【Ep.3 みえないてきと ほうしゅう】①
―――
――――――
―――――――――
ぽっかりと紫色の空が広がっている。
私は無意識に指輪を見つめる。
中心の宝石が赤色に光っている。
周りを魔物に囲まれているような感覚。
しかし、何も見えない。
怪しいものは見当たらない。
右手をかざす。
―――カッ
―――ビシィッ
稲妻が辺りを照らす。
その瞬間、辺りには、苦しみ、うごめく魔物の姿が。
姿を消せる魔物だ。
私はまた、右手をかざす。
―――――――――
――――――
―――
「ふはっ」
勇者が間の抜けた声とともに飛び起きた。
私はすでに旅の支度を終えている。
「おはようございます、悪夢でも見ましたか?」
「あ、ああ、おはよう。お前に燃やされる夢を見た」
「ご心配なく、今日は燃える夢ではありませんでしたので」
私は今日、雷の魔法の夢を見た。
あれなら、洞窟は照らせるし、見えない敵も姿を現すし、なかなか便利だ。
「……ちなみに、なんの夢だった?」
「雷です」
「……」
ちらっと勇者は、剣と兜の方へ目をやった。
感電を心配しているのだろうか。
宿から出る際、店主に「この村にゴム製のマントは売っているだろうか?」と聞いていた。
「そんなものはない」と言われて撃沈していたが。
やはり感電が怖いらしい。
勇者のくせに、情けない。
「今日は洞窟を再度抜け、港町まで行くぞ」
「そこでなんとか船に乗せてもらい、ここから北の方の大陸を目指すんですよね」
「というわけで、洞窟でもたもたしている暇はない」
「ええ」
「とっとと突破するぞ」
「はい!」
「じゃあお前はこの松明を持つ係な」
「はい?」
「私の魔法で、また照らせますよ?」
「今日は雷だろ? それが明かりとして使えるとは思えない」
「なに言ってるんですか! 電気は立派に明かりとして使えますよ!」
まだ実用化されていないが、雷の力「電気」を生活の明かりに役立てる研究が進められていると聞く。
いずれ火で照らさなくても、煤の出ない明かりが使えるようになるはずだ。
千年の眠り。
ひと握りの命綱。
試験管の中の神、三つ編みの髭。
轟く咆哮と真実を映す空。
時満ち足りて神罰の鎌。
【夢魔法
―――カッ
―――ビシィッ
響く雷鳴。
そして私の掌に輝く閃光。
―――バチバチバチッ
電気が暴れ回っているが、私はなんとか抑え込む。
「お、おう、またこりゃあすげえな」
「ほら、ちゃんとコントロールできているでしょう?」
「ま、まあな」
「ほらほら、行きますよ。いざとなったらまた魔物を攻撃しますから」
「い、いざとなったらだからな! 最終手段だからな! それ!」
「さあ来い! 魔物たち!」
「戦うのはおれがやるから! お前は照らしてサポートしてくれればいいから!」
……
洞窟を抜けるころ、私の左手には明かり用の雷玉、右手には雷のランスがあった。
さらに腰回りに電気を帯び、バチバチと放電しながら威嚇している。
「見てください! これこそ完璧な布陣です!」
「吹っ切れて、なにがやりたいかわからなくなった前衛芸術家みたいだな」
「なんてこと言うんですか!」
「芸術家に謝れ」
「な、なんてこと言うんですか!?」
「上達するのが早いのは認めるが、粗削りすぎるんだよ」
「も、もっと頑張ります……」
勇者の衣服は無事だが、髪の毛が逆立って、少々しびれているようだ。
狙ったところにのみ放電するコントロールが課題だな、と私は反省した。
……
「船が出ない!?」
雷撃もなんとなく使いこなせるようになり、意気揚々と港町へやってきたが、なんと船が出ないらしい。
なんでも数日前から海がよく荒れて、船が何隻も沈んだそうだ。
「いや、だってこんなにいい天気じゃないですか」
「それが奇妙でよお、船を出した途端、空は黒くなるわ、波は荒れるわで……」
「おれたち、とっとと北の大陸へ行きたいんだが」
「そうは言ってもなあ、そのせいでここ何日も船が出せてねえんだ、他の方法を当たってくんな」
「そんな……」
「どうします?」
「他のルートを当たるか……」
「でも、船以外のルートなんて、ありますか?」
「空?」
「空から……え?」
