朝露視点

第148話  6月28日 翔斗の誕生日(凪)


 昨日、翔斗くんと帰ってきた美月ちゃんはとても幸せそうな顔をしていた。


 何かしら2人の距離が縮まる出来事があったのだろう。


 焦る気持ちと、楽しみな気持ちが混ざり合い、居ても立っても居られなかった私は予定より1時間も早く待ち合わせ場所に着いてしまった。


 ――――


「お待たせ、凪」


 駅の方から翔斗くんが歩いてくる。


 わざわざ駅で待ち合わせしているのは、少しでもデートという雰囲気を作っておきたいから。


「全然待ってないよ、」

 と私は翔斗くんに抱きついた。


「お、おう、どうした」

 驚きながらも翔斗くんは私のことを抱きしめ返してくれる。


「デート久しぶりだから」


 自分でも思い切ったことしてるなと思う。


「今日一日楽しもうね」

 と翔斗くんは私の頭を撫でてくれた。




 私が翔斗くんとのデートに選んだ場所は、キャンプの擬似体験ができる場所。

 あらかじめテントやバーベキューセットなど、キャンプで利用するものが用意されてある。

 私たちが用意するものは食材などだけ。

 最近ネットで話題になっていたから前々から翔斗くんと来たいと思っていた場所だった。


「こんな場所あるんだ」

 と翔斗くんが呟く。


 ショッピングモール内のスーパーで材料を買った私たちは、目的地の中に入る。

 入ると言っても、室内という訳ではなく敷地内に入った感じだ。


「なんかすごいね、急に自然が現れたみたい」

 私の言葉に翔斗くんも頷き共感してくれる。


 敷地内は森の中や川、原っぱなどの様々なキャンプに対応した作りになっている。

 遠くの方に見える景色だけは壁画となっている見たいだが、その他は忠実に再現がされていた。

 鳥の鳴き声も聞こえるため、生き物も生活できるぐらい自然であることもわかる。



「早く、行こう!」

 興奮した気持ちをどうにか押さえつつ、私は翔斗くんの手を引く。

 今回私たちが選んだのは森の中でやるキャンプだった。



 ――――


 手慣れた様子で炭を置き、火をつけていく翔斗くん。

 せっかくネットで勉強してきたのになと私は思った。


「やったことあるの?キャンプ」

 と私は質問をする。


「小学生の時はよくやったかな」

 手を動かしながら翔斗くんは答えた。



 また、私の知らない翔斗くんだ……



 そんな思いが胸をよぎる。

 翔斗くんとより仲を深められるように、恋人として一歩進めるようにとこのデートに臨んだというのに、焦りと誰にしているのかもわからない嫉妬で私はどうしたらいいのかわからなくなった。


 そうこう考えているうちにどんどん翔斗くんは準備を進めていくし、美月ちゃんは成功したのにと自分を責めてしまう。


 そんな事ばかり考えている時だった。


「凪はいつもそうやって悩んでるよね」

 と翔斗くんが話しかけてきた。


 私が振り向くと、先程までバーベキューの準備をしていた翔斗くんはあらかじめ用意されていたキャンプ用の椅子に腰掛けていた。


「ほらおいで、少し話そう」

 と自分の膝あたりを座りながら叩く翔斗くん。


「いや、それは流石に」

「いいから、ほら、」

 翔斗くんは私の腕を優しく引っ張り、膝の上に私を乗せた。


 付き合う前ではあまり見たことがない、翔斗くんの積極的な姿。

 先程まで考えていた幾つものことが吹き飛ぶくらいには恥ずかしくて、嬉しかった。


「どう?乗り心地いいでしょ!」

 少しは落ち着くと思うんだ、と翔斗くんはいう。


 それは、私を元気づけるためかけてくれた言葉だとすぐにわかった。


 私は翔斗くんと初めてデートした時もそうだった――自分の中で悪い方、悪い方へと考えてしまい勝手に落ち込んでいくことが。

 このままでは付き合う前の私と何も変わっていないと言うことだ。


 ここから私は私を変えなくてはいけないとそう感じた。

 だから、思い切って聞いてみることにした。


「もしも、もしもだよ。私が翔斗くんより先に他の誰かとキスとかしてたらどう思う?」


 うーんと少し考えてから翔斗くんは答える。


「今の現状、こんなこと言える立場ではないことはわかっているけど、素直に嫌だよ。絶対モヤモヤすると思う。だけど、僕が凪を好きなことには変わりはなくて、他の誰かとキスをしているから凪のことを嫌いになるなんてことはもっとないよ。むしろ、僕の方が幸せな気持ちになったと言ってもらえるように頑張らなきゃと思う」


 それは、翔斗くんらしいまっすぐな答えだった。


 もし1人で考えていたら、絶対この答えには辿り着けないと私は思う。

 その時点で私の方がその子より下なのだと順位をつけてしまうから。

 私より先に恋人として先に進んだ美月ちゃんは、翔斗くんに選ばれた人なんだと思ってしまうから。



 翔斗くんが今の質問から何を察してくれたのかはわからない。

 それでも私の中にはっきりと今までとは違う考え方が生まれていた。

 それを踏まえて、今後どうやって私のこの胸の中の想いと向き合っていくのかなんとなくだが決まったような気がした。


 とりあえず、いつまでも美月ちゃんに負けっぱなしは良くないだろう。

 普通に悔しいし、必ずどこかで「まだしてないの〜」なんて馬鹿にされるに決まってる。

 それに――今は翔斗くんともっと近づきたかった。


 私は翔斗くんの膝の上で体の向きを変える。


 至近距離で向き合う私たち。


「ありがとう、大好き」


 私は、翔斗くんにキスをした。


 私とのキスが一番いいと言ってもらえるよにキスをした。




 そうして、恋人としての一歩を私は踏み出したのだった。


___________________________________________

148話読んで頂きありがとうございます。


これにて4章は終わりです。

5章の前にあるストーリを挟みます。


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