【Ep.2 りゅうのしれん】②

洞窟の先の「開けた空間」は、とてもきれいなところだった。

優しい木洩れ日の中に、小さな集落があった。

この辺りには魔物もいないようだ。

平和な集落なのだろう。


「まずは、泉の話を聞きましょう」

「まずおれの服だよ!」




……


とりあえずあつらえた勇者の服は、なんだか派手で、笑ってしまった。

兜が不釣合いだ。


「おい、笑うな」

「で、でも、勇者って言うよりも、商人とか遊び人に見えます」

「仕方ないだろ、鎧が売ってないんだから」

「あ、ふ、ぷぷっ、すみません」

「燃やしたのお前だろうが!」




……


集落のそばに、その泉はあった。

その泉のほとりに立った瞬間、すべての音が聞こえなくなった気がした。

それほど、神秘的で素敵な空間だった。

泉の周りには、見たこともない花が色とりどりに咲いている。


「よし、この泉を汲んでいくぞ」

「もう! 勇者様は風情がないですね」

「は? なに言ってんだ、お前」

「こんなに素敵な場所に来たのなら、ちょっと感傷に浸るものでしょう?」

「ちょっとなにを言ってるかわからない」

「もう! 知りません!」




鈍感な勇者を放っておいて、私はきれいな花を摘む。


「おい! 花なんかいいから、ここの泉の水をだな……」


勇者がなにかを言っているが、聞こえないふりをする。

この泉の水を飲めば体力が回復するそうだが、今の私は花に夢中になっていた。

たくさん摘んで、胸いっぱいに花の香りを吸い込む。


「ったく……女ってのはわからん」


勇者が遠くで毒づいているのが聞こえた。

ふんだ。

この花と、きれいな泉とを見て、なにも感じない方が理解できないな。




ざばざばざば……


泉の方で音がする。

なんというか、大胆に汲むのね。

がっつきすぎてるというか。

回復の泉だからって、あんまり汲みすぎると……


ざばざばざば……


なおも音がする。


ちょっと変だな、と思い振り向くと、泉の中心から大きな大きな龍が私たちを見下ろしていた。




「ぎゃあああああああああ!! 龍!! 龍ですよ!!」


みっともなく叫んだのは、断じて私ではない。

私はそんなに取り乱したりしない。

私は颯爽と勇者のもとへ駆け寄り、魔力を両手に込め、迎撃態勢を整えていたはずだ。


「あ、あれ?」


私は腰が抜けたのか、その場から動けずにいた。

勇者が剣で応戦している様子がぼんやりと見えている。


ぼんやりと?


私の目は、少し霞んでいる。




私は座り込んだまま、辺りを見回した。

きれいな花が咲いている。

だけど、その花を見つめていると、より目が霞んでしまう気がする。


しまった……


毒性のある花だったのか……


めいっぱい、香りを吸い込んでしまった……


私は意識が薄れるのを感じながら、手に魔力を込める。


「……よく……燃え~る……」




―――ゴォッ


「あははは!! あはははは!! 燃えてる!! めっちゃ燃えてる!! 弱っ!!」


次の瞬間、そこには花畑を燃やし尽くしながら踊る少女がいた。

少しハイになっていたのかもしれない。

花も灰になっていた。

うん、うまい。


「勇者様! 私のことは心配なさらず、ちゃちゃっと龍をやっつけちゃってください!」


私は花という花をどんどん燃やした。

勇者が毒にやられないように、まんべんなく燃やした。


ちらっとこちらを見た勇者が、この世の終わりみたいな顔をした。




……


よくよく聞いてみると、龍は泉の守り神で、花は不届き者を近づけないバリアだったそうだ。

龍さんが優しく教えてくれた。

私はただ正座して、花を燃やした愚行を詫びることしかできなかった。


「お前……村でなにを聞いてたんだ」

「だ、だって、勇者様も、戦ってたじゃないですか」

「だからあれは、単なる腕試しなんだって」

「は、花の毒で少し混乱していて……わかりませんでした」

「だからそれも村で聞いてたろ、花に近づきすぎると危ないって」

「……」

「それも聞いてなかった、と」

「……」




やばい。

勇者が私に向ける目線がやばい。

汚物を見るような、「僕すごく軽蔑してます」的目線だ。

あるいは可哀想なものを見て憐れむ目線だ。

教会で静かに神父様の話を聞いていたら、空気を読まずに飛び込んできて暴れた挙句ひっくり返って死んだセミを見るような目だ。


「あ、あの……」

『頭は少々弱いようだが、あの魔力はなかなかのものだった』


龍さんがさりげなくフォローしてくれる。

優しい。


「前半部分が、致命的かもしれない」

『知性ではなく感性で魔力が操れるということは、強い魔道士の証拠だ』

「そうかな……」


なんとなく馬鹿にされている感じは否めないが、龍さんは怒らずにいてくれた。

花もすぐに生えてくるらしい。




魔物の中にも、人間に危害を加えないタイプのものがいる。

動物の中にも人間に危害を加えるものがいるのと同じように。


龍の多くは人間に関わりを持たないが、縄張りに入ると途端に狂暴になるものがほとんどだ。

ただここの龍さんのように、なにかしらの守り神として君臨するものは、人間の干渉に寛容であることもある。

お互い過干渉にならず、うまく共存できる場合があるのだ。


さらに言えば、人間のために力を貸したりする、家畜や愛玩動物に近い関係のものもいる。


この旅の中で、色んなスタンスの魔物と出会えるかもしれない。


それは少し、楽しみだ。




私たちは集落へと戻る。

今日はもう遅い。

ここで夜を明かし、明日、また洞窟を抜けて先へ進むことになった。


「回復の泉がたくさん汲めて、よかったですね♪」


ちらっとこちらを向いた勇者は、やれやれという表情をした。

やれやれと、声を出していたかもしれない。


「お前のそのお気楽さ、今はちょっといらないな」

「そうですか……」




私はちょっと反省をした。

確かに、集落での情報集めの時にちゃんと話を聞いていれば、花を摘んだりはしなかっただろう。

慌てて花を燃やす必要もなかった。

龍が出ても、取り乱さずに済んだのに。


……あれ?

……私、全然ダメだ。

……足しか、引っ張っていない。


そう考えだすと、胸がきゅっと苦しくなる。

私、なんのために彼と一緒に来たのだろう?

うつむくと涙がこぼれそうで、でもうつむかずにはいられなかった。




「……ま、旅は長いんだ、しっかり頼むぞ、相棒」


勇者の温かい手が、私の頭にポン、と乗せられる。

うつむいたままの私は、一筋流れた涙を止められなかった。


「……ひゃい」


涙声なのが、ばれそうだ。

急いで目元を拭く。


「お前は、泣き虫だな」


勇者がぼそっと、呟く。

ばれていた。

そう、私は泣き虫だった、気がする。




私の母は、優秀な魔道士だった。

泣き虫な私をあやしながら、眠りの指輪で眠らせてくれた。


その昔、魔王の討伐に成功したと聞いたことがある。

だけど、誰もその話をしなかったし、母も詳しく教えてくれなかった。

寝る前にその話をせがんでも、母は笑って首を振るだけだった。


せっかく魔王を討伐しても、繰り返し生まれるのであれば、討伐隊を褒め称えている暇もないのだろうか。


私たちが倒せたとしても、無駄ではないか、という問いは心の奥に閉じ込めた。


「魔王……倒しましょうね」


勇者は声に出さず、でも力強く頷いた。


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