運命の出会い

「畜生! こんなはずでは、こんなはずでは無かったのに……!」

 

 男は下を向き感情をぶちまける。一体何が――


「何してんだ橘! ボールそっちに行ったから早く和光に渡せ!」

「……クソぉ!」

 

 大学の体育でサッカーが行われていたがどうやら橘の思った未来が待っているわけではなく悔しい思いをしているようだ。橘は中高とバスケ部に所属していて運動能力にはそれなりに自信があった。競技が違うとはいえディフェンスでの動きなど共通するものが多かったのでこのサッカーでも自分は活躍できる、橘はそう踏んでいた。だが、


「またゴールを決めたのは和光だ!」

「和光君格好良い!」


 ギャラリーの歓声がこの場でのエースは誰なのかを物語っていた。話が違うではないか、そう思い橘は和光に話しかける。


「お前帰宅部だったと言ってたよなぁ……?」

「おう! だけどちょくちょく色んな助っ人頼まれてたから大体のスポーツ経験はあるぜ」

 

 そう爽やかに告げた和光の表情は嫌味などなくどこまでも格好良かった。


(……だからと言って負けを認めるわけにはいかねぇ!)


 相手を一人また一人と抜きシュートかパスかの二択を迫る橘。いやゴールまでの距離を考えると誰がどう考えてもここは和光へのパスだ。そう誰もが思っていた。だが、


「MVPは俺だぁ!」

「馬鹿な!? あの距離から直接!?」

 

 ゴールを直接狙った橘のロングシュートは相手キーパー右手のその更に先を行き、そのままゴールポストに弾かれた。


「ミスった……!」

「当たり前だ! 入るわけないだろう、が!?」

「ナイスパスだ! 橘!」

 

 なんとそのこぼれ球の先には和光が待ち構えていてそのままダイレクトシュートを決めた。結果として橘は和光に対して最高のアシストをしてしまい頭を抱える。試合はそのまま終了しギャラリーたちも解散していく。去っていくギャラリーたちの中に城ヶ崎の姿を認める橘。何か友達と会話をしているらしい。橘は聴き耳を立てていると、


「和光君ってやっぱ素敵だよね! イケメンだしスポーツ万能だし!」

「うん、格好いいね」

「あ、城ヶ崎ちょっと照れてる? やっぱあの夜途中まで見送ってもらっただけじゃないでしょ!」

「もう、本当にやめてよ! 和光君に迷惑がかかっちゃうでしょ」

 

 あまり聞きたくない会話が聞こえてきて後悔した。確かに今日の和光の活躍っぷりは凄かった。同じ男で敵視している橘から見ても格好良くて惚れそうになった。だがやはり密かに想っている女性から格好いいとは聞きたくないものである。


「橘! 惜しかったな最後のシュート」

 

 件の和光が顔を出す。汗を拭きながら現れるその姿はドラマのワンシーンの様で腹立たしかった。


「調子に乗るなよ和光。風さえ無ければあれは俺の得点だったんだ」

 

 どこまでも醜い橘の嫉妬が含まれる発言だったが和光はあっけらかんとした顔で笑い橘の背中を叩く。この男には悪感情が伝わらないようだ。そうするうちに他の友人たちも集まってきて和光を持ち上げる。橘も場の空気を壊さないように否定はせず笑っていたがどこまでも乾いていた。そんな折気になる話が出てくる。


「ギャラリーの女子達も皆和光に夢中だったぞ。お前その気になればどんな女でも落とせるんじゃないか?」

「そうそう! あの城ヶ崎さんも目を輝かせていたし! 本当にあの時途中で帰ったのかお前?」

 

 周りに詰め寄られるが困った顔をして肩をすくめる和光。


「やめてくれよ。俺彼女居るんだから変な噂立ったら怒られるんだぞ」

「……え?」

 

 橘はあっけにとられ周りと見渡すが知らなかったのは橘だけらしい。


「いやいやお前なら二股、いや十股も夢じゃない!」

「そうそう! そんでお零れを俺たちにだな……」


 そんな馬鹿なことを言っている友人をよそに橘は喜んだ。どうやらまだ自分にも城ヶ崎をゲットするチャンスはあるらしい、と。和光はイケメンでムカつくやつだが良い奴だ。そんな和光がそう言うのならきっと他の女子に目を呉れることは無いだろう。だがそれと橘が城ヶ崎の心を奪うのは別問題ではあるのだが。


「それよりこの後どうする?」


 友人が次の食事をどこで取るかと言う話を持ち出す。橘は次の講義を取っていなかったため課題のため一度帰って食事はどこかで適当に取る旨を伝える。大体半分くらいが次の講義を取っていたためそうでな者たちはいったん解散となった。道すがら友人の一人が少し気になる話を振ってきた。


「和光って最近何か変なんだよな」

「どこが?」

 

 正直そんなに和光に興味が無い橘には全く違いが分からなかったが他の友人にはそうではないらしい。


「ゴールデンウイークまではそんなに俺らと積極的につるむって感じじゃなかったんだけど最近になって妙に一緒に居たがるっていうか。ゴールデンウイークの間ほとんど一緒に遊んでいて家に帰ってなかったしなアイツ」

「出会って一月も経っていなかったんだから少し遠慮とかしてたんだろ?」

 

