【Ep.2 りゅうのしれん】①
―――
――――――
―――――――――
真っ暗な洞窟。
天井から垂れるしずく。
目の前になにかがいる。
うじゃうじゃと。
人のような形をしているが、人ではないものたち。
背後の勇者を守らなければ。
私は手をかざす。
―――ゴォッ
あたり一面、火の海に。
洞窟の岩肌が照らされる。
魔物は燃え、形を崩していく。
人型のそれらは、うめき声をあげ、灰となり、風に舞う。
―――――――――
――――――
―――
「……っ」
私は小さなベッドの上で目覚めた。
反射的に左手の指輪を見る。
中央に埋め込まれた小さな宝石が、緑色に光っている。
よかった、緑色か。
そっと隣を見ると、毛布にくるまって勇者が眠っている。
昨日はたくさんの魔物を倒して、素材を集めて、次の町で換金をした。
たくさん出てきたトカゲは大したお金にならなかったけど、ここは大陸の端だから仕方がない。
戦闘に疲れた私たちは、町の宿屋で休んだのだった。
そういえば、さっき見た夢は炎の魔法が使えたな。
今日はボウボウ燃やして活躍しちゃうぞ! と、私はテンションをあげる。
今日も、旅が始まる。
「おはようございます! 勇者様!」
私は明るく勇者を起こす。
「……ん、おはよう」
「さあ、今日もはりきって参りましょう!」
「寝起き、いいね」
「はい、夢魔道士ですから!」
「どこの鶏が鳴いているのかと思ったよ」
「誰が鶏ですか!!」
夢魔道士が夢心地でふらふらしてたら、シャレにならない。
朝はシャキッと! が私のモットーでもある。
今日は大陸の中心へと続く洞窟へ向かう予定だ。
昨日は海沿いの平和な草原だったので、大した魔物は出なかった。
もっと魔王城に近いところや人の少ない地域なら、強い魔物がいるから貴重な素材がたくさん手に入るはず。
「今度はもっと、ふかふかのベッドで寝たいですね」
「魔王を倒す旅に、贅沢は言ってられないだろ」
今は貧乏旅だけれど、その分たくさん戦闘を経験して、力をあげていくことができる。
私も、勇者も、もっと力をつけて、いずれは魔王を。
そう考えると、とてもワクワクする。
宿屋を後にし、私たちは洞窟へと向かう。
武器や防具を買いたいけれど、今はまだそんな資金がない。
「薬草、たくさん買っておきましたよ」
「ああ、ありがとう」
「いつかは素敵なローブとか、ほしいですね」
「おれももっと性能のいい剣がほしい」
勇者の言葉は、昨日に比べて少し砕けた感じになった。
私のことも、「君」ではなく「お前」と呼ぶ。
でもそれは、高圧的なのではなくて親しみを込めたものである、と思う。
私にはなぜかその呼び方が、とても懐かしく、また居心地のいいものに感じられた。
「あれ、お前、杖は?」
しまった、杖(という設定の棒きれ)を宿屋に忘れてきた。
「……宿屋か?」
「……はい、そうみたいです」
「仕方ない、戻るか」
「い、いえ、それには及びません、私は……」
私は慌てて足元の棒きれを拾う。
それをシュッと振りつつ、優雅に決める。
「優秀な魔道士ですから。優秀な魔道士は、杖を選びません」
「そんな棒きれひとつで、大丈夫なのか?」
勇者は明らかに不安そうな顔をしている。
昨日の棒きれとさして変わらない物のはずだけど……
「大丈夫です。勇者様も、剣聖と呼ばれたらなまくらで戦えるようになっているでしょう?」
一瞬丸め込まれそうだったが、しかし勇者は反論してくる。
「いやいや、お前はまだ大魔道士ではないだろう?」
むむ、痛いところを突いてくる。
「とにかく大丈夫なんです、見ていてもらえればわかります」
「ふうん」
「それより今日はボウボウ燃やしますからね? 覚悟しててくださいね?」
「おれを燃やすつもりじゃないだろうな」
「そういう意味で言ったんじゃありません!」
「そういう意味に聞こえたんだ」
洞窟の入り口には、「魔物多数、危険」の看板があった。
「この洞窟を抜ければ、山脈の内側に出られるはずだ」
