再開
車の中はとても暖かく、それでいてとても広い。
さっきのグラサン+ナイスバルク3人の車内とは大違いだ。筋肉に挟まれてむしろ暑かったし、なんかほのかに臭かった。
この中は適度に暖かく、それでいてとてもいい匂いがする。
たぶんいい匂いの元はいつの間にか腕に引っ付いている女の子からだと思うんですけど。
ゼロ距離のおかげで腕に柔らかいものが当たってます。
「えーっと、凜音ちゃんだよね? 久しぶり。あと当たってるんですけど」
「うん、久しぶり奏多。あと、当ててるの」
「さいですか……」
人生の中で言われてみたい言葉ベスト100「当ててるの」頂きました!
正直凜音ちゃんの存在はさっき腹を殴られた後の夢で思い出したんだけど、あの時が5歳だったから、10年ぶりか。いや本当に10年後に会いに来てくれるとは、お兄さん嬉しい。
凛音ちゃんはあの頃も目を見張る可愛さだったが、成長して可愛いというより美人という言葉が似合う女の子になったと思う。
サラッサラなプラチナブロンドの髪は肩甲骨辺りまでストレートに伸びており、少し青みがかった目はキラキラと輝いているように見える。
腕に当たっている胸の弾力から察するに……胸はDカップと見た!
そんな事を考えていれば、先ほどの黒服の女性がいつの間にか車に乗っておりいつの間にか車は先へ進んでいた。
まったく発進音無かったけど、EV車かな?
「奏多様。改めまして、お久しぶりです。凜音様の側仕えの滝と申します。」
「滝さんですか。どうもお久しぶりです。とりあえず、今の状況を教えて欲しいんですけれど」
「はい。事の始まりは、奏多様が凜音様と出会った頃に遡ります」
「えっいや、どこまで遡る気?」
今の状況を知りたいだけで、10年前の出来事はどうでもいい……とはどうやらならないらしい。
話を聞いてみれば、要するにこうだ。
10年前、あの遊園地で凜音ちゃんは俺に一目惚れしてしまい、凜音ちゃんの家の家宝である謎の宝石を俺に渡してしまう。
どう言うわけか、あの宝石には渡した人と渡された人の心を繋ぐ力があったらしく、あの時胸に吸い込まれた拍子に俺は凜音ちゃんと心が繋がってしまったらしい。
繋がった人間同士は一生離れる事が出来なくなり、心の内を互いにさらけ出して生きていかなければならない。
さらけ出すと言っても、今相手がどういう感情なのか、こんなこと思ってそうだな、って事が簡単にわかるぐらいだ。
いや十分でしょ。後ろめたい事があれば一瞬で看過されそうだ。
俺に後ろめたい事なんて一つもないけど!
まあつまり、宝石を手渡した相手と自分を一生繋げられ、更には何を考えているかもわかってしまう、ヤンデレ御用達な物ってわけだな。
しかしこの10年間、凛音ちゃんと遊園地で出会った記憶が一切思い出せなかったのだが。
こんな綺麗な子と出会ってたら流石に覚えているはずなんだけどな。
「10年間、お互いに記憶なくす。でも、10年後に確実に私たちは繋がれる、そういうもの」
「なるほど、つまり……そういうわけか!」
わからん!
