探し物は何ですか
「お疲れさまでした!」
「山田君もお疲れさま。いやぁ良く働いてくれるから助かるよ、明日もよろしくね」
「はい、店長! それではまた明日」
山田という男は好青年で近所やバイト先での評判は高かった。快活で誰からも好かれ仕事熱心。女性からも良く好意を寄せられていたが今現在不思議なことに特定の相手はいない。そんな彼が帰宅した頃既に日は沈みかけ、辺りの様子を判断するのには中々骨が要った。だから部屋の前で厳つい男が待っている事にも階段を上がって行くまで気が付かなかった。
「山田直也、だな」
「な、誰だアンタは!?」
「警察だ。そんでこれ許可状。この前殺人事件がここから離れた所にあってね、ちょっと部屋を見せてもらえるか」
「け、警察……!?」
山田は驚愕した。世間では未解決事件と騒がれていて油断していたのに蓋を開けてみればコレだ。話が違う、と叫んで逃げたかった。
(いや、でも)
だが山田は思い直す。本当に自分を容疑者と疑うのならばたった一人で訪れることは無い。恐らく怪しい奴が複数いる内の一人なのだ自分は、と。
(ならば大丈夫。そもそもあの時使った凶器や衣服の類は全て捨てた。問題ないはずだ、アレさえ見つからなければ……!)
するとさっきまでの驚愕した顔から一転して、近所でも評判の爽やかな顔で山田は扉を開け刑事を部屋に案内した。だが刑事は扉を開けたまま玄関で立ち止まっている。これはどういう事だろう。
「ちょっと刑事さん扉を閉めて早く調べるもの調べてくださいよ」
「悪いが少し待ってくれるか」
「はぁ」
何か様子がおかしい。本当に刑事だろうかこの男は。だが先ほど見せてもらった手帳は本物の様だったし令状もあった。そうすると一体何をしているのだろう。しばらく待っていると足音が複数聞こえてくる。
(まさか応援!? 馬鹿な、一人じゃなかったのか。とするとかなり怪しんでいることになるが……。)
そんなことをあれこれ考えていると扉から二人現れた。一人は大学生か社会人かは分からないがもう一人は制服を着ている。中学生か高校生かは不明だがとにかく、この場にふさわしくないという事だけは事実であった。山田は声を荒げる。
「何なんだお前ら!」
「ああ、いいんだ。こいつらは警察が直々に依頼した二人組なんだ、問題ない」
「な、どう見ても学生じゃないですか!?」
「問題ない。さて早速部屋を見せてもらうか」
だが刑事に制されてしまってはどうする事も出来ない。まあ学生に何が出来る訳でも無いだろうから山田はこれ以上騒ぐことは止めた。
「で、どんな事件があったんですか?」
「知らないの? ここから数キロ離れた所で女性が殺される事件があったんだが」
努めて何も知らないかのように山田は話しかける。だが逆に刑事には訝しまれたようだ。慌てて、ああアレか、と合点がいったふりをした。それを見てまた物探しへと戻る刑事。山田はホッとしたがやはり何か変だと思った。恐らく凶器や証拠の類の物を探しているのだろうがそれにしては絨毯の下や風呂場などはチェックしない。タンスの引き出しも奥まで探すことはせず一度開けたら次へと向かう、こんなぬるいのが本当に家宅捜査なのだろうか。
そこまで考えた所で少女がクローゼットを開ける。びくりとしたが大丈夫だろう、あそこは物が多い。それにこんなやる気のない探し方だとすると一生見つからないはず。そう考えていると少女は迷うことなくとあるリモコンを取った。
(マズイ! しかし、なぜ!? 凶器を探しているんじゃないのか!)
