古巻&朝露視点

第102話  1月31日 伝えること


 凪の実家は今住んでいるところから電車や徒歩の時間を合わせて2時間もかかった。

 住宅街の中、僕の家よりは大きく、美月の家よりかは小さい家だ。


「ここが私の実家です」


「普通……だね」


「普通って当たり前じゃないですか。どんな家を想像していたんです?……全く」


 そう言って笑顔を浮かべる凪だが、緊張しているのか笑顔にぎこちなさがある。




 今週の月曜日に凪から話を聞いた時、初めて人を殴ってやりたいと思った。

 凪が受けてきた色々な痛みを知って欲しくて……。

 何も悪い事をしていない凪に、実のお母さんへの恨みをぶつけているのが我慢できなくて……。


 だからと言って、今日殴りに来たとかそう言う訳じゃない。

 殴りたいと思ったとしても、実際人を殴る事なんて僕にはできないから。

 少しでも凪の助けになってあげたいと思ったから、今日僕はここに居る。



「じゃー行こうか」


「そうですね……クヨクヨしていても仕方のない事ですし」


 凪がインターホンを鳴らす――インターホンから声が聞こえるわけでもなく、凪を迎えに来るわけでもなく鍵だけが自動で開いた音がした。


 ……久しぶりな再会なんだろ、出迎えに来たっていいじゃないか。




 家に入り、リビングに入ると凪のお母さんはソファーに腰掛けていた。


「あら、お友達?それとも……彼氏君かしら」


 そう言って凪を見下すように見る凪のお母さんに僕はとても腹が立っている。


 ……我慢しなきゃな、我慢


「僕は古巻翔斗と言います。凪さんとは同じクラスで仲良くしてもらっていて、今日は凪から伝えたいことがあり、その見届け人として来ました」


「見届け人?」


「そうです。凪が気持ちを伝えることができたかの、を見届けに」


「そう、好きにすれば良いわ」


 多分彼女の中では、僕がここに居ようと、凪が何を言おうと、どうでも良いことなのだろう。





 向かい側のソファーに座った僕と凪は最初に話を聞くことにした。


「これからのことだけど、3月いっぱいまでは家に住んでていいわよ。お金は、はいこれ、この通帳に入ってるから」


「……わかりました」


「4月からは好きにして、連絡も取らないから」


「……はい」


 淡々と答える凪だが、その手は震えている。

 ちょうど反対側からは見えてはいない……凪がどんな思いで返答しているかなんて凪のお母さんには伝わらないのだ。


 僕はそっと凪の手を握った――これぐらいしか出来ることがないから。


「あと、言ってなかったけどこの家も3月いっぱいで売りに出すから」


「そうですか……わかりました」


 凪の手に力が入った気がする。


「通帳を渡すだけが目的だったし、私からは以上だけど話って何かしら」


 心配で凪の方を見るが、要らぬ心配だったみたいだ。

 真っ直ぐ凪のお母さんを見て、深呼吸をし、凪は話し始めた。


「まずは、小学校5年生の時から今までお世話になりました」


「そんな事を言いにわざわざ来たわけ?私は考え直したりはしな……」


「黙って聞いてください。凪の話を黙って聞いて上げてください」


 僕は思わず遮ってまで口を出してしまっていた。

 口出しするつもりはなかったのだが、凪の話だけは邪魔して欲しくなかったのだ。


「なっ……あなたにそんなこと言われる筋合いは……」


「もういいんですよ。筋合いとかそう言った事を言ってるんじゃないんです。凪が自分の気持ちをあなたに言うのは最初で最後なんですから、黙って聞いてくださいよ。あなたの言う事を凪が聞くのだから、凪の言う事だってあなたには聞く義務があるんです」


「ありがとう翔斗くん。

 それでね、お母さん、私はずっとお母さんに娘として扱って欲しいと思ってた。だからお母さんってずって呼んできたの。別に今更、謝って欲しいとか考え直して欲しいとは思ってない。

