夢をみたあとで
モルフェ
【Ep.1 はじまりのあさ】①
―――ギィィ
軋んだ音とともに、酒場の扉が開かれる。
勇者の証、光り輝く兜を頭に被った青年が、酒場に入ってくる。
「よぉ、久しぶりじゃねえかい」
酒場のマスターが気さくに話しかけている。
「おめえさんもついに、仲間を決めて旅立つのかい?」
顔見知りのようだ。
私も、彼の顔を知っている。
この町の、新しい勇者なのだから、誰もが彼を知っているだろう。
ただ、彼は私のことなど、知らない。
「剣の扱いはもう大丈夫だ。ここ数日で、ひととおり試し斬りをしてきた」
「はっは、そりゃあ頼もしい」
「仲間がほしい」
「ああ、それなりには揃ってるけどよう」
マスターは遠慮がちにちらちらと酒場のメンツを見回す。
卑屈な笑いがその顔にこびりついている。
「今どき魔王を倒すだなんて、血気盛んな奴がいるかどうか……」
「……だろうな」
ふぅ、と勇者は溜息をつく。
その答えを予想していたのだろう。
魔王なんて、倒しても倒しても、どこかで必ず復活するのだ。
そんなことを、我々人類は何度も繰り返してきた。
「討ち滅ぼすのではなく共生の道を!」
と叫んで魔王城に向かった勇者もいたらしい。
その後勇者がどうなったのかは知らないが、共生の道などなかったということはわかる。
まあ、村や町の中に魔物がいることもある。
人間に混ざって暮らしているものもいる。
共生しようと思う魔物も少なからずいるのだ。
しかし、魔王軍全体としては、そんな存在はごく一部の塵みたいなものだ。
今も、魔王は人間を滅ぼそうと侵略を続けている。
「1人でもいい。魔法のサポートをしてくれる仲間がほしい」
「魔法か……うーん」
うってつけだ。
私は魔法が使える。
今日、この日のために、鍛練を積んできたのだ。
「……あの、魔法なら、私、使えます」
私は思い切って、勇者に声をかけた。
普段は人と接するのが絶望的に苦手な私でも、このときばかりは勇気を振り絞った。
「君が?」
「……初顔だね?」
二人は私の方を見て、首を傾げる。
半信半疑、嬉しさちょっぴり、てな顔だ。
「私、夢魔道士です」
「夢魔道士?」
そんな魔道士聞いたことない、てな顔だ。
そりゃあそうだろう。
私の母が考えた名前だもん。
「夢をみたあとで、その夢の中で起こったことを現実にすることができる魔法です」
「……ふうん?」
あら、まだ半信半疑、てな顔だ。
「試してみましょうか?」
「試すって?」
「私の魔法、見てもらいたいんです」
そう言って私は、左手の指輪を額にかざす。
目をつぶり集中。
人がいるのだから、今回はあまり長く眠れない。
調整が必要だ。
段々意識が遠のく……
―――
――――――
―――――――――
なにもない草原。
灰色の空。
目の前に魔物がいる。
緑色の大きいトカゲだ。
私はすっと手をかざす。
―――ピキンッ
あたり一面、ひび割れる。
灰色が濡れる。
すべてが凍る。
目を剥いた間抜けなそのトカゲは、氷柱の中で息を止める。
―――――――――
――――――
―――
「っは!」
「……」
ガヤガヤとした喧騒が徐々に耳に馴染んでくる。
目を数回瞬かせる。
「……起きた?」
目の前には、呆れ顔の勇者。
そりゃそうだよね、いきなり寝たら呆れるよね。
「どれくらい寝てました?」
「一分くらい」
いつもよりはうんと短いが、なにも知らない人からしたら一分の瞑想は長すぎたかもしれない。
さっさと次に移ろう。
「さ、では外へ行きましょう」
「外へ?」
「私の見た夢を、現実に変えて見せます」
私は勢いよく酒場の扉をギッと開ける。
太陽が目に眩しいけれど、なんだかとても快調だ。
勇者はマスターと顔を見合わせ、私の後をついてきてくれた。
マスターは苦笑し、私たちを見送る。
町の外の草原に出ると、私はトカゲを探した。
「なあ君、見たところ杖がないようだけど、どうやって魔法を使うの?」
勇者が私に尋ねる。
そうか。魔法使いといえば、確かに杖が必要かもしれない。
「今日は勇者様に会えるかわからなかったので、家に置いてきちゃいました」
私は嘘を吐く。
杖は早いところ調達しておこう。
「でも、杖なしでも大丈夫です」
私は得意げにウインクして見せる。
私のウインクは母に「歯が痛いの?」とよく言われたものだが、今日は可愛くできただろうか。
勇者は肩をすくめただけだった。
がさがさ、と音がして、トカゲが現れた。
夢とは違う、黄色だった。
「あ! 勇者様! トカゲです! 出ましたよ!」
「あん? 君、トカゲを探してたの?」
勇者は腰の剣に手をかける。
「でもそいつ、魔物だよ」
ふっと勇者がトカゲに斬りかかろうとする。
この世界に魔王軍が現れる前、トカゲといえば手のひらに乗るサイズだったそうだ。
それが、魔王軍が現れてからというもの、妙な生物がうろうろするようになり、それまでいた生物は数を減らした、らしい。
それまでの生物を「動物」、新しく現れた生物を「魔物」と呼び分けるようになった。
魔物の多くは進んで人間に危害を加えようとし、動物の多くは人間も魔物も怖がって近づかなかった。
動物の中には、魔物化して狂暴になったり大きくなったりするものもいた。
トカゲはそのいい例だ。
ワニとの違いはアゴで攻撃するか爪で攻撃するかくらいだ。
このトカゲをちゃちゃっとやっつけて、勇者に私の実力を示さなければ。
―――ピタッ
私の制止の手を見て、斬りかかろうとしていた勇者は足を止めた。
さすが、反射神経は抜群ね。
「なぜ止める?」
「私の魔法を見てほしい、と言いましたよね」
「でも、敵が」
「私が、倒しますから」
私は脳内で詠唱を行う。
千年の眠り。
ひとかけらの雪玉。
悪魔に売り渡した聖水と、天使に奪われた殺意。
脳内の亡念と記憶の底の飛沫。
時満ち足りて水面には幻影。
【夢魔法 よく冷え~る】
―――ピキンッ
辺りの草を巻き込み、可哀想なトカゲは氷柱の中で眠る。
―――ゴォッ
冷たい一陣の風が私たちの隙間を通り過ぎてゆく。
「こりゃあ、すげえ……」
ぽかんと口を開け感心する勇者。
第一印象の悪さは、もう払拭できたかな……?
「君の魔力を侮っていたようだ」
「私を連れていってくれますか?」
「ああ、魔王討伐に、力を貸してくれ」
私はにっこりと頷き、彼と固い握手をした。
この日のために、私は鍛練をしてきたのだ。
魔王を倒すため、私の魔法が役に立つ日を、ずっとずっと待っていたんだ。
その旅が、今始まる。
「……しかし、あの魔法名はなんとかならないだろうか」
私はそれには答えず、にっこりと微笑み、勇者の後を歩いてゆく。
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