 そう橘は言うもののあの和光が遠慮などするとはどうにも考えにくかった。まして彼女がいるのなら男どもと遊ぶよりも彼女を優先するのが常だと思う。少々疑問ではあったが今日の和光を振り返ってみてもムカつくくらい格好いいだけで変な所は無かったので気にしないことにした。

 友人と別れた後橘は食事処を探していた。安くて美味くて量が多い、そんなどこかの牛丼屋の様な定食屋は何処かにないだろうか。そんなことを考えていると古くて汚い定食屋が目に映る。大学生が一人で入るには少々勇気が必要だったが橘は新天地を求めて入っていった。


「……いらっしゃい」

 

 まず目につくのは頑固そうなオッサンの店主。夜道で会ったならば外出したことを後悔するであろういかつい顔にゴツイ体系をしていた。そしてカウンターに座る客が一人。

これもオッサンで常連の様な振る舞いではあったが店主とは会話が無い様だった。こちらもいかつい体系である。


「突っ立ってないでさっさと席に着きな」

 

 橘は今ほどタイムマシンを使いたいと思ったことは無かった。具体的には五秒前に戻ってこの店に入らないという選択を取りたかったが時間は残酷で橘には店主に従う選択肢しか残されていなかった。

 カウンター席に着き手書きのメニューを見ると各種定食が五百円、ラーメンは三百円で提供されていた。安すぎてますます不安になるが試しに生姜焼き定食を注文する橘。注文後隣の客をバレないようにチラリと眺める。カウンターは五つしか席が無いがこの客はど真ん中に座っているため端っこに座った橘と一つ分しか離れていない。どうやら新聞を読んでいるらしいその男は橘が眺めた瞬間逆に橘を見た。目が合う二人。


「何か用か」

「い、いえ何も」

「そうか」


 そして再び新聞に目を落とす客。目が合った時自分の全てを見極められている、それくらいのプレッシャーを感じ橘は気が気でなかった。


(絶対に只者じゃねえよこのオッサン……!)


 橘はもう無暗に周りを見渡せなくなり前方直視をしたまま料理が来るのをひたすら待つ。何ならお金は払うから食べずにもう帰りたかった。

 しばらくして先に注文していたであろう隣の客と同時に橘にも料理が届いた。量は十分、というか多い。まさかご飯と味噌汁以外に漬物や小鉢が付いてくるとは思わなかった。


「お待たせ。ご飯、味噌汁、漬物、小鉢はお代わり自由だ。ごゆっくり」

「え?」


 いやいや量ばかりあってもしょうがない。肝心なのは味だと橘は生姜焼きを一口。普通だった。普通だったがどこか懐かしいような素朴な味わいで悪くなかった。他の味噌汁や漬物も悪くなく小鉢に至ってはむしろ良いまであった。ただご飯を炊くのに失敗したのか少し水分が多かったがまあ気にならない程度で気が付けば橘は夢中になって口の中に料理を放り込んでいた。一口目は普通だと感じたのに何故だろう。まさかお代わりまでするなんて当の本人が一番不思議だった。

 さて、食事も終え帰ろうかと橘が手を合わせかけたとき、店主がホットコーヒーを運んできた。


「飲まないのかい?」

「い、いえ飲みます」

 

 まさかコーヒーまで付いてくるとは思いもよらず少々戸惑う橘。とりあえず一口飲んでみたが苦かったようだ。思わず「苦っ」と呟いてしまう。店主がその様子をジロリと見ていた。


(ヤバい殺される……!)


 せっかくサービスで淹れてくれたのにそれを無下にするふるまいをしたのは事実だ。そう思い謝ろうとしたがなんと店主はミルクと砂糖を用意してくれた。


「ミルクと砂糖がいるならそう言いな」

 

 ぶっきらぼうだが優しい言葉に安心して思わず笑ってしまい正直に話すことにする橘。


「はは、すみません。今日初めてコーヒー飲むものですから分からなくて」


 そう言うと店主もふっと笑った。その様子を見ていた隣の客が橘に言葉を投げかける。


「兄ちゃん初めて飲むコーヒーがこの店とは運がねえな」

「どういう事ですか?」

 

 砂糖とミルクを適当に注いで飲んでいるが別に変な味はしない。ただ少し苦くて不思議な変な味が口の中に広がっていただけだった。


「他の店じゃ満足できなくなるぞ……質の悪い店だ」

「相変わらず失礼な客だなアンタは」


 店主とそんなやり取りをした後厳つい客は去っていった。だがその話を聞いても橘は自分には関係ないと思っていた。別にこんな黒い苦水美味しくとも何ともない。まあ飲めなくはないが無理して飲むものではないと。


「あれ?」

 

 気が付けばカップの中は空だった。


(いや別に空で良いじゃないか、出されたから飲んだだけで別に飲みたかったわけではない)


 そう心の中で言い訳をしていると店主がまた睨んでくる。


「お代わりするか?」

「え……はい」

 

 そう言ってしまい仕方なく、そう仕方なくこの店で次の講義までの時間を潰すことになった。やるべき課題はあったが橘にとってそれよりも重要なものがここにはあった。出来上がるまで意味も無くテレビを眺めるその時間も何だか意味のあるように感じ橘は二杯目のコーヒーに手を付けた。

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