【Ep.1 はじまりのあさ】②
「その指輪はなんなの?」
「これですか?」
私は指輪を勇者に見せる。
母からもらった大切な指輪。
通称、眠りの指輪。
「これを額にかざすと、問答無用で眠りに落ちるんです」
「なにその邪悪な兵器」
「邪悪じゃないです! 私の必需品ですよう」
まあ、それだけではないんだけど。
その先は言わないでおいた。
「君がいれば、もう旅に出られるかな」
「私、近接戦闘は一切できませんよ?」
「それは、おれがなんとかするから」
「でも二人で旅する勇者様って、少数派ではないですか?」
だいたいの勇者は3人か4人パーティを組む。
ま、噂でしか知らないけれど。
「ぞろぞろと旅のお供を連れて歩く資金はないんだ」
「ははあ、なるほど……」
「とにもかくにも、この大陸を早いところ出ないとな」
「魔王を倒すには、魔王城へ行かなければなりませんよね」
「ああ、大変な旅になるだろうな」
「私が魔王城へひとっ飛びしてバコーンと倒す夢を見れば解決ですね」
「いやいや、今すぐ魔王城へ行っても塵にされるだろ」
「塵にされない夢を見れば、解決ですね?」
「そんなに自在に夢を見られるのか?」
「無理ですけど……」
「……」
町の商店で、私と勇者は買い物をした。
火打石や水筒、テントや食料、薬草などなど。
私は家に立ち寄るついでに、杖っぽいいい感じの棒きれと、本棚の魔道書を持ってきた。
本当は私の魔法に杖なんて必要ない。
夢の中の出来事を思い出して、魔力を集中し、詠唱を行うだけ。
魔道書だって、ほんとはもう必要ない。
夢魔法の多くは母から教わったし、魔道書の中身はすべて頭に入っている。
というか、この魔導書自体、母が書いたものだった。
私の宝物だ。だから持っていく。
手ぶらの魔道士はちょっとかっこがつかないものね。
「君の魔法は、直前の夢しか具現化できないのか?」
勇者と町を出発して、草原を歩く。
身軽だ。
旅の出発なんてものは、こんなにもあっさりしているものなんだ。
「ええ、だから、昨日の夜に見た夢はもう、無効なんです」
「長い夢を見られれば、それだけたくさんの魔法が使えるということ?」
「えーっと、多分」
「昨日はなんの夢を見たの?」
「えっと……」
あれ?
思い出せない。
昨日は夢を見たっけ?
「夢、毎日見るの?」
「……はい」
指輪を使えば、必ず夢を見る。
そこで自分の思いのままに動くことができれば、私は最強の魔道士になれるはずだ。
……まだ、そんなことは不可能だけど。
「夢の精度を、私も上げていかないといけませんね」
「おれも、剣の腕に磨きをかけなきゃあな」
ははっと笑う彼は、普通の、素敵な青年だった。
なんだかその笑顔は、見たことがあるような気がした。
彼に仕えることができて、幸せかもしれない。
【よく冷え~る】のおかげで、町の外では敵なしだった。
勇者もザクザクと魔物を斬り、順調に旅は続いた。
ただ、私のこの魔法では、勇者の傷を治すことができない。
「君のその魔法は便利だけど、それ以外の魔法は使えないのか?」
ほら、もう見抜かれてしまった。
「私が今日酒場で見た夢は、この魔法だけでしたから……」
「それじゃあ、炎の魔法や雷の魔法も?」
「ええ、今は使えません」
勇者は微妙な表情を浮かべている。
そりゃあそうだよね。
一種類の魔法しか使えないなんて、魔道士としては初心者同然。
「……いずれたくさんの魔法が使えるようになるのかな?」
「……たくさん眠れれば、たぶん」
「敵前で寝るってこと?」
「それは、ちょっと、危険ですね」
「ちょっとじゃないだろ」
呆れながらも、彼は少し笑っている。
よかった、幻滅されたかと思った。
「おれも、剣の腕をもっともっと磨かないといけないからな」
「ゆっくり行こうぜ」
そう言って、励ましてくれた。
勇者というのはもっと無骨で自分勝手かと思ったが、案外そうでもないらしい。
「おれが剣聖と呼ばれるレベルまで腕を上げ、君が自在に夢を見られるようになれば……」
「最強ですね?」
「魔王なんて、何度でも倒してやる」
「伝説になれますね?」
「ははっ」
「しかし攻撃はともかく、確実な回復手段はほしいな」
「ですよね」
「回復魔法は?」
回復魔法は……知っている。
いつか夢で見た……気がする。
「夢で見たことはあります、でも……」
「でも?」
「私一人では、その効果のほどはよくわかりませんでした」
「どうして」
「私、最初から元気でしたから」
「……なるほど」
「その魔法、今使えないのか」
「えっと……」
実は、以前であっても夢に見ていれば詠唱することはできる。
だけど、その効果はほぼなし。
それが私の魔力といえばそれまでだけど……
「一応、やってみましょうか」
私は脳内で、思い出しながら詠唱を行ってみた。
千年の眠り。
ひとときの休息。
時の流れに逆らい、人の理を嗤う。
体内の戦場にうつろう白煙。
時満ち足りて息吹くは梅花。
【夢魔法 キズ治~る】
「……どうでしょうか」
「……少し気分がよくなった、気がする」
「本当ですか!?」
「……いや、気のせいかもしれない」
やっぱり、昔の夢だとダメみたい。
これができるようになれば、もっともっと勇者の役に立てるのに。
「しかし、やっぱり名前がひどいな」
「いいじゃないですか、それは!!」
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