも、立派だと思うけど。




……


「おお帰ったか、商人たち」

「は」

「そしてお主らも、道中の助けになってくれたそうだな、礼を言う」


大広間で、でっぷりと太った貫禄ある王様が、私たちを迎えた。

そういえば、私は王様というものに謁見するのは、これが初めてだ。

にこにこと温厚そうだが、目は鋭い。


「で、例のものは?」

「は、こちらに」


大男さんは、似合わない丁寧な言葉遣いと物腰で、クリスタルを王様に見せていた。

王様の目が輝く。




「勇者様は、王様というものに会ったことはありますか?」

「ああ、一度だけな」

「緊張しました?」

「いいや、旅立ちは自由にさせてくれたし、堅苦しくもなかった」


私も、緊張するものだと思っていたけれど、案外そうでもないらしい。

普通にひそひそお喋りする余裕がある。


「あの冠、高そうですよね」

「この謁見の間にあるものすべて、高級品だろ、趣味の悪い」

「……確かに」




「さて、褒美をとらさねばな」

「は、ありがたき幸せ」


大男さん、跪いてる。

でも相変わらず大きい。

私たちはぼーっと突っ立っていた。


「勇者殿にも、なにか礼ができればいいのだが」

「あ、じゃあ宝物庫の鍵を開けてくださ……」


ベシッ


今度は無言ではたかれた。




「もし可能であれば……」


ずい、と勇者が一歩前に出る。


「丈夫な剣を一振り、そして身軽な鎧を調達したい」


実は勇者の剣は、魔法を纏ったせいでひどく傷ついていた。

戦いが終わった後、とても使い物にならなくなってしまったのだ。


「ふぅむ、確かに勇者とは思えぬひどいナリだ。厳しい戦いをくぐり抜けてきたのだろう」

「あ、いやこれは……」

「よかろう、町には通達しておくので、好きなものを見つくろうがよい」

「あ、その、ありがとうございます……」


もらえるものはありがたくもらっておきましょう。

勇者の服のダメージが、主に私からだったとしても、それは言わなくていいことですよね。


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