遺族との会話

 途中で昼食を済ませ女の実家に到着したころには正午をとっくに過ぎていた。古河は車で待っているよう告げたが二人は既に車を降りて家の前にいた。どことなく重たい雰囲気のある家でインターホンを押すのには勇気が要る。

 

 橘が戸惑っていると先の発言の通り刑事である古河がインターホンを押して挨拶を交わす。本題に入ろうとすると家の中から女性が現れた。どこか余裕が無さそうでしわや白髪が目立つ。恐らくは最近になって出来たモノであろうそれは、強いショックやストレスがあった事を告げているようだった。


 古河は少々予定と異なってしまったと言う表情で二人を見た。ここから先、恐らくはあまり気持ちの良いやり取りにはならないだろう。二人を外に待たせ古河自身は家の中で話を聞くつもりだったようだがこうなってはしょうがない。すまん、と語るように目配せをし話を進めることにする。勝手に下りた二人が悪いのだがやはりこの男は大人である。


「こんにちは。警察ですが改めて昨月の事件に関係する娘さんの話を聞きたくて――」

「もうお話しするようなことはありません。あなた達がやるべき事は残された人間の心をえぐる事ではなく早く犯人を捕まえる事です」

  

 にべもなく追い返そうとする女性。恐らく事件解決のため躍起になった警察連中にある事無いこと聞かれ、精神的に随分と参っているのだろう。これ以上古河が――警察が口を開くのはあまりよろしくないようだ。

 とはいえこのままドアを閉められて中にこもられてはせっかくここまで来た意味が無い。そこで橘が何か言おうとした瞬間遮るように如月が声を発する。


「待ってください、事件解決の為なんです。何か娘さんの好きなモノとかありませんか? 心が落ち着く思い出のモノとか――」

 

 そこまで言って如月は口を噤む。怒りを隠そうともしない女性の顔に何も言えなくなったのだ。


「あんた何なの? あんたらには分からないでしょうけどこっちは大切な娘を失って辛いの。それなのに警察は散々根ほり葉ほり聞いたのに『何か隠しているんじゃないか』と疑う。ふざけるんじゃないわ!」

「奥さんの気持ちは良く分かりま――」

「あんたに何が分かるの!?」

  

 何とか古河は女性をなだめようとしたが逆に怒りを買ってしまい物凄い勢いで突き飛ばされる。耐える事も出来たがここはやられておいて方が怒りを静められると思ったのだろう、そのまま地面に転倒する。だがそうすると今度は如月に矛先が向いてしまった。玄関に置いてあった手持ちサイズの鏡を如月に投げつける。


「ガキが――帰れ!」

「きゃっ!」


 如月は衝撃に備え眼を閉じたがいつまで経っても来ない。目を開けると橘の背中がすぐそこにあり庇われたのだと知る。


「な、何よあんた!」


 女性は橘に眼を向け更に何かを投げようとする。すると橘は、


「奥さん!」

  

 近所に響き渡る程の大声を出した。一瞬動きが止まる女性。この場にいる橘以外の時間も止まり再び秒針が刻む前に橘は口を開いた。


「娘さんを失う悲しさを知っているあなたが、その娘さんより幼い少女を傷つけるんですか」

「え、い、いや……」

 

 痛い所を突かれたのだろう。女性は何か言おうとしていたがそれは言葉とならず口をパクパクとさせるだけだった。

  

「今もまだ犯人は捕まっていません。放っておくと第二第三の被害者が出てくるかもしれない。あなたと同じ悲しみを持つ人も……。そうならない為にも情報が要るんです! お願いです、

何か娘さんの思い出のモノは無いですか。それが犯人逮捕に繋がるんです!」

 

 もちろん何故それが犯人逮捕に繋がるかは説明を省いた。そのせいで無茶苦茶な論理展開ではあったが橘はとにかく女性の心に訴える事にした。沈黙が流れる。すると女性は如月の方に眼をやり下を向いた。自分がやった過ちを振り返っているのだろうか。次の瞬間何か決心したように顔を上げ、


「……ちょっと待っていて」

 

 そう言って中に入っていった。古河は二人を気にかけ声をかけたが橘は手で制した。下手に声を発することでこの場の流れが変わる事を恐れたのだ。しばらく経って女性がぬいぐるみを持って出てきた。


「昔あの子がいつも抱いて寝ていたぬいぐるみよ。大きくなってからはそんな事は無くなってアパートにも持って行かなかったけど……」

「ありがとうございます! 絶対犯人を捕まえます」

「これが犯人逮捕に繋がる理由は全く分からないけどあんた真剣だったから……どうかお願いします」

 

 そう言って女性は三人に頭を下げ最後に如月の方を見て、


「ごめんなさい」

 

 と謝罪の言葉を発した後家の中に入っていった。どことなく重たい空気が流れているが目的のモノを手に入れ三人は車に乗り込んだ。古河がエンジンをかけ車を走らせたところでずっとチラチラ様子を見ていた如月が橘に何かを言おうとして――


「くっそ! ふざけんなよあのオバサン!」

  

 橘の怒声にかき消された。ギョッとして橘を見ると相当頭に来ているようだ。さっきまでの紳士な男は一体何処へ消えたのだろうか。


「こっちは事件解決しようとあっちこっち移動しているのに! 俺にも何か投げようとしていたし傷心中だったら何しても良いのかよ!」

「お前そんなもの腹に貯めたままあんな爽やかなセリフを吐いていたのか?」

「あのオバサン今からでも逮捕できませんか?」

「落ち着け」

 

 荒れる橘を宥める古河、と同時にフッと笑う。一体何が面白いのかと聞くと、


「いやそんな怒ってたのに良く堪えてくれたと思ってな」

  

 と返ってきた。確かにこの橘の怒り様ならそのまま手が出てもおかしくなさそうである。だがここで情報を逃して全てが徒労に終わる事を橘は嫌ったのだ。それを聞いて一応それだけの冷静さは残っていたのか、と古河は安心した。


「それにしても不甲斐なくてすまなかったな。お前らへの敵意を受けるのも説得するのも本当は俺がやらないといけなかったのに。転んでいるとは全くなにやってんだか……」

 

 そう言って自身の頭を叩く古河だったがあの状況ではしょうがないだろう。向こうは警察に対して恨みにも似た感情を持っていて、古河が口を開けば開くほどドツボだっただろうし、相手になすがまま転ばされたのも少しは恨みが晴れると思ったからだろうから、と橘がフォローを入れる。それを聞いて古河はそれでも再度謝った。


 色々あったが目的は達成した。このぬいぐるみを持ってあの女の霊の所に行けば正気に戻ってくれるかもしれない、いや戻らなければ困る。そういえばあの幽霊はまたあそこに戻っているのだろうか。気になって如月に話しかける橘。


「え、ええ。あの霊は正気ではないにしろ少なからず自分の意思を持っていた。自分が亡くなった事に気が付いているようだったしそうするとあそこの公園にいたのは彼女にとって意味があったのよ。恐らくはまた戻っているはず」

 

 それを聞いて橘は安心した。また幽霊探しから始めないといけないのか、とヒヤヒヤしていたからである。それにしても如月の態度がさっきから気になるが……。まあ、事態も大詰めの様だしさっさと終わらせれば良いだろうと橘は思い深く考えることは無かった。

 

 陽が傾いた頃、先ほどの公園に戻ると如月の言った通り女性の霊がいた。また何か呟いているようだったが構わず接近する三人。すると話しかける前に臨戦態勢に入る女の霊。どうやら先ほどの事を覚えているようで完全に三人を敵と認識している。そこで如月は攻撃をされる前にぬいぐるみを取り出して正気を取り戻すことを試みた。


「ねえ、このぬいぐるみ見覚えが無い? 昔あなたこれを抱いて寝てたってあなたのお母さんが言ってたわ。お願い正気に戻って!」

 

 すると明らかに女の動きがおかしくなる。どこか苦しんでいるような、混乱しているような。あるいは何かを思い出しているようでしばらくして動きが止まった。


『ぬいぐるみ……懐かしい。お母さん……元気だった?』

「――ええ! ちょっと疲れているみたいだけど元気だったわ」

『そう……良かった』


 先ほどまでとは異なり柔和な顔で呟く女の霊。これが本来の彼女の姿なのだろう。霊が視えない二人は如月から霊が正気に戻った事を告げられハイタッチをする。それをバックに如月は霊と話を進めていき女性を殺した犯人について尋ねる。すると、どうやら犯人の顔も住んでいる場所も知っているようだ。それを如月から聞いてテンションを上げる古河。だが再び霊と会話をしていた如月の顔が曇る。


「何か問題でもあるのか?」

「犯人を教えるけど代わりにすぐに捕まえて。聞きたいことがあるの、だって」

「それは……」

 

 古河は困った。本来であれば犯人の情報を上げて今まで捜査をしていた一課の連中が動き手柄も彼らが受け取るという流れだったのだが、女の要求を飲むと一課から目の敵にされるだけでなく単独で動くことになる。そうすればこの学生二人にも下手をすれば危険が及ぶかも知れない。しかし――


「古河。無茶を言うようだけど私からもお願い。この霊の意識長くは持たないかもしれない」

「――わかった」

 

 この女の霊をこの世に繋ぎ止めているのは強い怒り。放っておくと再び悪霊化しその時またこのぬいぐるみで我に返るかは分からない、そう如月に告げられては古河に選択肢は無かった。逮捕をするのにも色々と準備がいるのだが時間が惜しい現在令状申請の暇は無い。古河はとにかく如月を通して霊から様々な情報を得た。


「ここまでよくやってくれた。あとは俺に任してお前らは帰れ」

 

 せめて二人の安全を図るよう呼び掛けたが、


「わたしが居ないとこの霊とコミュニケーション取れないでしょ。大丈夫、殺人犯って言っても妖怪よりは安全よ」

「危なそうだったら逃げるから大丈夫ですよ!」

 

 二人は聴く耳を持たなかった。古河はため息をつき覚悟を決め如月の案内で歩みを進めた。何が起こるのか分からない黄昏時が近づいてくる。

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