第3話_恋人ごっこ
恋人のふりなんて、初めてだけどワクワクするわね。
でもどうなふうにすればよいのかしら?
「ねぇカイト、恋人のふりって、何をすれば良いのかしら?」
「そうですね、まずはお互いに愛称呼びをしましょうか。お嬢様のことはシルフィとお呼びしても?私のことはそのままカイトとお呼びください。」
「分かったわ。全く問題ないわ。」
「では次に、設定を説明します。シルフィとカイトは、平民で恋人同士。先日、婚約が成立して、婚前旅行中。期間は約1ヶ月。いろんな街を巡っている。」
「わたくしはセーポルタに行きたいのですけれど・・・」
「大丈夫、設定です。実際には安全な速度でセーポルタに向かいます。ここからセーポルタの途中にある街々で少し散策するだけですよ。」
「それなら大丈夫ですわね。」
「ではお手をお出し頂けますか?シルフィ?」
「え?」
「恋人同士だと説明したでしょう?恋人同士は手を繋ぐものですよ」
大丈夫とは言ってしまったけど、それは愛称呼びのことで、殿方と手なんて繋ぐなんて!
小さい頃にお兄様と手を繋いで遊んだくらい経験がないわ。
でも、お兄様に会いに行くにはこれしかないし。。。
改めてカイトを見てみると、銀髪に碧い眼、すらりと伸びた脚、逞しい胸板、漏れ出るような妖艶な大人の色気。
シルフィが真っ赤になりながら手を差し出すと、カイトは跪いて手にキスをし、
「愛しいシルフィ、誠心誠意お守り致しますので、どうぞよろしくお願いいたします。」
と言って、悪戯っぽく微笑んだ。
胸がドキドキするわ。落ち着かないと。
これは演技だものね。
それにしてもカイトは慣れているわね。きっと恋人がいるかもしれないですわね。
「その、あの、カイト。もしかして恋仲のかたがいらっしゃるの?もしそうなら、このように接するのは演技とはいえ、その方に悪いのではなくて?」
「お気遣いなく。実は昔、趣味で演劇をやっていまして。恋人は今のところいませんよ。」
「演劇なんて素敵ですわね。どのようなお芝居があるのか聞かせてくださる?」
「もちろんです。旅路でゆっくりお話しましょう。ところで、今日はもう乗合馬車が終わってしまいました。夜道は危ないのでどこかで宿をとりましょう。さぁついてきてください。」
シルフィはカイトに手を引かれ、初めての夜の下町を歩きながら、あちこちキョロキョロ見て回っていた。
「カイト、あのキラキラした看板はなに?あっちの賑やかな場所も気になるわ!行ってみましょうよ。」
「シルフィ、いいですか。ここは危険なんです。あちらは女性を連れて行けるような場所ではありません静かに着いてきてください。」
カイトは静かになったシルフィを連れて足早に路地を抜け、「猫の尾亭」と書かれた宿を見つけると、入っていった。
「いらっしゃいませ!猫の尾亭へようこそ!」
「お部屋は空いているかい?婚約者と一泊したいんだが。」とカイトはシルフィの手を強く握った。
シルフィは必死に平静を保ちながらも、やや赤い顔で「お願いしますわ」と呟いた。
「あらあら、かわいい婚約者さんだこと。お部屋は空いておりますので、ご案内します。こちらへどうぞ。」
◆◆◆◆◆
その頃アギレラ家ではシルフィの両親が、夜が明けるとともに、シルフィをカザエール公爵の専属お世話係として送り出す手筈を整えていた。
「朝一番にお迎えにくるカザエール公爵家の馬車にシルフィを乗せれば、しばらくお金に困らない生活ができるぞ。」
シルフィの父親、クズユーキン・アギレラはそう言って、丸々膨らんだお腹をさすりながら、歪な笑顔を浮かべていたのだった。
(続く)
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