俺のわからん顔を見て、滝さんが捕捉してくれる。
「つまり、10年間お互いに出会った記憶がなくなります。あの日遊園地に行ったことも、あの日に起こった出来事も、その日の記憶は全て忘れてしまうのです。しかしその代わり、およそ10年後に何があろうと確実にお互い繋がることができる。まあ言ってみれば、奏多様に拒否権のない婚約、みたいな感じでしょうか」
なるほどね。拒否をしてこなかった人生を歩んできた俺にとってはピッタリじゃないか。
しかし。
「ここまで聞いてて思うけど、あの時俺に惚れる要素あった?」
「運命だった」
運命感じちゃったかー。
「お嬢様のスキルの中に運命というものがあります。それがあなたとお嬢様を繋いだのでしょう」
「へー、凛音ちゃんスキル持ちなんだ」
この世にはスキルを持つ人が一定数いる。産まれた際に既に持っている先天性スキル、生きていく内にいつのまにか発現する後天性スキルがあるが、スキルを所持する人間は今の時代珍しくない。
俺はスキルを持っていないけど。
運命というスキルで凛音ちゃんはあの遊園地で俺を見つけ、半ば強引に俺との繋がりを得たと、そういうわけだ。
ここで俺の中である疑問が思い浮かぶ。
「ん? さっき相手の心が分かるとかどうとかって言ってたけど、今は何もわからないよね?」
「うん……。そのために、恥ずかしいけど今夜から頑張る」
凛音ちゃんはそう言い、俺の胸元へと顔を擦り付けるように隠してしまう。少し覗いている耳は真っ赤だ。
どういうことかと滝さんの方へ顔を向ければ、なぜか少し哀愁を帯びた顔で説明される。
「心の内を曝け出すには、お互いに繋がりをもっと深めないといけない、ということです。つまり……奏多様は今夜から、お嬢様と同衾を初めとした様々なスキンシップをしていただきます」
「お嬢様もついに大人に……」と、よよよと鳴き真似をする滝さん。
同衾……。つまり、添い寝。
あっなーんだ、ただ添い寝するだけね。いやー余裕余裕。なんかそんな顔されるから、一線越えないといけないのかなって思うじゃん。
「添い寝ぐらい余裕っすよ!」
「同衾から始まり、果てにはもっとその先の繋がりを得てもらいます」
「えっ……。その先とは、つまり……」
「セック…」
「やめないか!」
女の子が言ってはいけないフレーズを言う前に凛音ちゃんの口を塞ぎ止める。
いやほっぺすっべすべやん。ずっと触っていたい。
凛音ちゃんも俺の手のひらに頬をすりすりしてくるし、喉をゴロゴロしてみればくすぐったそうに身動ぎしながらも完全に頭をこちらに預けてくる体勢になる。
猫と化した凛音ちゃんを指先でゴロゴロ弄りながら、俺はポロっと失言してしまう。
「いやーしかし10年間割とひどい生活送ってましたけど、世の中生きていると良いこともあるもんですねぇ」
これで酒瓶で頭かち割られる生活とはおさらばやね! と、まあ俺にとっては笑い話程度に言ったわけだが、この言葉が凛音ちゃんに刺さってしまう。
「ごめん……、ごめんね、奏多……。10年間、救うことができなくて……」
すごく泣きそうな顔をしながら、実際目に涙を浮かべながら俺になぜか謝罪してくる凛音ちゃん。
突然謝りだす凛音ちゃんに俺は少し戸惑う。美少女の泣いた顔なんて初めてみるもんだから、どうすればいいかわからない。
「あーいや……、ごめん、今のは軽い世間話的なね? いや軽くないのかこれ。じゃあ少し重い世間話……っ!? ぐっ苦しいっ」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
凛音ちゃんはついに目から大粒の涙をこぼしながら泣き出してしまう。
それと同時に俺の胸が突然熱く、苦しくなる。咄嗟に胸元に手を当て苦しさに耐えるが、我慢できずに泣いてしまった凛音ちゃんの方へ倒れ込む。
「お嬢様! お気を確かに。奏多様も別にそのことについて気に病んではいません!」
「でも……私のせいで……」
「だ、大丈夫だよ凛音ちゃん……。いやほんと、何にも気にしてないから……」
何が何だかわからないが凛音ちゃんが悲しんでいるのを見ると俺も悲しい。
大丈夫だと言い聞かすようにとにかく凛音ちゃんをあやしていると、胸の苦しさは突如としてなくなった。まさに遊園地で宝石が胸に吸い込まれた時と同じ感覚だ。
脂汗を流しながら、俺は滝さんへ説明を求める。
「その繋がりを得た代償として、奏多様はお嬢様の悲しみに呼応して胸が苦しくなります」
「いや、めちゃくちゃ苦しかったんですけど。常人だと死にますよあれ」
「その苦しみも、お嬢様との繋がりが深くなればなるほど軽減されていきます」
「よし、頑張ろうか凛音ちゃん」
なるほど。苦しいのが嫌ならば、さっさと繋がりを深める必要があるってことか……。どれぐらい深めるとなくなるんだろうね……。
あと、さっき凛音ちゃんの胸元へ倒れ込んだせいか、ずっと凛音ちゃんの豊かなDカップに顔を押し付けられ、頭を撫でられています。
ずっとこの天国を味わっていたいが、凛音ちゃんも涙引っ込んだし、このままだと幼児退行まっしぐらなので手を離してもらう。手を、離して……。
「あの凛音ちゃん。もう大丈夫だから、手を離していただけると嬉しいのですが」
「もうちょっと……。私のせいで苦しくなったから……、お詫び」
「なら仕方ないなぁ!」
離してくれないなら仕方ないな! ありがたく天国を味わっておこう。
凛音ちゃんは俺の頭を撫でながら、今度は悲しみを滲ませないよう努めながら俺に言葉を掛けてくる。
「奏多。本当にこの10年間、私は奏多のために何もできなかった。家でどんな扱いを受けているかも……何も知らなかった……」
「いや、凛音ちゃんも10年間俺と会った記憶なくしてたんでしょ? 仕方ないよ」
どうやら凛音ちゃんは俺の家の事情とか諸々知ってるみたいだ。身辺調査とかしたのかな?