「地図通りだとすると……このあたりですね」
バサッ、と私は地図を広げる。
昨日印を付けたこの洞窟の入り口から、少し離れた「開けた空間」に辿り着けるはずだ。
ここに、小さな村と不思議な泉があるらしい。
私たちはそれを目指している。
「よし、行くぞ」
……
「これは……暗いな」
洞窟には当然明かりなどなく、入って数歩でなにも見えなくなってしまった。
「仕方ない、戻ろう」
「ええ? 戻るって勇者様……」
「松明がないと、とてもじゃないが進めなさそうだ」
「あ、ちょっと待ってください勇者様」
私は勇者を制し、昨日見た夢をイメージする。
千年の眠り。
ひとかけらの紅玉。
天秤にかけるは火薬、壁に隠すはガマ油。
空駆ける龍尾と舌の上の血溜まり。
時満ち足りて黒炭の棺。
【夢魔法 よく燃え~る】
―――ゴォッ
生まれた火球を飛散させてしまわないように、手のひらに留める。
それはゆっくりと回転しながら、だんだんと私の手に馴染んでくる。
「ほら、これで明るいでしょう?」
「はあ、便利なもんだ」
火球であたりを照らしながら、私たちは洞窟を進んでいった。
「お前は熱くないのか?」
「ええ、自分の魔力で焼かれる魔道士は、ちょっとみっともないでしょう?」
「確かに」
「熱いですか?」
「いや、大丈夫」
洞窟を進んでいくと、突然がらりと音がして、壁が崩れ落ちた。
「?」
崩れ落ちた岩は、ごろごろと動き出し、人を形作る。
「魔物か!?」
言うが早いか勇者は斬りかかる。
―――ガキィン!
―――ゴキィン!
岩とはいえ、勇者の剣で削られ、魔物は苦しそうだ。
しかし数が多い。
そして硬い。
―――ガキィン!
―――バキィン!
音が洞窟に響く。
魔物はどんどん数を増やし、取り囲まれるような態勢になってしまっている。
勇者は、背後にまで気を配る余裕がなくなっている。
それを見て、勇者の背後の魔物が大きく腕を振り上げた。
「危ない! 勇者様!」
私はとっさに、火球を放っていた。
―――ゴォッ
「ぎゃあああああ!!」
断末魔とともに、魔物が燃えていく。
岩でも、私の魔法で燃やせるようだ。
どろどろと溶けたり、ぶすぶすと炭になったり。
それを見て気を良くした私は、次々と火球を作っては魔物に叩きつけた。
―――ゴォッ
「熱い! お前! おい、熱い!」
勇者を取り囲んでいた魔物は、全滅していた。
その威力に、私は満足げにうなずく。
これなら、この洞窟も難なく通り抜けられるだろう。
「おい! こら! 熱いって言ってんだよバカ!」
燃えている勇者の服の裾をばたばたと消してから、たっぷりとお説教を食らった。
「お前の魔法の威力は分かったが、おれまで燃やしてどうする!」
「取り囲まれていたから危ないと思いまして……」
「おれは背後の敵にも攻撃できるように鍛錬してきたんだよ」
「そんなこと知りませんでしたし……」
「あとお前、火球を敵にぶつけたら明かりがなくなるだろうが!」
「同時に二つ出せるように頑張りますから!」
洞窟で、勇者の叱咤激励というか罵倒を受けながら、私の魔法は上達した。
……と思う。
「右手の火球が拡散してるぞ! 集中しろ!」
「威力が弱い! まだ魔物が燃えてないぞ!」
「おれを見るな! 魔物だけ見てろ!」
「おれじゃない! こっちを見るな!!」
「やめろ! こら! っちょ! やめろ!!」
……
洞窟を抜けるころ、私の左手には明かり用の火球、右手には砲撃用の火球があった。
さらに足元にまとわりつく防御用の炎の盾があった。
「見てください! 完璧な布陣です!」
「魔王の側近にそういう魔物がいそうだな」
「なんてこと言うんですか!」
「頼むからおれの方を攻撃するのはもうやめてくれ」
「コントロールが難しいんですよ!」
勇者の衣服はあちこち焦げてしまっていた。
私の魔力のコントロールは、まだまだ上達させなければ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます