週休二日制の罠
被害者の部屋に到着し古河が事前に用意していた鍵で中に入る。それに続く橘と如月。如月がふと見ると橘が微妙な顔をしていたので気に掛ける。
「何変な顔してるの?」
とは言うものの殺人事件のあった部屋に入るのは誰だって嫌だろう。質問したものの如月も橘が変な顔をしている理由はそれだと当たりをつけていたようだが彼は少々ずれていた。
「初めて入る異性の部屋なのに事故物件ってロマン無いよな……」
如月はそれを聞き無駄な心配をして損した、と言うようにため息を付いた。
「私もそうだったんだから我慢しなさい。こういうのはノーカウントよ」
「そうだよな……! 俺の初めてはまだ守られているよな!」
「馬鹿な事言い合ってないで早く来いお前ら」
最終的に二人して呆れられる事となった。だがこの偉そうに前を行くオッサンも数十分前は馬鹿なことを言っていたので説得力など皆無であり二人の足取りは重かった。
「どうだ、幽霊はいるか?」
「残念ながらどこにも」
如月は部屋の隅々まで探したがどこにも幽霊はいなかった。となると部屋から手がかりを見つけなければならないが……。
「捜査に関係ありそうなものは大体うちが押収していったからなぁ」
「先にそこで情報手に入れておきなさいよ」
「軽めの情報は下りてくるがブツはみんな捜査一課の所にあるからな。犯人を求めて零課に泣きついてきたは良いがブツはやれないというくだらないプライドがあそこにはあるのさ」
「うーん何か情報残ってないかな?」
だが、いくつかは押収されたとしても本当にここが女性の部屋なのかと疑うくらい殺風景な部屋だったので、行先の手がかりになるものがあるかは疑わしかった。そんな折橘がふと卓上カレンダーに記載されている事を見て声を発する。
「うわ土曜日に会議って書いてあるんだけどこの人土曜日も仕事あったのか」
「被害者が勤めている会社は月に二回土曜日出勤がある会社だったらしい。無論その場合でも振替休日やその他手当は無かったようだな」
「うへぇ……。土曜日出勤とか俺そんな会社行きたくないわ」
その橘の意見を聞いて顔が曇る古河。それに気づくことなくいわゆるブラック企業への悪口を始めた橘に、如月はストップをかける。
「そこまでにしておきなさい。それ以上は古河が泣いちゃう」
「い、いや? うち全然ブラックじゃないし。手当とか出るし」
「土日なのに家に居なさ過ぎて娘さんに嫌われるしね」
「……タバコ吸ってくる」
そう言って外に出て行った古河。その背中には哀愁が漂っていた。
「さて、手がかりを探すとしましょうか」
「お前鬼?」
デリカシーが及んでいなかった橘の発言を止めたくせにその直後古河を刺す発言をする如月に、優しいのか酷いのか橘は上手く判断が付かなくなった。取り合えず手がかりを探してさっさと幽霊を見つけて古河を早く家に帰してあげよう、そう思った。
「ん? そういやこのカレンダー通り行くと今日は出勤日か」
「……橘ナイス。それ、手がかりかも知れない」
その橘の発言に如月が反応しお手柄だと言わんばかりに肩を叩き部屋を出る。外に出ると朝なのに黄昏ている刑事がいたのでそれに声をかける如月。
「古河、ここから会社までのルートは分かる?」
「ああ、ここから徒歩15分の所にあるな……。何かわかったのか?」
「橘のおかげでもしかしたら、ね」
如月に持ち上げられ照れる橘だったが会社に幽霊がいたとしてその場でどうやって交渉するのだろうか、と不安になる。最悪こちらが警察を呼ばれる羽目になるのでは、そう思うとむしろいない方が良いんじゃないか。そう思いながら会社までの道を歩いていると如月がピクリを反応し立ち止まる。
「公園がどうかしたのか?」
「……いた」
なんと会社ではなく公園に女の霊がいた。予想は外れたものの見つけられたのならばそれでいい。だがどこか様子がおかしい。女の霊は砂場に立ち下を向きながら何かを呟いている。
「もしかしたら話が通じないかもしれない」