山田が考えていることが丸わかりなのだろう、厳つい刑事が説明をする。
「山田直也、俺らは別に凶器を探しに来たんじゃねえんだよ」
「え……?」
そして少女がリモコンの蓋を開き中から肌色の細長い何かが落ちてくる。
――終わった。
山田はもう刑事が何を言うかなど気にも留めなかった。
「被害者から失われた薬指、それを探しに来たんだ。さて、何でそんな物がお前の部屋にあるんだ?」
「ぐ……うう……うぁああああ!」
言い逃れの出来ない動かぬ証拠が白日の下へと晒されたのだ。山田に残された選択肢は無意味な咆哮を上げる事だけだった。
(上手くいったかな)
橘は無様な声を発している男を見て、何とか物事が順調に進んだ事に息を吐いた。
ここに向かう少し前、三人は女の霊から事件のあらましや犯人の情報を聞いていた。女によると事件当日の夜、帰宅途中後ろから男に突然声をかけられ警戒していると別の男が現れ最初に声を掛けた男を追い払った。お礼を言ってその場を去ろうとしたが男に心配だから家の近くまで送ると言われてしまう。好青年だったしさっきの手前無下にする事も出来ず近くまでなら、と了承したが仕事続きでプライベートなどなく心身ともに疲れていた女性にはこの男の甘い囁きは毒だった。
家の近くまで、と最初は言っていたのに十数分ほど歩きながら雑談しただけで気が付けば男に好意を寄せてしまっていた。家の前まで着いたところで律義に男が去ろうとするのを呼び止めてしまい部屋の中でお茶を飲むこととなり眠りに落ちて気が付けば目の前に自分の死体があった。
最初は混乱したがしばらくして冷静さを取り戻す。どうやら自分の死体に強く魂が惹かれているようだという事に気が付いた。そしてもう一つ、弱弱しいが不思議な気配が遠くにあった。時折その反応が弱くなったり強くなったりをしていて疑問に思う。とりあえずその気配に釣られるまま探していきとある部屋に入った所恐らく自分を殺したあの男がいた。最初確信は持てなかったが男が大事そうに眺めているモノを見て断定する。
何故ならそれは自分の指だったからだ。そして男がそれを服にしまうと反応が弱まりそのまま布団に包まって寝るともはや分からなくなった。どうやら何かで覆われるたびに自身とそれとを繋ぐラインが薄れるようだ。
この話を聞いて古河は男の部屋から凶器ではなく指を見つけ出すことにした。令状は無かったので適当にでっち上げた。そしていきなり三人で部屋の前で待っていては警戒されるであろうからまずは古河一人で部屋の前で待ち、橘と如月は建物の陰に隠れることになったのだ。そうして部屋の中に入り女とのラインを妨げそうなものを開けていき、女からの声を頼りに如月が見つけ出したのだ。
(あとは刑事さんが上手いこと令状の件がバレないように立ち回るだけだな)
そう思っていると何と如月が男の前に立った。一体何をするつもりなのだろうかとハラハラしていると、
「何で指を奪ったの?」
そう木刀を構えながら言った。どうやら女の霊の代わりに質問しているようだ。すると、もはや呻き声に近いものを上げていた男が急に静かになり視線がギョロリと如月を捉える。思わず少し怯んだ如月の様子を見て男はニタリと笑った。
「指ってさぁ不思議だよね。それだけで職業をある程度予測したり性別も何となくわかったりする。非常に魅力的だ……。その中でも僕は左手の薬指が非常に魅力的に感じてね、お店で彼女の指を見たとき運命だと思った!」
急にテンションを上げてくる男に異様なものを感じているようだがそれでも如月は質問を止めなかった。恐らく幽霊の為なのだろうがそこまでする義理はあるのだろうかと橘は不思議に思う。これ以上言葉を交わしていると敵意が飛んで来るかもしれないのに。一番大事なのは自分自身ではないか。
「お店って?」
「バイト先さ! お釣りとレシートを渡す際彼女の指から目が離せなくて困ったよ! それから浮浪者を金で雇い機会を狙って一芝居を打ったってわけさ」
「……最低」
そう軽蔑の眼を向ける如月だったがその声は震えていた。男の目線が木刀を持っている如月の指に行きそして口角を上げながら涎を垂らし始めたからだ。
「君の指も可愛いねぇ。凄く魅力的だ……。僕はね彼女の指を口に入れている時これ以上の幸福があるのだろうかと言うくらいこの世で一番幸せだった。何度絶頂しただろう。幸せの最中にいるにもかかわらず頭のどこかは不思議と冷静でそれが得も言われぬ快感でもあったんだ。でも君の指はもしかしたらさらにその上を行くかもしれない……!」
「おい黙れ! もういい如月外に出ていろ!」
古河が男の発言を止め如月を外に出そうとするが何故か如月は動かない。いや動けなかったのだ。不思議に思った橘が如月を見ると顔は怯えて恐怖に震えていた。妖怪や悪霊相手に立ち向かっていた少女とは別人のようだった。
思えば昼頃、遺族との会話の時も橘は不思議に思ったのだ。鏡を投げられるなんて如月の身体能力からすると大したことが無いはず、なのにあろうことか目を瞑り動けなかった。もしかして如月は普通の人間の悪意や敵意に慣れていないのかもしれない。そこまで思考したところで男がまた何か喚きだした。
「おっと手が震えて良く見えないな、頼むから動かないで良く見せ――」
だが続く言葉が男から発せられることは無かった。男の首元からわずか数ミリ離れた所で木刀が壁に突き刺さっていたからだ。そして眼前には冷たい目をした橘が立っていた。手には木刀。橘は如月から木刀を奪い男の視線の隙に近づいて力の限り木刀を突き立てたのだ。別に男に当たってもいいやと思う気持ちで。
「それ以上汚い口を開くと次はそこに突っ込む」
「あ、あ……」
橘が怒気を孕んで凄むと男は先ほどまでの狂気はどうしたのかすっかりと静かになった。それを見て橘は木刀を返し如月を連れて部屋から出ようとする。出る際古河に無茶をするなと頭を軽く小突かれたが不思議と色んな感情が込められているような気がして悪くは無かった。痛みはあったが橘は何となくこれは覚えておくべき様な痛みな気がした。夜風が染みる。
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