 お母さんが私のお母さんになった日から、私はずっと本当のお母さんと思っていたという事だけを知ってもらえればそれでいい。これからもお母さんからは娘だと思われないかもしれないけど、私はお母さんだと思い続けるから。私には……お母さんしか、親と呼べる人がこの世に居ないから。

 初めてあった日、素直に声を掛けられなくてごめんね。私のためにお金を稼いでくれてありがとう。改めてお世話になりました」


 凪はそう言って頭を深く下げた。

 色んな思いが伝わってくる――。


「そう……4月から頑張りなさい」


 凪のお母さんはそれだけ言ってリビングを出て行った。

 凪のお母さんの最後の言葉は、僕には少しだけ優しく聞こえた――凪の心からの言葉は少しだけでも響いたのかもしれないなと思った。

 少し、ほんの少しだけでも凪の気持ちが届いたのであれば、それは大成功だと僕は思う。




 ―――――――――――――――


「お疲れ様……途中会話に入っちゃってごめんね」


 お母さんが居なくなり、2人となったリビングで翔斗君は私にそう言いました。


「謝らないでください。翔斗君が居なければ私はここまではっきりと言うことはできなかったと思います。本当に今日はありがとうございます」


 私はお母さんに気持ちを伝えることができて嬉しく思っているんです。

 伝わっているか伝わっていないかではなく伝えることが大事――本当にその通りだと思います。

 最後だって、お母さんの言い方はとても優しい言い方だと感じましたから。

 私はこれだけでとても満足しています。

 これ以上の良い結果なんて私には出せないですから。満足は……しています……。


「それならよかった!これでやっとあの時の恩返しができた気がするよ。これから遠慮しないで相談とか頼ってくれていいからね。いつでも使ってくれていいから」


 翔斗くんは……翔斗くんはなんでこんなに優しいんですかね……。

 嫌いです、本当にその優しすぎる所嫌いです。

 今だって我慢しているのに……そんなこと言われたら頼りたくなってしまいます。

 全く……情け凪です。


「それなら……背中貸してくれませんか、変わらないって分かっててもこの結果は悔しくて……」


「僕の背中で良ければどうぞ好きにお使いください」


 私は気がすむまで、翔斗くんの背中をお借りしました。






 只今、2人で2時間の道のりを帰宅しているのですが、今回のことが私にとって、とても良い勉強になったと思っています。


 ほら、こんな風に……


「翔斗くん!」


「どうした?」



「私、翔斗くんのこと大好きです」



「そうなんだ………………え?は?今なんと?」


「大好きって言ったんです!友達としてじゃないですよ。翔斗くんを男性として異性として大好きと言ったんです」


「そっか…………僕も凪の事好きだよ。友達としてじゃなくて異性として……でも、」


「分かってます。美月ちゃんも、ですよね。私はまだ付き合ってくださいとなんて言っていませんよ。私の気持ちを伝えただけです。そのおかげで翔斗くんの気持ちを聞くことができましたけど……。

 私、答えが出るまではアピールし続けますから、ゆっくり考えてください。高校生活はまだまだ長いですから!」


「ありがとう……」








 一旦別れ、自宅に帰って来ると、タイミングを見計らったように、スマホの着信音がなりました。

 確認すると、美月ちゃんと書かれています。


「もしもし、どうしました?美月ちゃん」


「ごめんね急に……。明日って2人で会えたりしない?」


「2人で、ですか?……いいですけど」


 珍しいこともあるんですね。


「じゃー明日学校近くのファミレスで大丈夫そう?」


「わかりました。時間はお昼にしましょうか」


「了解です!じゃ〜また」


 さてさて、明日は何があるのでしょうか……。

 もしかして、宣戦布告??


___________________________________________

102話読んで頂きありがとうございます!


凪ちゃんの家族との話はこれで終わりです。

次からは4月に向けての話となります。


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よろしくお願い致します。



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