「あん? 悪霊って事か?」
「まあ、そうね。本来なら攻撃を仕掛けてきた瞬間除霊するんだけど今回は情報を得ないといけないから大変だわ」
そう言って竹刀袋から木刀を出して近づく如月。それに続いて橘と古河もついていく。
「あの、ちょっといいですか?」
如月は極めて何でもないように話しかけたが女は反応しない。ずっと何事かを呟いている。
『私……どこへ……あいつが持ってる……さがさ……ゆるせ……』
「あの? 良いですか。話がしたいんですが」
無視されても如月は根気強く話しかけ橘はそれをハラハラしながら見守っていた。第三者から見たら空に話しかけているヤバい奴である。その場合すぐにでもフォローしなければ、と奮起していた。だが如月がとある単語を発した途端急に女の様子がおかしくなり如月に牙をむく。
「えっとですね、この辺で睡眠薬を使った事件がありまし――」
『睡眠薬……殺す殺す殺す……殺す!』
「ぐ!?」
およそ人間の表情ではない顔をした女が力を発すると同時に如月は防御を張り橘と古河の前に立つ。自分が壁になるという算段なのだろう。しかし橘はそんな如月の腕を引っ張り自分の背中に追いやった。
「橘!? 何してるの!」
「俺に霊的な攻撃が効かないって証明したのはお前だろ。大丈夫だ」
その橘の言葉通り常人であれば失神する攻撃がガンガン飛んでいるのだが橘はピンピンとしている。それを見て如月はホッと息を吐き女に話しかける。
「ねえ、私たちはあなたの味方よ。犯人を捕まえたいだけなの。話を聞いて!」
『返せ返せ返せ……ウウ……!』
だが問答虚しく女は何処かへ飛び去ってしまい後には静寂だけが残された。険しい顔をする如月に橘は声をかける。
「情報は何か得られたか?」
「……ほんの少しね。どうやら犯人が女の『何か』を持っているらしく女はそれを求めているわ。と言う訳で次は女を静める方法を探さないといけないんだけど――」
そこで如月は言葉を切り橘をジッと見つめ、
「無茶するなバカ」
毒を吐いた。だが橘からしたら意味が分からない。何故なら、
「いや、そもそも先に同じようなことをお前にされたんだが」
そう、実験と称して最初に色々霊的な攻撃を仕掛けてきたのはこの少女である。なのになぜ今回はそんな怒っているのか。少女曰く、
「一緒にするな。わたしはあれでも十分注意して実験してたの。今回のアイツのとは全然違うわ」
とのことだがやはり違いが分からない。だがこれ以上ウダウダ言っても如月の機嫌が悪くなる一方なので橘は話を進めることにする。
「あいつを静めるって言ってもどうするんだ?」
「……まあ思い出の物を探そうにも彼女の部屋にはほとんど物がなかったし家族か友人に当たるのが良いかしらね」
まだ少し機嫌が悪そうだが話を進める事には賛成のようだ。そこへ古河が情報を与える。
「被害者は去年就職してからプライベートでの付き合いはほとんど無く専ら家族と話していたようだな」
「家族か……。ちょっと気が重いがしょうがないか」
「まあやり取りは俺が行うから二人は外で待っててくれれば良い」
だがそれで情報を逃してしまってはここで途絶えてしまう。多少アレな想いはするだろうが自分も聞くべきだろうと橘は心に決めていた。
「被害者の実家の場所は分かるんですか?」
「ああ、その辺の軽い情報は一応零課にも下りてきているからな。ここから車で1時間ってところか」
「一時間……遠いな」
「まあ会社まで遠いからこうやって一人暮らししていたんでしょうからね」
そんなことを言い合いながら元来た道を戻り車に乗り込む三人。目的に一歩ずつ近づいている気はするが進むにつれて先が険しくなっている道を歩いている、そういう気分になり橘は柄にもなく無事に終わる事を太陽に願った。そんな橘の思いなど知った事かと太陽は我関せずとばかりに強い日差しを放っていた。
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