「それでも、奏多は10年間……ううん、もっと前から、あのクズ達……奏多の親から受けていたことは、私は看過できない」
だからね……。と続く言葉で、凛音ちゃんは俺の耳元へ顔を近づけ、思わずゾクっとするような声色で囁く。
「あのクズ達は私が処理しておいたから……ね」
15歳とは思えないような蠱惑的な音色を響かせる凛音ちゃん。
もう何も心配することはないよと言わんばかりに頭を撫でてくる。
正直別にあの人達に対しては何も思っていないし、どうなろうが俺はどうでもいい。でも、凛音ちゃんが俺のために何かをしてくれたというのは素直に嬉しいため、感謝の言葉を投げかけておく。
「ありがとう凛音ちゃん。もうちょっとこのままでいいかな?」
「うん。ずっとこのままでいいよ」
ありがたく、俺は凛音ちゃんのおっぱい天国へと顔を埋める。
もうずっとこのままでいいや。
「奏多様、そのままでいいのでお聞きください。奏多様の借金ですが、凛音様が全て返済してくれました」
「えっ3000万全部!?」
「3000万全部です」
思わず天国から顔を上げ、元の座席の位置へ座る。
凛音ちゃんの方を見てみれば、私がやりました、とでも言わんばかりの顔でこちらを見てくる。
このまま道の駅の野菜売り場に顔写真付きで飾っても違和感がないほどの顔だ。
「なるほど。俺はこれから3000万円分の働きをすればいいんですね? なんでもしますよ!」
「いえ、借金はお嬢様と奏多様の繋がりを深めるために邪魔だったので返済しただけです。なので気にしないでください」
邪魔だったというまさかの理由で俺だと一生返せないような額をポンと返せてしまうとは、今更ながら凛音ちゃんって何者?
「それは非常にありがたいんですけど、気にしないわけには……。というか、凛音ちゃんも滝さんも、只者ではないということはわかりますけど、一体……」
「それについては、また後でお話しします。丁度目的地に着きましたので」
「目的地……? て言っても、何もない所ですけどっとうぉ!」
山道をひた走っていた車はトンネルに入ると突如停止する。
すると、暗かったトンネル内に明かりが付いたと思えば、突然目の前の地面が迫り上がってくる。
いや、地面が迫り上がってるんじゃない。車の真下の地面が下へ降りていってるんだ。
トンネルの地下まで地面が降りた先にはまたもやトンネルが。しかし一直線に伸びており、そのずっと先まで明かりが付いている。
キングス○ンみたいな光景にお目目をキラキラさせていると、車は一直線に伸びたトンネルをまたもやひた走る。具体的に言うと時速100kmは出てそうな速さで。
車は5分ほど高速で走り、またもや停まる。
さっき地下へ車が降りたということは、次はつまりそういうことだ。
今度は天井が円形に開き、地面が上に昇っていき車が地上へと姿を現す。
車の窓から見えるのは目を見張るほどの巨大な建物。
車の外に広がる光景はまさに圧巻ともいうべきものだ。
「何これ……。要塞かな?」
「私の家。奏多も今日からここで住む」
「家……? 今のところ壁しか見えないんですけど……」
「最近物騒ですからね。家の周りに防衛施設は必要です」
凛音ちゃんと滝さんの言葉に面食らいながらも、車は無常にも家という名の要塞の中へ進む。
俺はとんでもないところへ来てしまったかもしれない。そう一人思うのだった。
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