「お前が空を飛ぶ夢を見るのを待つ、とか」
「なんともお気楽な話ですね」
「お前に言われたくないな」
「おいおいおい!! まだ船は出ねえのかよ!?」
大きな声が響いて、私は驚いて声の主を探した。
見回すまでもなく、その声の主は、民衆から頭一つ突き出た大男のものだと分かった。
重そうな布袋を担いでいる。
「一刻も早く北の大陸の王様に届け物をしねえといけねえってのに!!」
「し、しかし……」
「何日ここで足止めする気だよ!! もう待ってらんねえ!!」
大男と、その周りの子分(と思われる者たち)は、船員たちの制止を振り切り船の方へ向かっていった。
「あ、あれ、止めた方がいいですかねえ」
「……素人だけで船が動かせるとは思えないが」
「行ってみましょう!」
「お、おい!」
私たちは船着場へと、大男たちを追いかけた。
なんだか、嫌な予感がする。
しかし、私たちが向かったときにはすでに、船はゆっくりと岸を離れていた。
小さな船だ。
大波で簡単に転覆してしまいそうな船だ。
ロープをほどいてすぐに乗り込んだのだろう。
「あああ……命知らずな男だよぉ」
取り残された船員が呟く。
「これまで何隻が沈められてきたと思ってんだい」
と、空が曇り始めた。
ぶるっと、大気が揺れた。
ぞわっと、波が揺れる。
「あああ……言わんこっちゃない」
波が渦を作り始める。
風が強くなる。
そして……
「うっ」
「ぐぅっ」
船着き場で様子を見守っていた人たちが、突然苦しみ始めた。
「なんだ? なにが起こってる!?」
「魔物です、たちの悪い」
「魔物!? そんなもん、見えないぞ」
「姿を消すんです!」
私は急いで脳内詠唱を行う。
千年の眠り。
ひと握りの命綱。
試験管の中の神、三つ編みの髭。
轟く咆哮と真実を映す空。
時満ち足りて神罰の鎌。
【夢魔法 神鳴~る】
―――カッ
―――ビシィッ
黒い空に、黄色い稲光。
怒れる稲妻が私の掌に応じてうねる。
―――カッ
魔物が姿を現した。
苦しむ人の周りを、霧状のものが覆っているのが見える。
見えさえすれば、斬れる。
「勇者様! その魔物は、お願いします!」
「お前は!?」
「あちらを!」
高い波の向こうで、大きく揺れている小舟を、私は指差した。
「あ、勇者様! 剣を高く掲げてみてください!」
私は、前から考えていたことを、試してみたくなった。
「こ、こうか?」
「行きます!」
掌を剣に向け、魔力を込めてぎゅっと握る。
―――バチバチバチッ
―――バチンッ
雷が剣に落ち、そのまま纏わりつく。
バチバチと電撃を放ちながら、剣が光っている。
「うお! なんだこれ!?」
「よし! できた! 魔法剣です!」
いつかやってみたいと密かに考えていたとっておきだ。
事前練習なしだったが、うまくいった。
夢魔道士と勇者の共同作業。
うん、なかなか様になっているじゃないか。
「そのまま斬っちゃってください!」
魔法剣の出来に私は満足し、船へと目を戻す。
あの辺りにも、きっと魔物がうじゃうじゃいるはずだ。
こちらは私の仕事だ。
船に当ててはいけない。
精密なコントロールだ。
精神の集中だ。
「ふぅ……」
息を整え、手をかざす。
指輪の宝石が、きらりと緑色に光る。
「はっ!!」
―――カッ
―――ビシィッ
―――カッ
―――ビシィッ
目を凝らす。
―――カッ
―――ビシィッ
指先まで力を込める。
―――カッ
―――ビシィッ
まだだ。
魔物をすべて殲滅するまで、雷を落とし続ける。
「ぁぁぁぁあああああああああああああっ!!」
―――ビシィッ
―――ビシィッ
―――ビシィッ
―――ビシィッ
―――ビシィッ
……
チャプ、チャプと波音。
ようやく空に、海に、静けさが戻ってきた。
遠くに揺れる小舟が見える。
あの大男さんは無事だろうか。
目的のものは、ちゃんと届けられるだろうか。
どれくらいの時間が経ったろう。
どれくらいの魔物を倒したろう。
勇者は、無事だろうか。
しかし、私はまだ、振り向けなかった。
ずいぶんと、疲れた。
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